Ⅵ:幽霊

 訓練場の様子を見ていたのは生徒たちだけではなかった。最初からディアスに興味を抱いていた人物。


「あれは空間星術かな? 構築速度も速いし、使いどころも申し分ない」


「間違いなく空間星術……ですね。他の生徒に比べ対人慣れしている彼はいったい何者なのでしょうか」


 問いに答えるのはメイド服に身を包むベール。特別な観戦室からエイナとディアスの決闘を見ていたファウトは興味深そうに思考を重ねる。だがどこか納得のいっているファウトにベールは不思議な視線を向けていた。


「まぁ彼の紹介だからね。これぐらいやっても不思議には思わないさ。手紙の内容もあるし、興味は依然としてわくけどね。彼は特別らしいから」


 ファウトの思考に手紙を読んでいないベールは「左様ですか」と一歩後ろに引いた。





 決闘もあり少し遅くはなってしまったが、ディアスはアレンとともに王都で必要な物を買いそろえていた。方向感覚に乏しいディアスは町を回るときは絶対に誰かを誘おうと誓った。

 道案内はすべてアレンに任せ、それについて回って歩くディアス。ある程度の必要な物を買いそろえた時には夕日が山に沈むころだった。


「すまんな。荷物持ちまで」


「気にしないでいいって困ったときはお互い様だよ。それより早く帰ろ?」


 アレンと並んで学院へと引き返す。門限的な物は特にないが、夜間での外出は非推奨とされている。そしてアレンから帰りの暇つなぎに王都での噂話を聞かされていた。


「話によるとね、裏路地で…出るんだって」


「何が? ネコか?」


「違う! 幽霊だよ! ゆ・う・れ・い!」


 少し肩を震わせながら話すアレンの内容はこうだ。

 夜間王都の街を歩いていると、裏路地に白い光が見える。白色を視線で追うとそこには真っ白な髪の女の子が立っているらしい。だがその女の子はすぐに消えてしまう。

 あとを追って路地裏を追った人もいたが、そこは行き止まりで人の姿なんて確認できなかったそうだ。話しながらびくびくしているアレンはどうやらこういった話が苦手なようだ。そんなうわさ話を信じて、ぶるぶる震えているアレンは少し面白かった。

 そんなことを思っているとディアスの視界の端っこに白いものが映り込む。あとを追って視線を向けると同年代ぐらいの女の子が見える。銀色の髪は路地裏を照らす月の光で煌めき、深紅の瞳は確実にこちらを見つめていた。


「おい、アレン。あれが噂の幽霊じゃないのか?」


 そんなことを口走ってしまうと、ビビりなアレンは視線をディアスの方向に向けることなく、少し重い荷物を持っているはずなのに、思いのほか早く、ディアスを置いて走って行ってしまう。「いやだ~」という叫び声を残して。

 走って行ってしまったアレンを追うべきなのだが、件の女性が気になってしまい、再び裏路地へと視線を向ける。だがそこに女の子の姿は見えなかった。この道はこの時間帯では人通りが少なく、横道も今見ている路地しかない。特徴的な見た目だった女の子を見逃すわけもなく。この路地を進んでいったことを確信し、ディアスはそのあとを追うことに決めた。


 路地はS字になっており、反対側は別の一本道へとつながっており、その路地で見つけたのはフードを被った女の子だった。先の女の子を見たのは一瞬かつ、視線は髪と瞳に集中していたため、服装は覚えきれておらず、目の前にいる女性が先の人物なのかは判断できずにいた。

 確認しようと少し近づくと足音を立ててしまい、女の子に気づかれてしまうが、女の子は視線を一瞬こっちに向けるだけで、すぐに興味なさそうに元の位置へと視線を戻してしまう。一瞬見えたのはフードの中にある黒い髪。さっき見かけた女性とは別人なのだろうか。

 フードの女の子が何を見ているのか、その答えは視線の先、そこにいたのは一匹の黒猫だった。女の子は膝を曲げ手招きするが、対する黒猫は頭を低くし、完全に警戒態勢である。だが女の子はお構いなしに、小さく一歩ずつ近づいていく。だがそれは猫のラインを超えたらしく、猫は勢いよく少女の顔へと爪をむき出しにしてとびかかる。

 案の定想定できていなかったのか、とっさに出した左手に爪を突き立てられる。野良猫の爪は手入れされておらず、思いのほか深かったのか少女の左腕から血が垂れる。猫はそんなのお構いなしに通りのほうへと走っていく。


「まって! そっちは……」


 初めて聞いた少女の声。その声は猫にそっぽを向かれ悲しみを含んだ声ではなかった。その声に含まれていた感情は焦り。

 耳を澄ませると大通りのほうから荷馬車の音に馬の足音。大通りから聞こえてくる他の雑音に紛れて小さくしか聞こえないその音をディアスはしっかりと聞き取っていた。ディアスは女の子の横を通り過ぎ、全速力で猫を追いかける。猫はあまり周りが見えていないのか、通りの真ん中を横切ろうとしていた。荷馬車の音が近く、このままでは確実に猫がひかれてしまう。


「くそっ! 間に合え!」


 そして気づいた時には勢いそのまま通りへと身を乗り出していた。なんとか両手で猫を捕まえることができたディアスだったが、もう間に合わないであろう位置まで馬車は迫ってきており、思わず目をつぶってしまう。

 次の瞬間。ディアスの体を衝撃が襲う。だがその衝撃は思ったものとは全く違っていた。肩や背中など全身をぶつけたような衝撃はあったが、馬に当たり吹っ飛ばされたような衝撃はなかった。

 恐る恐る目を開けると、馬車は少し通り過ぎた位置で停車しており、周りの人はみんなこちらを見ていた。ディアスは馬車と接触することなく、転がりに転がって向かい側の建物へと背中をぶつけ、停止したらしい。猫の鳴き声が聞こえ、腕の中で縮こまっている黒猫の無事を確認して安堵する。


「君! 危ないじゃないか! 大丈夫かい? 怪我とかは?」


 御者が大慌てでこちらへ寄ってくる。ディアスは御者に無事を伝え、周りの人に頭を下げる。そして路地へと視線を戻すと、先程の少女は居なくなっていた。ディアスは黒猫をもとの場所へと戻すため、体を起こし路地へと引き返す。すると後ろから先程聞いた女の子の声が聞こえる。


「ねぇ 大丈夫?」


 振り返るとそこには先程のフードを被った女の子が立っていた。彼女はてくてくとこちらに寄って来ると顔を近く寄せ、透き通った青い目でこちらを覗いてくる。


「だ、大丈夫だ」


「あなたじゃない。その黒猫」


 そういって黒猫に手を伸ばそうとすると、さっきまでおとなしかった黒猫が暴れだし、腕の中からするっと抜けると、路地の奥のほうへと走り去っていった。少し残念そうな顔をしていたが「あの様子なら怪我はなさそう。良かった」そう呟いてその場を去ろうとする。

 だが怪我という言葉で思い出したようにディアスは彼女の左腕を見る。だがそこには先程つけられたはずの猫の爪痕は残っていなかった。


「さっきの怪我は」


「私は大丈夫。猫の事ありがとう。じゃあねディアス・ヴォイド君」


 フードを取り、こちらに振り返る女の子。黒い髪がなびき内側には月夜に光る白い髪が見えた。ディアスの名前を呼び手を振ると女の子は路地から出て行った。


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