第13話 決心

次の日から3日間は、僕はスマホで『未来の世界』について調べまくった。

他の、例えば『霊科学統一会』や、『オリーブの枝』などの、時々世間をにぎわすような、目立つ新興宗教に比べると、情報量ははるかに少なかった。

ただ、脱会者の中には、教祖の大山が、複数人の信者に性的暴行を加えてるとか、信者からのお布施などで私腹を肥やしてるとか、暴力団とつながりがあるといったことを、それとなく暴露している書き込みも散見された。しかし、そういった書き込みのあとには、必ずと言っていいほど、教団を擁護する長い書き込みがされていて、その批判的な書き込みが目立たないような工夫がされていた。要するに、教団は、こういった書き込みを常時チェックしているということだ。


教団の教義は実にあいまいだった。

基本的には仏教の教えを土台にしつつも、「真理」「正義」「愛」といった言葉を多用して、個人の魂の変革とやらを説いている。どういう風に変革するかというと、「社会を愛する」「教団を愛する」「他人に奉仕する」事によって、精神的、物質的な調和をはかり、魂が浄化され、人格的に成長することができると説く。すなわち、己を滅して、他者を批判せずに、滅私奉公せよ、ということか。

細かい教義を見てみると、どれもこれも「正しい行いをせよ」とか「愛を大事にせよ」とかいったことが書かれていて、世間一般の耳当たりのいい道徳的な教えを、そのまま、とりあえず列挙しているにすぎないように見えた。ただし、教えの全体的な方向としては、「他人の批判はするな」「滅私奉公せよ」ということに尽きるように思える。

要するに、「教団の教え通りに従え。批判はするな」ということだ。

でも、これは僕が、惣野や田口くんなどに出会って、教団に対する批判的な考えを持つようになったからそう思ったのであって、彼らに会わずに、自分一人だけで教団の人たちに会っていたらどうだったろう?

もしかすると、めぐみが信じた宗教なら、僕も信じるべきだ、と思って、そのまま入信していたかもしれない。そして、その方が、ひと時だけならば幸せに過ごせるのかもしれない。

でもそれは、長い目で見れば、時間とお金をその教団に奪われてしまうことに他ならないだろう。そして、そういう人がたくさんいるのが事実だ。

にもかかわらず、いまだにこういったところに入る人がたくさんいるのはどうしてだろう?

それは、現実の世界で、それだけ苦しんでいる人が多いということに他ならないだろう。たとえば、めぐみのように。その苦しみを、いくらかでも和らげてくれると約束するものがあれば、藁でもすがるのがあたりまえだ。いままで、それを知らずに生きてきた僕は、どれだけうかつ者だったろう。


木曜日に、『未来グループ』からハガキが届いた。

セミナーの会場は、未来会館だった。10月9日(日)午前9時半開場。惣野様もお連れくださいとのことだった。

未来会館は、調べてみると、柏駅から約2キロくらいだった。そこには、めぐみがいる。

セミナーの参加費用は1000円だった。これは、お昼に弁当が出される、その弁当代とのことだった。

10時から、教祖大山の講演があり、その後11時から、グループに分かれての体験談の共有というのが行われる。

そして、昼食をはさんで、希望者には、『未来グループ』の行う「トレーニング」の説明と、その模擬体験というのが、約1時間ほど行われるとのことだった。


金曜日の朝に、惣野から電話が来た。

「その後、どう?」

声がガラガラだった。

「うん、セミナーは、明後日10時からだって。なんか、声がガラガラだけど、どうしたの?」

「じつは、コロナにかかっちゃって、しばらくダメだわ。ごめんね」

「あ、そうか。それはたいへんだね。お大事にね」

「でも、田口君は一緒に行けるんでしょ?」

「うん、今のところ大丈夫だと思うけど」

と言ってから、僕は不安になった。思い返してみれば、今まで、惣野がいてくれたから何とかなったことがたくさんあった。

「コロナって、のどが結構つらいわ。じゃ、また、セミナーが終わったころに電話するから」

「うん、ありがとう。お大事に」

と言ってスマホをこたつの上に置いた後、不安になって、田口君に電話してみた。

「はい、田口です」

「あ、田口君、中根です。セミナーのお知らせ、届いた?」

「ああ、来たよ。あさっての10時からだね。うーん、実は、とある檀家さんの家の、だんなさんの一回忌に呼ばれちってね、ほかの寺の住職に、代わりに行けないか聞いてるところなんだよ」

「そうか、で、大丈夫なのかな?」

「うん、それが、そのお寺の住職も、その寺の檀家の一回忌がその日にあるっつうんだな。その時間をずらせないかっていま聞いてるところなんだ」

「ごめん。僕のせいで。来られなかったらしょうがないから、無理しないで」

と言いながら、気分が重くなるのを抑えられなかった。

「わかった。とにかく、また連絡するよ」

といって話は終わった。


もし、自分一人で行くとしたら、どうすればいいのだろう?


次の日の土曜日、僕は筑波山へ行った。

車を筑波山神社のそばの駐車場に停め、神社を通り過ぎて、石段を登り、ケーブルカー乗り場に向かった。

ケーブルカーは、家族ずれの人々が、10人ほど乗っていた。僕は窓の外を眺めながら、明日のことを考えた。

もし、行けるのが自分一人なら、最初のセミナーで、面と向かって教祖に何か訴えたところで、外に連れ出されて排除されるだけだろう。自分一人だけじゃ、できることは限られる。

他に何か策はないか、と、いろいろ考えてみたが、何も思いつかなかった。自分の大事な人を助け出すという大事なことを、自分一人の力では何もできないというのが、情けなくてしょうがなかった。

やがてケーブルカーは、筑波山の山頂付近に到着した。そこは、男体山と女体山の間にある、広場のようになっているところだった。

ケーブルカーを降りると、僕は男体山の頂上に向かった。頂上に向かいながら、いろいろなことが頭をよぎった。今までの、めぐみとの思い出が、断片的にいくつもいくつも頭に浮かんでは消えた。

20分ほど歩くと、頂上に到着した。そこにある神社に手を合わせながら、僕はある一つの決意を心にいだいた。


筑波山を下りると、僕は石ヶ崎市まで戻り、とある金物屋に入った。そこで、刃渡り約15センチの包丁を買った。なるべくひと思いで結果を出せるものを選んだ。

僕の結論は、「障害物を、もとから断つ」ということだった。それしか自分にできることはない、少なくとも、その時はそう思えた。


夕方、家に帰り、セミナーのことをあれこれ考えている時に、田口君から電話が来た。










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