第11話 半跏思惟像

「『未来の世界』っつう団体は、おいらが『カルト対策室』にいたときも、2人ほど相談があったんだ。一人は、その家族からの相談で、旦那が金使いが荒くなったんで、調べてみたら、ここの信者になってて、数珠とか、パワーストーンとかを買わされていたそうだ。この場合は、弁護士が間に入って、旦那がその団体からいったん離れるということで話し合いがついた。もう一人は、本人からの相談で、教祖の大山天空からレイプされた、という訴えだった。なんでも、なんとかイニシエーションとかいう儀式で、教祖と二人きりの時に、怪しい液体を飲まされ、意識が薄れているときにレイプされたつうんだな」

「れいぷ?」

と、僕は声をあげた。

「うん、でも、確かな証拠がないのと、その人が精神異常の病歴があったことで、結局立証することはできなかったんだ」

「でも、実際にやってたのかな?」

「うん、おそらく、やってると思う。『カルト対策室』で調査したところだと、あと数人おそらくやられてるようだ。でも、確かな証拠をつかもうとすると、どこかで圧力が入って、結局調査中止に追い込まれっちゃうんだよ」

「圧力って、誰から?」

「『未来の世界』は、『狼商会』という暴力団とつながりが噂されてる。それと、政党には、与野党問わず献金している。教祖の大山と個人的なつながりがある政治家も数人いる。事件を起こしても、もみ消す体制は整ってるんだね」

と、田口君がここまで話したところで、惣野が、持っていた茶碗を音を立てて置くと、こういった。

「まったく、腐ってるわ!」

すると田口君は、やや苦笑いの顔をした。

「『霊科学統一会』って知ってるでしょ、高い壺売ったりとか、脱会者を脅迫したりとかしてよくトラブル起こしてるけど、いまだにおとがめなしなのは、表では政治家と太いつながりがあって、裏では暴力団と太いつながりがあっからなんだよね」

それを聞いて、はあ、と僕はため息を一つつく。

一瞬、目の前が暗くなった。なんだか、真っ暗い液体の中を浮遊している、クラゲになったような気持がした。


「そこで、『未来の世界』なんだけどね、ここは、高い壺売ったりとか、脱会者を脅迫したりとかは、表ざたはしていないんだ。入会者が家族とトラブルになっても、話し合いをすれば、結構簡単に脱会することができる。お布施も、あまり高い額を強要したりはしない。その代わり、少し高いセミナーを頻繁に開催したり、日常的に使う数珠とか、プレミアがついた線香とかを売ったりして儲けているようだ。パワーストーンとか指輪やブレスレットも売ってる。要するに、巧妙にトラブルを回避しながら、囲い込み商法でうまく利益を上げてる、合法的な詐欺師団体、とでもいえばいいかな」

「合法的な詐欺師団体ねえ。なんか聞いてると、日本自体が、合法的な詐欺師団体に思えてくるわ。もいっぱいお茶ちょうだい」

といって、惣野は茶碗を田口君の方に差し出した。

「『未来の世界』が使ってる数珠とかパワーストーンとかは、『ヘルスアシスト社』

っていう商社から仕入れている。『ヘルスアシスト社』は、教祖の大山はオーナーじゃないけど、おそらく大山の知人が経営しているらしい。そして、その『ヘルスアシスト社』に商品を納入してるのが、『掘削工芸社』というところで、九州の方で、石を掘り出して、それを加工する会社らしいが、今は大部分の原料は輸入に頼っているようだ。ここは、役員は公表してないけど、おそらく大山の親族の経営であることは間違いない」

「『未来の世界』と、その二つの会社が三角関係みたいになって、大山の親族同士で、ぐるぐると利益を流し合ってるってわけね。巧妙にできてるわね」

「そうだ。大山教祖は、表向きにはお金が目当てじゃないことになってるから、教団と直接取引してる『ヘルスアシスト社』のオーナーにも役員にも、親族の名前は入ってないそうだ。でも、そこに商品を納入している『掘削工芸社』が、ずばり大山の親族の経営だから、役員の名前を公表してないんだっぺ。そして、そこが、最終的に利益の集積場みたいになってると思う。でも、以前調べたときには、そこまでの確証は得られないままだったけんとね」

なるほどそういうことだったのか、と僕は思った。

めぐみがそこに入会してから、僕なりに『未来の世界』を調べようと、ホームページを観たり、教団についてのスレッドなどを見たりしたが、そこまでの情報は得られてなかった。『ヘルスアシスト社』は、教団をサポートするために作られた会社で、大先生は一切かかわってません、大先生が利益を得ることはありませんと書いてあったが、その先まで追求しないと、巧妙な手口というのは解明できないってことか。


やがて、「めぐみさんは、いま、研修中け?」と、田口君が訊いてきた。

「うん。10日間のトレーニングの最中で、今度の金曜日で終わるらしい。その後、教祖とのイニシエーションがあるそうだけど、それは今度のセミナーの後になるらしいよ」

と言うと、田口君は厳しい顔をした。

「イニシエーションか。さっき言ったけど、イニシエーションは、若い女の人の場合、ひどいことをされることもある。それまでに、なんとかしないと」

ひどいことというのは、レイプのことだろう。レイプという言葉が、僕の頭の中をぐるぐる回り始めた。


「そこで、その占い師、なんだけどね」

と、田口君が話題を変えた。

なにか、占い師についての詳しい情報を、田口君は握っているのだろうか。

「そんな人がいるのは、全然知んなかったよ!」

と言ったので、僕は心の中でずっこけてしまった。隣の惣野も、口からお茶をこぼしていたので、同じだったろう。

「以前調べたときには、そんな人は全然出てこなかったんだ。でも、めぐみさんが入会したのはその人と会ったのがきっかけだったんだから、おそらく影の重要人物なんだっぺな」

「そうよ。その人が、『未来の世界』を紹介したんだし、教団の相談役だそうよ」

「相談役ねえ。とにかく、調べてみる価値はありそうだね。そうだ、おいらが、悩み相談に行ってみるっつうのもいいかもね」

「相談に行ってどうするのよ?」

「うまくいけば、そのセミナーにおいらを紹介してくれるかもしんない。そしたら、直接教祖のお話が聞けるでしょう。その時、直接教祖に向かって、めぐみさんを返せと訴える。セミナーに参加した人の前で、教祖に直接うったえてやる。そうすれば、教団としても何らかの対応を取らざるを得なくなるから。教団に対して、世間一般の常識にのっとった対応をしても埒が明かないからね」

「そんな力業でうまくいくの?」

「うまくいくかどうかはやってみないとわかんないよ。とにかく、その占い師の電話番号教えといて」

惣野が、手帳を開いて田口君に番号を教えた。

「今日は日曜日だからやってないわよ」

「じゃ、後で電話してみっから。結果わかったら連絡するよ」

「わかった、待ってるよ」

「それはそうと」

残っていた茶碗の茶を飲み干すと、田口くんは言った。

「『未来の世界』と言えば、弥勒菩薩を信仰してんだよね。うちにも弥勒菩薩の像があっけど、見てみっけ?」

僕と惣野は、目と目を見合わせてから、田口君に向かってうなずいた。


お寺の中は薄暗かった。

金箔で飾ってある、仏壇の前を通り過ぎると、その先の、引き戸のある物置の前で立ち止まり、田口君はその戸を開けた。その中には、数体の仏像が並んでいたが、どれもやや黒く変色して、時代の経過を感じさせるものだった。

その中の奥の方から、やや大きめの像を抱えると、田口君は物置から出てきた。

それは、高さ1メーター弱くらいの、細めの人が何かに座っている像だった。右足を左足の上にあげ、その上に左手を載せている。顔は女性のようにも見えるが、胸が出てるわけではなく、なぜか上半身が裸で、頭を丸く結ってある。右手を顔の脇に近づけて、人差し指と親指で丸く円を作り、顔をやや下に傾けて、少し笑っているような感じにも見えた。

「弥勒菩薩半跏思惟像っていうんだ。お寺ができたすぐのころに彫られたらしいけど、いつの時代に彫られたかは調べてない」

「はんかしゆいぞうねえ。何か悩んでいるのかな」

「うん、弥勒菩薩は、まだ仏になってない修行の身だから、どうやってこの世の人たちを救ったらいいか考えてんだよ」

「なるほどね、私たちが悩ませちゃってるのね。でも少し笑ってるようにも見えるわ」

「まあ、おいらたちが悩んだり苦しんだりしてることは、弥勒菩薩様にしてみれば、『なんか笑える』程度のことでしかないのかもね」

と言うと、田口君は、かっかっか、的な笑い方をした。





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