祢呼
『もう、勝手に入らないでって言ってるよね』
そう口にしたマヒルに、闇の中で光る瞳の持ち主は、ゆらりと体を起こして、
「鍵を掛けない方が悪い……」
と返してきた。とろりとした印象のある、甘いような少し鼻に掛かった声だった。
「はいはい……」
マヒルが苦笑いを浮かべながら照明のスイッチを入れると、六畳くらいの部屋の半分近くを占領したキングサイズと思しき大きなベッドの上に、大きなネコがいた。
いや、違う。ネコじゃない。ネコのような印象があるだけで、明らかにネコじゃなかった。髪は濃茶のショート。全身を覆うカーキ色(服飾関係でよく『カーキ』と言われるオリーブグリーンじゃなく、本来の方)の短い毛皮と、尖った耳を持つ、大きく開いた襟ぐりのゆったりとした黒いランニングシャツと同じく黒いホットパンツを身に着けた<女性>だった。
「で、今日は何の用?
マヒルに<
そんな
「あら? つれないなあ。私がマヒルの家に来る目的はただ一つでしょ? 分かってるクセに……」
ひどく艶めかしい声と表情で、ベロリと自分の唇、いや、顔を舐めた。真っ赤な舌はすごく長かった。
「だから、何度も言うけど、僕はヤナカが好きだから……!」
マヒルは腕を組んできっぱりと言う。なのに
「どうして? 別に相手は一人じゃなきゃいけないっていう決まりはないわよ?」
やっぱりとろりとした印象のある声で囁くように言葉を投げかけてくる。
確かに、今の
「でも、何人もと同時に付き合わなきゃいけないっていう決まりもないよね?」
と言い返す。その通りだった。
『相手は一人じゃなきゃいけないっていう決まりはない』
ということは、翻って、
『複数の相手と同時に付き合わなければいけないという決まりもない』
という意味でもある。あくまで当事者同士の問題なのだ。
『複数のパートナーの一人でもいい!』
のならそういう相手を見付ければいいし、
『自分一人を見てほしい!』
のなら、それを受け入れてくれる相手を見付ければいいだけだ。
そしてヤナカは基本的にそう考えていて、マヒルはそんなヤナカを受け入れた。
そういうことだ。
で、
「あーっ! なんかヤな予感してきてみれば、この泥棒ネコ!!」
マヒルの家の寝室の窓を開けて、ヤナカが叫んだのだった。
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