あがるぞ~!

「あがるぞ~!」


ヤナカがそう声を上げると、


「は~い♡」


アケボ達が声を揃えて浴槽から出た。そしてタオルで体を拭く。羽毛が湯を含んでぼたぼたと滴ることもあって脱衣所に出てから拭くのではなく、浴室内でまずざっと湯が滴らなくなるまで拭いてから、再度、脱衣所で改めて仕上げ拭きをするというのが、アクシーズの習慣だった。これは、他の毛皮を持つタイプの獣人達にもみられることだ。


なお、アクシーズは体が小さいこともあってか、基本的に長湯はしない。湯あたりしてしまうからだ。地球人ならそれを<カラスの行水>と言ったりすることもあるかもしれないが、獣人達の場合はそれぞれ事情が違うので、そんな風に揶揄したりはしない。


一方、体が大きく丈夫な鱗に守られてることもあってか体が温まるのに少し時間がかかるマヒルは、ゆっくりと湯に浸かる。特にマヒルは風呂が好きだというのもあって。


すると、アケボ達の仕上げ拭きをして自分の体も仕上げ拭きを終えたヤナカが、


「あんまり風呂に浸かってると、茹で恐竜になるぞ!!」


と、浴室のドアを開けて指差してきた。けれどそれは揶揄するような意図のものではなく、


『マヒルと一緒の時間を過ごしたい』


という彼女の気持ちの表れだった。マヒルもそれを理解しているので、


「はいはい。待っててね♡」


穏やかに応えるだけである。




そんなこんなでゆっくりと風呂を堪能したマヒルが上がると、ダイニングでヤナカ達が、<お風呂の後のデザート>として果実を食べていた。そしてマヒルを見ると、


「おうおう! お前も食え!」


まるで酒席で盃を勧めてくる酔客のように、ヤナカがザクロに似た果実を差し出してきた。


「ありがとう♡」


それを受け取りマヒルも席に着く。するとアカネが、


「じゃあ、私もお風呂にさせてもらうね」


片付けを一段落させて浴室へと向かっていった。


「はい」


マヒルが挨拶をし、ヤナカ達と一緒に<お風呂の後のデザート>を堪能する。


これが、マヒル達の日常だった。


こうしてヤナカの家で団欒の一時ひとときを過ごしたマヒルは、


「じゃあ、僕はこれで」


食べた果実の跡をヤナカ達と一緒に片付けて、ようやく自分の家に帰った。


さりとてすぐ隣なので、ほとんど自室に入るような感覚でしかない。


マヒルの家も、床板がしっかり張られている以外はヤナカ達のと同じ作りだった。それを一人で使っているので贅沢とも思えるかもしれないものの、体の大きい彼にとっては寛ぐにはこれくらい必要かもしれない。


が、寝室にしている部屋のドアを開けたら、真っ暗なそこに黄色い二つの光が。


「!」


けれど、マヒルは驚いた様子はなかった。むしろ呆れたように、


「もう、勝手に入らないでって言ってるよね」


と声を上げたのだった。


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