ふんがーっ!!

「あーもう! 下ろせー! このやろーっ!」


マヒルに服の襟を掴まれて宙吊りになったヤナカは、汚い言葉でそう叫んだ。そんな彼女に、マヒルは困ったような表情をしながら、彼女を左腕に移して抱き上げる。


するとヤナカは、


「ふんがーっ!!」


と鼻息荒く抜け出して彼の体を上り、肩車の体勢になって、


「はっはっはー! 私が貴様を操縦する! 前に進めーっ!!」


彼の頭の大きな鱗を掴みそれをまるでロボットの操縦桿のように動かして、命令した。


「あたたたた! ちょっと痛いよ、ヤナカ!」


マヒルはそう言うものの、表情を見る限りでは本当に痛がっている風ではない。痛いのは痛いのかもしれないが、今すぐどうにかしないといけないような痛みではないのだろう。


「もう、しょうがないなあ」


マヒルは困った表情をしつつも、彼女に言われたとおり、歩き出した。その様子は、<カップル>と言うよりは完全に<父とおてんばな娘>だっただろうが。


そして二人は、人通りの多い賑やかな場所を歩いた。市場が並んでいる通りだ。そこにも、いろいろな姿をした獣人達がいた。普通の人間の姿をした者も多いが、特にお互いを意識しているふうでもなく、完全にそういう世界として馴染んでいるのだろう。それが当たり前の世界に生まれ育ったなら、そうなって当然か。


すると、


「マヒル! 今日は猪竜シシ肉のいいのが入ってるよ! 夕食にどうだい!?」


声を掛けられた。見るとそこには、雄ライオンのような立派な鬣を持った女性の姿が。


「あ! じゃあ、いただきます! リズルさん!」


マヒルは嬉しそうに応え、


「マヒル! ナイス!!」


ヤナカも嬉しそうに口にした。


「はい、五百円!」


言いながら『リズルさん』と呼ばれた<雄ライオンのような立派な鬣を持った女性>が、重さにすれば二キロはありそうな骨付き肉を渡してくれた。マヒルは、『500』と刻印されたコインを差し出し、肉と交換する。


『五百円』とリズルは言ったものの、ヤナカが渡したコインは<五百円硬貨>ではなかった。デザインは似ているものの、明らかに違う。


ここ<錬是れんぜ>の通貨は<円>だった。これは、彼らの<始祖>となる者が地球の日本由来の者だったからである。とは言え、二キロはありそうな骨付き肉が『五百円』というくらいだから、レートそのものは完全に<日本円>準拠ではないのだろう。この世界独自のそれになっていると思われる。


マヒルは、肩から掛けたバッグの中から布袋を取り出し、肉の塊をそこに収め、ヤナカを肩車したまま、また歩き出したのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る