Ⅱ 『賢きものが読む書』を読む

 今、あなたは、目の前の男曰く『賢きものが読む書』なるものを手にしている。


 しかし、あなたの目には、その表紙の文字が『賢きものが読む書』と書かれているかどうか判別できない。達筆すぎて、精確に読めないのである。

 なんとなく、そのように書いてあるような気がするし、違うような気もする。

 その文字を見ていると、どこか馬鹿にされているような感じがしてならない。

 なぜか、あなたには『ばかものが読む書』と書かれているように思えてくる。


 その書は、確かにただの紙切れと言ってよかった。

 きちんと製本されておらず、ただ単にA4の上質紙に印刷され、ホッチキスで止められただけのもの。何者かの私書なのだろう。特に作者名は記載されていない。

 表紙に『賢きものが読む書』となければ、絶対に読まれることはないだろう。


 あなたは、そんな書の表表紙をめくりあげた。


(以下、この書の内容を記す。一言一句たりとも抜けはない。)


 この書に目を通して頂き、感謝する。ありがとう。

 

 この書を読むものは、自称『賢きもの』でなければならない。

 ゆえに、自称『馬鹿もの』にこの書を読む資格はない。

 この書は、自称『賢きもの』に『賢きものは馬鹿なことをするべきではない』と訓示するために書かれたものであるからだ。自称『賢きもの』のみ、この書を読む資格がある。さあ、自称『賢きもの』よ、このページをめくりたまえ。



 『賢きもの』に伝える。


 あなたは、以下に述べる馬鹿な振る舞いをすべきではない。

 かような振る舞いを行ったならば、皆から『馬鹿もの』のそしりを受けることだろう。『賢きもの』として天寿を全うしたいのであれば、かような振る舞いは、決して行うべきではないことを肝に銘じよ。


 もし、以下に書いてある馬鹿な振る舞いを以前したことがあると思い当たった場合、すぐにこの書を読むのをやめること。残念ながら、あなたにこの書を読む資格はない。

 


一ツひとつ

【書物に「ありがとう」と書いてあったので、「どういたしまして」と心の中で返礼

 する、もしくは、本に向かって思わず頭を下げること】


一ツ.

【嫌味たらしく「あなたはお人好しだ」と言われ時、満更まんざらでもない顔をすること】


一ツ.

【扉を開けるたびに「この扉、どこに通じてるんだろう」と独り言を言うこと】


一ツ.

【外出する度に、周りをきょろきょろと見まわし、黒の組織に変な薬を飲まされな

 いよう警戒していること】


一ツ.

【何とかマンに変身しようと、懐中電灯を片手に「シュワッチ」と言うこと】


一ツ.

【「ああ、こんな時に神様があればなあ」と芯だけのトイレットペーパーを見て、

 ひとり呟くこと】


一ツ.

【階段をのぼる人を見てニヤリと笑い、「あいつはくだらない奴だ。そしてオレもく

 だらない奴だ」と言いながら、自分も階段を登り、さらにニヤリと笑うこと】


一ツ.

【「テストの答案用紙に霊を念写した」と言って、零点の答案用紙を見せること】


一ツ.

【「オレは成金。金で尻を拭くぞ」と言って、一円玉で尻を拭くこと】


一ツ.

【「己の鍛錬です」と靴の代わりに鉄下駄を履いているが、実はそれを使って暗殺し

 ているヒットマンであること】


一ツ.

【リップクリームの代わりにスティックのりを塗りたくり、上下の唇が張り付いて

 はがせなくなること】


一ツ.

【気に入らない相手を呪うため、藁人形と五寸釘を用意したところまでは良かった

 が、打ちつける木がなかったため、近くの電柱に打ちつけること】


一ツ.

【「お前、鼻水出てるぞ。鼻かめ」と言われたので、相手の鼻を噛みちぎること】


一ツ.

【「白黒をはっきりつけよう」と、自分には白ペンキ、相手には黒ペンキをぶっか

 け、「オレが白だ。オレが正しい」と言い、相手も「残念、私は黒か。今回の勝 

 負はキミの勝ちだな」と納得しあうこと】


一ツ.

【「ちょっと、月まで行ってくらぁ」と言って、月に転移したものの、酸素がないた

 め死亡し、死んだ状態で地球に帰ってきたら「あら、死んでる」と言われること】


一ツ.

【「オレとつきあってくれ」と告白したところ、「いいよ」と快い返事を受け、浮

 かれていたら、彼女が突然竹刀を取り出し、のど元にエグイ突きをしてきて、そ

 のまま吹っ飛んで死んでしまうこと】


一ツ.

【「オレと別れてくれ」と彼女に告げ、一体化していた体を分体すること】


一ツ.

【潜水しようにもなかなか体が沈まないので、石を大量に水着の中に入れて、水中 

 に入り、二度と浮かび上がれなくなること】


一ツ.

【『退散』と書いた紙を丸めて飲み込むと病気が治る「おまじない」を実践し、の

 どに紙を詰まらせて、という薬で病気を治すこと】


一ツ.

【あらゆるものを倒せるスキルを手に入れたので、この世界の神を倒そうと戦いを

 挑むもまったく倒せない。あらためて、スキルの注意書きを見てみると、豆粒の

 ような文字で、『ただし、神は除く』と書いてあることに気づくこと】


一ツ.

【分身の術が出来るからと、夏休みの宿題は観察系だけ進め、あとはまとめてやれ

 ばいいと遊んでばかりいたが、いざ、分身を使って宿題をやろうと思ったら、分

 身の頭脳レベルが自分と同レベルのため、終わらず仕舞いになってしまうこと】


一ツ.

【「私は鳥」とビルから飛んだものの、途中で「あっ、私は飛べない鳥だった。

 えっとなんだっけ?」と考え、地面に激突するとともに「そうだ、キーウィ

 だ!・・・って、あれはフルーツだったけ?」と閃くこと】


一ツ.

【何とかマンに変身しようと、懐中電灯を片手に「シュワッチ」と言ったら、本当

 に何とかマンに変身してしまうこと】


一ツ.

【プリペイドカードを出すつもりで間違って診察券を出してしまったが、普通に支

 払いが出来てしまうこと】


一ツ.

【ハズレの宝くじを持っていき、「一等当選しました」と百回繰り返したら、なぜか

 本当に一等に当選したことになってしまうこと】


一ツ.

【小説投稿サイトに投稿してみたものの、あまりにも読まれないため、「天才とは理

 解されないものなのだ」とひとり、悦に浸ること】


一ツ.

【「☆の数は・・・決まってるんだ」とわけのわからないことを言い、自分の作品に

 ついている☆を削除した分、別の作者の作品に☆をつけて「これでいいんだ、こ

 れで」とひとり呟き、悦に浸ること】


一ツ.

【「自分の作品は高尚過ぎるゆえ、読者は☆をつけにくいのだ。評価されなくても仕

 方がないのだ」と真剣に思っていること】


一ツ.

【ある小説投稿サイトの自主企画『批評します』に喜び勇んで参加したところ、

 まったく批評されずに終わり、心の中でクソヤロウと呟くこと】


最後に一ツ.

【この書を読むこと】









 今、この部分を読んでいる自称『賢きもの』にして『不誠実なもの』よ。

 あなたは、すでに『馬鹿もの』の行為をしているはず。

 それだのに、それを認めることが出来ず、読み進めるとは・・・。


 わたしは、そんなあなたのその汚れ無き外道さに対し、敬意を表す!

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