第15話

「何かありましたか?」

「ん?何が?」

「今だって花壇を通り越して歩いていってしまいそうだったし、篠原さんは沈黙の時間があると必ずなにか話題を出しているじゃないですか。」


確かに木南くんは悪い人ではないけれど、2人きりでいる沈黙はとても苦手だった。

紏柚といる時はそんなこと考えもしないのに。


「心配ごとですか?」

「心配というか…なんだろう。不安とも違うし。戸惑いに近いのかも。」

「彼氏ですか?」

「だから彼氏じゃないんだって。」


私が手を顔の前でブンブン振ると、木南くんは子供を見るように目を細めた。


「紏柚の態度というかなんていうかが慣れなくて。紏柚はこういう時にこうするよって知ってる取扱説明書みたいな人いないかなぁ。」

「篠原さんは彼をもっと知りたいんですか?分からないなら分からないで済ませることだって出来るでしょう。」


花壇の花に水をあげながら木南くんは話す。


「うん。知りたい。」


紏柚に"私も好きだ"と伝えられなかったのは、きっと彼のことをよく知らないから。もっと知りたい。何を見てるのか何を感じているのか。


「じゃあ篠原さんも話さなきゃですね。他人を知りたいのなら自分も見せなきゃいけませんから。僕ならいつでも練習相手になりますよ。」

「…じゃあお言葉に甘えてちょっとだけ。」

「あの女の人ですか。」

「え?うん。…って私から切り出さないと意味ないじゃん!」


思わず吹き出すと、木南くんはホースを止めて私を見た。


「な、なに…?」

「あの人はかおがいいですし、モテるんでしょうね。きっと。」

「…そうだね。」


そうだった。私のライバルはみくさんだけじゃない。今までにも何度か顔を赤らめた女の子から呼び出しをされているところを見ている。


「なんてすみません。そんなに不安になることは無いと思いますよ。ほら、今だってお迎えに来てるんですから。」


言われて振り返ると、また能面のような表情で木南くんを見ている紏柚がいた。

一体その表情はどういう感情なんだ。


「紏柚…?」

「終わったの?帰るよ。」

「えっ。でもまだ…」


紏柚と木南くんを交互に見ていると、木南くんが"大丈夫ですよ。"と笑った。


「一緒にやってくれたおかげであと少しで終わりですから。気をつけて帰ってくださいね。」

「ほんとに大丈夫?ごめんね。ありがとう。」


今にも行ってしまいそうな紏柚を追いかけるように、急いで道具を片付けて帰路につく。


「…。」

「…。」


な、なんだろう。珍しく沈黙が気まずい。紏柚がピリピリしているからだろうか。

気まずいからといっても特に提供する話題もないので黙り込む。


「ねぇ、雨音。」

「ん?」

「木南はいい人?」

「木南くん?いい人だよ。笑顔が爽やかで綺麗だよね。」

「ふーん…。雨音、俺の笑顔も好きって言ってたよね。どっちが好き?」

「どっちがっていうか、紏柚の笑顔は穏やかで瞳が綺麗で素敵だなって思ってるけど、木南くんと比べてどうとか思ったことないよ。」

「兄貴が貸してくれたあの漫画で、木南みたいなやつ、出てくる。」

「そうなの?」

「うん。俺とは全然…違う人。」


そう言って、どこか寂しそうに小石を蹴る。


「どうしたの?何かあった?」

「あった…けど、ちょっとまだ、この感情がどういうものなのか分かってないから分かったら言えると思う。」

「じゃあ話せるようになるまで待ってるね。」

「ありがとう。」


そう言って微笑んだ紏柚の笑顔はやっぱり綺麗で素敵だなぁと思った。













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