第10話

「雨音。」


学校に向かって歩いている途中、後ろから背負っていたリュックを引かれた。


「あれ、紏柚早いね。おはよう。」

「うん。おはよう。」


後ろを見ると、紏柚が目を閉じて私のリュックを掴んでいる。少し歩く速度を緩めると、彼は隣に並んで私の頭をすんとかぐ。


「いい匂い。」

「お気に召したようで良かったです。」

「うん。雨が降りそうな匂いがするけど、今日はお日様を感じて生活できそう。」


この言葉通り、彼は一日中上機嫌だった。

…シャンプーを変えたとて。


「なんの発展もないんだよなぁ…」

「少女漫画?いい展開を読みたいならこれ、貸すよ?」


おもむろに鞄からいつか見た少女漫画を取り、差し出す。


「そういう事じゃないんだけどね。」

「そう?」


紏柚は相変わらず何を考えているのか分からない雲のような人で、告白しても今のような返しをされかねないなと常々思わせてくる。

だから私だって少しでも可愛く見られようとお気に入りのラインの入ったソックスを選んでみたり、シャンプーを変えてみたりしてるんだけど。しただけじゃ何も変わらない。分かっているし、付き合いたいと思わない訳でもないけど、この関係も心地よい気もするし。


「雨音?」

「え?」

「用事はないけど、空見ながらぼーっとしてるから俺みたいに金魚鉢に閉じ込められた気分になってるのかと思って。」

「紏柚はそれが好きで空見てるのに私にはその気分に浸らせてはくれないよね。」

「もちろん。金魚鉢の中は俺一人の時間だけだから。雨音がいる時は雨音との時間だし。」

「ふーん?」


よくわからない。

まだまだ私は紏柚のことを分かってないんだろう。全てを分かろうとしているつもりは無いけど。


「雨音も一緒に好きなものを見てくれるなんて嬉しいなぁ。」


そう言って彼は機嫌が良さそうに空を見上げる。

その横顔が、初めて声をかけた時の横顔と重なって、私はあの時から紏柚に惹かれていたのかもしれないなと今更ながら思う。

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