第7話

「あの、木南くん…?」

「はい?」

「木南くんの家、うちの逆方向じゃなかった?」

「そうですか?」

「え?違う?」

「どうでしたかね。」


小首を傾げながら、彼は私の帰路を迷うことなく進む。


「綾瀬のことですけど、傷つくくらいなら追わない方がいいと、僕は思いますよ。」


私の方を一切見ることなく言う。

…見られていたのか。

だから一緒に帰ってくれたんだね。私を慰めるために。


「あはは。そういう事か。大丈夫だよ。紏柚は他の同級生と違う雰囲気というかオーラ?を感じてたし、こんなこともあるよね。」

「…彼女がいるならあんなどっちつかずな態度をとることはおかしいじゃないですか。いつも迎えに来てまで一緒に下校してるのに彼女がいるなんて。」

「まぁあの女性が彼女だって確証はないしさ。私は大丈夫だよ。」


笑顔で言うが、怪訝そうな顔をされてしまう。

嘘をついているわけではないんだ。

さっきはちょっとびっくりしただけだから。

彼が気にしすぎないように話題を変え、無事家に着く。


「はぁ。」


私は思わずため息をついた。


「急に帰ることになっちゃったからつい、持って帰って来ちゃったな…。」


両手の中には、紏柚の手帳。

一体いつも何を書いているんだろう。

興味本位から表紙をめくるとヒラヒラと何かが落ちる。


「…桜?」


若干色は褪せているけれど、桜の花びらだ。

紏柚は、花の名前を全然覚えていない。そんな彼が、桜の花びらを押し花にすることなんてあるんだろうか。

気になって、手帳をパラパラとめくる。

そこには、『空が桜色に色づく日、綺麗な笑顔を見た。表現しきれない感情は、読んでいた物語がガラス玉に映りこんだようだった。』と書いてある。

紏柚らしい表現。物語か何かだろうか。

さらにめくっていくと、『彼女はたくさんの人と会話をして、たくさんの人たちを笑顔にしている。毎日彼女を見ていると、興味のなかった他人に興味が湧いてくる。』

パラパラとめくるページには、彼女と称される人物のことがたくさん書いてあった。

『ずっと金魚鉢の中だと思っていた世界は、もしかしたらシャボン玉の中なのかもしれないと思えてくる。自分が近づきさえすればいつでも世界を交えることが出来るんだろうと考えが至る。彼女の笑顔が、行動がそう思わせてくれる。』

"彼女"とは誰なのか。

やっぱり今日みくと呼ばれていたあの人だろうか。

モヤモヤとした気持ちを押し殺して、私は手帳を閉じた。

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