第22話 アルファンド




「生まれた次の瞬間から努力してきた」



 ハイバーンのハッチも開いた。親父が出てくる。あっちの方が背が高いゆえに、見降ろされる形になった。親父が俺を見ている。



「努力してきたんだよ。ずっと、努力してきたんだ」


「……そうか」


「ああ、精霊騎でもあんたと五分でやりあえるくらいは、努力してきた。思い知ったか?」


「ふん、それはその特別な精霊騎のお陰ではないのか?」


「それもある。だけどな、俺は努力してきたんだよ」


「努力が尊いのは認めよう。しかし、結果を出さなければ意味がない。おまえには適正が無かった」


「そうだな。同感だよ」



 開け放たれたハッチから、地面に飛び降りる。10メートル程の高さだが、こんなもの、強化術を使えばなんてこともない。


 同時に親父も飛び降りる。あっちも、使い手だ。それも、多分俺よりも。



「さっきも言った通りさ。これは俺の八つ当たりだ! 不適格者の八つ当たりだ!! どうだ? まいったかっ!!」


「口だけか? 手足を動かさないのか?」


「言ってくれたな! 口だけじゃないぞ、目も耳も鼻も、手も足も、体全部だけじゃない。心まで全部で殴り倒してやる!!」


「では、そうするがいい」



 ずんずんと親父が歩いてくる。俺も同じように歩く。そして、1メートル弱。



「そうりゃあああ!」



 開幕は俺の右ストレートだ。



 ◇◇◇



 親父は首を傾けるだけで、俺の拳を避ける。そして右拳を振りかぶる。


 ずどん!


 その次の瞬間、俺の左ローキックが親父の右脚にさく裂していた。所謂、対角線の攻撃だ。



 どうだ、俺は生まれた時から努力してきたんだよ。異世界転生なんてして、あんまり大したことのない前世の知識を振り絞って、努力したんだよ。これだって、地球の技術だ。どっかのマンガだかで読んだだけだけど。


 3歳くらいの時に母親が死んだ。やむを得ない病気だったらしい。その頃から、俺は肉体を作り始めた。とにかく肉が足りない。豆や大麦ばっかりで身体が作れるか?


 俺はセバースティアンとオクサローヌに相談して、肉を手に入れる方法を模索した。あの頃には俺が普通の子供じゃないって、気づいていたんだろうな、あの二人。


 狩人を紹介してもらい、領主の息子という特権と、狩人に丁寧に頭を下げるついでに、子供の純真さまで持ち出して、狩ってきた猪っぽい獣の肉を定期的に買わせてもらうことになった。ついでに子供の猪を見つけたら、生け捕りにしてそれも買い上げることにした。牧場を作った。


 畜産の概念が薄い世界で、このガキは何をしているのだろうと思われただろう。だけど俺は止まらなかった。近所のガキたちを集めて、猪の世話をさせることにした。報酬は肉だ。めちゃくちゃ喜ばれた。4年くらいたったころには、猪牧場では猪の背に跨り、爆走する子供たちがいた。俺もその一員だ。


 なにせ強化術なんてものがある世界だ。子供たちでも侮れない。事実、あの牧場のメンバーはめきめきと成長し、その内適正のあった何人かが騎士となった。そこら辺に倒れている騎体の中にもいるんだ、これが。ごめんな。


 そんな牧場から収益を上げ、次は野菜と灌漑だった。生憎ノーフォークだとかそういう知識がなかった俺だったが、農家の皆さんを拝み倒し、補助金を出すことで、豆と大麦一辺倒だった領地に、野菜栽培を推奨した。栄養バランスは大事だ。



 ああ、長くなった。そうやって俺は自分の食生活を豊かに、といっても贅沢ではない、頑強な肉体を作り上げるために努力してきた。ついでに、領地を豊かにしてきた。副産物はどっちだ? これが俺の知識チートだ。



 そして、親父の足に蹴りをぶち込みながら回想していたわけだが、衝撃を全く考慮しない右拳がぶっ飛んできた。これだから強化術ってヤツは。



 どごおん!



 咄嗟に両手を交差してガードする。それでも止められない。3メートルは吹き飛ばされたか。どこの超人マンガだ。



「その程度か?」


「まさか、まだまだ」



 ◇◇◇



 そう、俺の努力には強化術も入っている。よくある、生まれた時から魔力を練り上げるなんて、そんな上手い話はなかった。1歳で諦めた。だけど2歳の頃に母親に教えてもらった。なんだよ、意思の力って。そうだ、強化術はそうありたい、そうであってほしいという意志が生み出す力だ。


 実際に見せてもらって、実感した。この世界の連中は超人集団だった。


 当然俺も努力した。こんな世界でこんな凄い力があるんだ。使いこなして俺つえぇぇするのは当たり前の欲求だ。だから、努力した。



 修行だってした、槍メインで、剣も、ついでに胡散臭がられたが、刀もやった。格好良いからだ。当然体術もだ。強化術のお陰で、マンガやアニメみたいな技も再現できた。



 それが。



 再び殴りかかって来た親父の拳をかいくぐる。懐に入る。そして、胸元に肩を叩きつけた。


「そいやああああ!!」


「ぐ、ぬあぁ!」


「攻撃は手足だけじゃないって言っただろ。身体全部が攻撃手段だ」


「なるほど。やってくれるわ」



 力の親父、技の俺ってか?


 殴り合い、蹴り合いが始まった。



 どすん、がつん。どばん、ずどん。



 存分に強化術を効かせた喧嘩は、派手な音を立てて続く。



「大体なあ、不適格だからなんだってんだよ!?」


「領主たる私の息子が精霊騎に乗れぬでは、面目が立つまい!」



 ばごん、ずがん。



「跡継ぎは兄貴で決まってたんだからいいじゃねーか! それをなんだ。廃嫡だ? 字面間違ってるぞ、それは放逐って表現するんだよ」


「やかましい! 似たようなものだ」


「自分の語彙の無さを誤魔化すな! それだから、それだから……」



 どがあん、バキん。



 あ、あばらが何本か逝った。痛ってええ。


「去年のウチの領地の予算総額しってるか?」


「なにぃ!? そんなものは、セバースティアンが……」


「そんなものだと? 教えてやるよ。452万3821エーンだ!! 前年は412万9172!!」


「それがどうしたああ!!」


「訓練と戦争ばっかしやりやがって、負傷者への治療費や保障が大変だったんだぞ!!」


「なんで、おまえがそんなことを」


「親父がやらないからだろうがああああああ!!」



 丁度目の前にあった親父の顎に、頭突きを叩き込む。少しは思い知れ。



「ぬっがああああ!!」


 のけ反った体勢から親父が振りかぶる。不味いなこりゃ。こっちはもうヘロヘロだし、防ぎきれるかな?



 どおおおぉぉぉん!!



 これまでにない衝撃が俺の頭を揺らした。吹き飛んで、ウィルバーンの脚に当たってやっと止まった。


 立てるか。いや、立て。強化術最大。意思の力なんだろ? だったら俺を立たせろ。


 立って、そして膝から崩れ落ちた。



 ああ、俺の負けかあ。ざまぁしてやる予定だったのに、格好つけて、最後で負けちゃったかあ。



 悔しいな。



 親父が近づいてくるのが分かる。これからどうなるかな。敵味方併せて大損害だ。八つ当たりとはいえやり過ぎたな。国王に謁見どころか、引きずり出されて極刑って感じかな。




『そこまで。勝負は見届けました』



 ティアの声が聞こえた。



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