第3話 変わり行く日常の中に
「やったぁ!大好評だったね!」
そう言って彼女はぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
正直、僕も飛び跳ねたい気分だ。けれど次の人の発表が始まるのでその気持ちと彼女を押さえ込んだ。
「ちょっと、危ない」
「今は君の方が危ないから…さっさと席に戻るよ」
「はーい」
僕は彼女と大人しく自分の席に戻ると、クラスのみんなから小さな拍手が送られた。
全部の発表が終わると、僕達の文化祭が幕を開ける。
「あっ!私達シフト入ってるよね!」
「あー、そうだねぇ」
「急ご!」
彼女と僕はクラスの出し物のクレープ屋もといコスプレカフェである。
僕はキッチンがいいと言ったのだが彼女が僕を強制的にホールへ変更したために僕は執事になり接客することになった。
更衣室で着替え、女子に髪型をセットされるも慣れないワックスの感覚に違和感を覚えながら身だしなみをチェックする。
「山口君意外とイケてるねぇ」
「え?あ、ありがとうございます?」
鏡を見ているとクラスの女子にそんなことを言われてしまった。恥ずかしいがなんだか少し浮かれた気分になった。
「ねーね、似合ってる?」
ポンポンと肩を叩かれて振り返ると、そこにはメイド服を来た彼女がいた。
「ハイハイ似合ってる似合ってる」
「うわー、テキトーだなぁ…」
ぶっちゃけで言うと結構可愛いのだが正直に言うと、素直に褒めるのが照れくさかった。
「ほら開店するよ」
「あ!そうだった!」
コスプレカフェとだけあって開店直後ながらも、それなりに繁盛していた。
「ねぇお兄さん、この後暇?」
「え?僕ですか?」
突然大学生らしい人に話しかけられた。
この学校の文化祭は他校や地域の人々も来るので珍しいことでは無いが…僕もしかして逆ナンされてる?
「うん、そこのお兄さん!暇なら私達と回らない?」
「え、えーと…」
逆ナンって本当にあるんだなぁ。嬉しいと言えば嬉しいけど、先客が…と言うか強制予約されてるんですよね。
僕が照れながら困っていると彼女がトテトテと音を立てながら僕の方に歩いて来て僕の腕を掴みこう言った。
「ごめんなさい、この人…わ、私の彼氏なので!」
真っ赤になりながらメイドコスの彼女は必死になっていた。
これ後で後悔するやつやん…。
「あちゃー、彼女持ちだったか…ごめんね変なこと言って」
「い、いえ…滅相も…」
ブース内に響き渡る歓声と拍手、僕達は一体今日何回みんなの注目を浴びれば済むのだろうか…。
恥ずかしい…お婿に行けない…。
「なんで君が顔隠してるのさ…恥ずかしいの私なんだけど?」
彼女が小声で耳元で囁く。
こいつには分かるまい…笑っているはずの男子の目は複数だけ笑っていないと言うことを…。
「そ、そろそろ離れてくれる?」
「あ、ごめん…」
変な空気感に耐えられなくなり、少し距離を離す。
メイドコスで抱きつくな!変なことに目覚めたらどうしてくれるんだ?
「はぁ…疲れた…」
「君が変なことしなきゃこんなに疲れてないよ…」
案の定、僕達はお似合いカップルのメイドと執事として一躍学校内で有名人になってしまった。それにこれだけ噂が広がり取り返しのつかない事態になってしまった。
終いにはクラスから「カップルで接客したら!」なんて頭の悪いことを言い出し…その後は強制的にセット販売的な感じで店のマスコットにされてしまった。
なんでそっちの方が繁盛してるんだよ…。
「とりあえず…気を取り直して文化祭回ろー!」
「ちょっと休憩させて…」
結果として僕は文化祭の間、ずっと彼女に振り回された。
アイスや焼きそば、たこ焼き等を食べ回り、お化け屋敷、そして何故かカップル限定の写真撮影を強制されたりなど散々だった。
けど、そんな中でも十分に楽しかった。
「楽しかったー!」
「まさか2日間連続で連れ回されるとは…」
2日間の文化祭が終わり、その時間の大半を彼女と過ごしていた。
結局、付き合ってる疑惑は増すばかりでもう否定するのも面倒になった。
「カップルの誤解…どうしよう…」
「時が経てば噂なんてすぐに消えるって」
しかし彼女は「うーん」と考えると僕の少し先を行き、振り返りながらこう言った。
「本当に付き合ってみる?」
「はい?」
彼女はそう言った。そして僕は思考回路をフルに巡らせて考えていた。
実際のところ、彼女に女性的な魅力を感じないと言えば嘘になる。笑顔が可愛い、性格が底なしに明るい、スタイルもいい、勉強も出来て運動も出来る。それに何より一緒にいてずっと楽しかった…けど。
「冗談はよしてくれ、どうせ付き合ってもどっちも死ぬんだから」
「そうだよねぇ…」
彼女は前を向きながらそう言った。
何故か悲しそうに見えるが、きっと勘違いだろう。
そう僕は自分自身に言い聞かせた。
そして時は流れて、すっかり季節は冬休みに突入していた。
10月、11月も彼女と今まで通りに遊んだり、紅葉を見に行ったりした。
あれ以来少しだけ縮まっていた距離が安定した。
近づきもしなければ遠くにもならない…僕は心の中でそんな状況を少し退屈に感じた。
「んー、たまには自分から誘ってみるか…」
スマホのメッセージ画面を開いて彼女を何かに誘ってみようとするもなかなかに、誘い文句が思い付かない…。
が、僕はとある事を思い出した。
「明後日クリスマスじゃん」
そう思った瞬間にメッセージを送ってみた。
「明後日クリスマスパーティーしない?」
すると、割と早い時間で返信が帰ってきた。
「おっ!いいね!👍どこでやる?」
どこって言っても…家しか無いよな。
「僕の家来る?」
「行く」
返事は秒で来た。僕が引くくらい秒で来た。
兎にも角にも、とりあえず明後日に向けて僕は少し散らかっていた部屋を片付けた。
そしてクリスマス当日。
「お邪魔します…」
「はいはい、どうぞ〜」
彼女は手に紙袋を持って家に来た。
何か買って来たのかな?
「とりあえず部屋に行こっか」
「はーい」
ちなみに父さんと母さんは、彼女を部屋に呼ぶと言ったら「そうか、父さん達はその日はどこかに行って帰らないかもしれないから…気を付けるんだぞ?」と言って昨日から行方を眩ませている。
だからそんなことする度胸は無い。
「そんなかしこまらないで、なんか両親どっか行ってて帰ってきてないから」
「そうなの?それじゃあ遊び放題だね」
そんな事を言いながら僕の部屋に案内した。
彼女はどこかソワソワしていて、落ち着かない感じだったが、ゲームを始めればものの5秒でいつもの彼女に戻った。
「あー!なんで勝てないのかなぁ…もう1回!」
「残念ながら君と僕じゃあ決定的に差があるんだよ…それを分からせてやる…」
一通りゲームで遊んで休憩していると、彼女が紙袋から何かを取り出す。
「ん?何それ」
僕が少し覗いてみると、何やら小綺麗にラッピングされた箱だった。
「メリークリスマス!はいプレゼント!」
彼女は僕にプレゼントを用意してくれていた。
僕はなんだか妙に嬉しくて、つい頬が緩んでしまった。
「ありがとう…これ開けていい?」
「うん、いいよ!」
ラッピングを丁寧に剥がすと、中には藍色のマフラーが入っていた。
どうやら彼女と考えている事は僕と一緒らしい…。
「おお!でも実は…」
僕は押し入れの中から全く同じ店で買ったピンクのマフラーを渡した。
「これって…」
「僕からもプレゼント…まさか被るなんて思ってなかったけど…」
彼女は少し嬉しそうにしてマフラーを受け取ってくれた。
「ありがとう!」
そう言ってくれる彼女の笑顔は眩しかった。
「喜んで貰えて良かった…」
お互いにプレゼントを渡しあって、晩御飯を食べて、そろそろ解散の時間になった。
「それじゃあ送ってくよ」
「え?いいよそんな…家近いし」
「まあまあ、送ってかないとさすがに…女の子は心配だよ、色々と」
そして何より、女の子を1人で返したなんて父さんと母さんが知ったら…。
悪いけど僕の命を救うと思って僕に見送らせてくれ…。
「それじゃあお言葉に甘えて」
彼女を家まで送る間は、何も喋っていなかった。
首にはお互いのクリスマスプレゼントであるマフラーを巻いて夜の暗い道を2人で歩いていた。
「ねえ、あそこの公園寄らない?」
「ん?あ、いいよ?」
彼女は小さな公園を指さした。
僕らはベンチに座り、温かい飲み物を持ちながら真っ直ぐ前を見た。
「私ここの景色好きなんだ…ここからはいつも街が全部見えて」
「そっか…」
僕達の前には電気やライトアップされた木などが映し出す綺麗な夜景が見えた。
僕達の住んでいる街はこんなにも綺麗で儚いと改めて知った。
「私さ…死ぬの怖い」
「それは僕もだよ…」
彼女の手は震えていて、いつもの明るさは消え去り、下を向いて涙を堪えていた。
「あと2ヶ月しかない…」
「そうだね…」
あと2ヶ月…もしかしたらもっと短いのかもしれない…。
「君は落ち着いてるよね…」
「そうかな…」
「まるで今日死んでもいいみたいに…」
「あながち間違いじゃ無いかも…」
僕は手に持っていた飲み物を落とし彼女の方へ倒れた…もう限界…かな。
「え…え!?どうしたの!?」
「ごめんね…もう無理みたいだ…」
歩いている途中、何とか誤魔化してはいたが、僕の身体に少しづつ目眩と重さ…そして病気をしていた部分が痛み始めた。
「え?嘘…でしょ?」
「急すぎて僕もびっくりだよ…」
僕は彼女の膝の上に倒れてしまった、せめて座りたいがそんな体力がもう無い。
「どうして…こんな事って」
「人生そんなもんさ…最後の最後ですらこんな感じだよ」
「早く…救急車!」
「もう遅いよ…」
「諦めないで!」
彼女は救急車を呼ぼうとしている…けど僕には分かる。
もう僕は死ぬんだって、もう助からないって。
「いいんだ…どうせ君もあと2ヶ月だろ?」
「…でも!」
「助かってももう何も伝えられない…だから伝えられる内に伝えたいんだ…君に」
そう言うと、彼女は目を瞑り、涙を浮かべた目尻を拭った。
「僕はね…死ぬのは怖いよ、でもね…もうこのまま死んでもいいって思えるくらい楽しかった…君と出会って半年、ずっと…」
「うん…私もだよ…」
途切れ途切れになる言葉を、溢れ出てくる感情を僕は、必死に文章にした。
「君がいなかったら、僕はずっと怯えて何もしてなかった…君が新しい世界を見せてくれたんだ…何もかも新鮮で…毎日が楽しくて」
「うん…」
僕は胸に置いてある彼女の手を力を振り絞って握った。
「でももっと大切な事に気がつけたんだ…」
「なに…?」
彼女は溢れてくる涙を必死に押さえ込んで、震えた声で僕の話を聞いてくれた。
だから最後まで伝えたい…。
「僕は毎日君のことばかり考えて、君のことばかり思ってた…多分僕は、君に恋をしていたんだと思う…でも、怖かったんだ…君と僕は終わりが見えてる…だから終わる瞬間が怖かった」
「うん…うん…」
「文化祭の時、君と付き合う?なんて言われた時、すっごく迷った…でも今なら答えれるよ…」
僕は彼女の頬に手を当てた。
彼女の頬は暖かくて、少し湿っていた。
「僕は佐倉奏さんが大好きです…」
「私も…山口直人くんが…大好きです…」
彼女の涙はとうとう抑えきれなくなり、彼女の頬を流れる。
僕も少し目尻を湿らせながら、最後まで伝えたい事を言い続ける。
「もし願いが叶うなら…もっと君と新しい世界を見たかった…君とずっと一緒にいたかった…そしてもし生まれ変わったら、もう一度やり直したい…来世でも…僕は、君を好きになる」
「うん…やり直せるよ…私達なら…」
彼女の頬を流れた涙が僕に落ちる。
彼女はとても綺麗で、抱きしめたくなるほど弱々しかった。
「そうだといいなぁ…そうだったら僕…幸せだなぁ…」
もう体力が限界だった、僕はゆっくりと目を閉じた。
僕が最後に感じたのは唇に当たる柔らかくて甘い味だった。
僕はもう目を開けることは出来ないけど、君の温もりだけは最後まで感じたよ…。
『ありがとう、そしてさよなら』
僕がそう思うと、視界が明るくなり。
僕は眩しくて、何も見えなくなった。
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