第2話 君と僕の中で

結局花火を終えて家に帰る頃には補導ギリギリの時間で家に帰った。

今日あったことを日記につけて、彼女とスマホのメッセージで今日の事を少しだけ話した。次はここに行こうと、もう次に行く場所が決められていた。


「夏祭りか…」


次は近所の神社で開催される夏祭りだった。

それに加え服装まで「浴衣」と指定してきた。

僕は押し入れの中に仕舞ってある浴衣を引っ張り出して、サイズ確認をすると少し胸の辺りが窮屈になっていた。

このセリフは女の子が言うからいいのであって男が言うとなんともガチムチ感がひしひしと伝わっている。


「お?また女の子とお出かけか?」


ノックもせずに父はズケズケと入って来たが何やらご機嫌そうなので許すことにした。


「うん、まあね」


「実は父さんの貯金がな…」


「ストーップ!」


何やら懐から手帳の様な物を取り出す前に僕は止めた。

この親父…まだ持っていやがる…だとッ!


「何故止める息子よ!」


「まだ貰った諭吉が2人余ってるから!なんなら2.6人くらい余ってるから!」


「それでホテル代は足りるのか?」


「しねえよ!」


どうしてくれようかこの変態オヤジ…普通息子に躊躇なく下ネタぶっ込むかね…。


「何があるか分からんだろ!」


「やかましいわ!」


僕は変態オヤジを外につまみ出して後はさんに任せた。

より僕の日常は騒がしく、楽しくなって行く。でも楽しくなって行くに連れて僕の心はこの日々が続かない事を悔やんでいる。


僕は臆病なんだと初めて知った。


そして夏祭りの日。僕は駆け足で神社に向かった。

汗ばみながら神社の鳥居の前に到着すると、青と白が混ざり、花の模様が美しい浴衣と髪を団子状にまとめていた彼女が待っていた。


「あ!来た!」


彼女は僕を見て人混みからでも分かりやすいほどパタパタと手を振る。

僕は彼女の元へ向かい、挨拶を交わす。

しかし彼女は僕をじっと見ていた。


「どうしたの?」


「いや、胸元開けてるからなんか…いいね!」


「胸が窮屈で…」


そう僕が言うと彼女の目が少し死んだ。

あ、やべ地雷を踏み抜いてしまった。


「と、とりあえずなんか食べようか!」


「はははそうだね」


棒読みなのがとても怖いですお嬢さん。あとあからさまに自分の胸を揉まない!

ちょっと悪いことしたなぁ、後でたこ焼きでも奢るか。


そして離れ離れになることも無く、その日は無事に解散した。

その後も僕は夏休みの間、彼女にカラオケやらボーリングやらお泊まり会やらに連れて行かれた。

僕の夏休みの記憶にあるのは彼女の綺麗な笑顔だけだった。

そして月日は流れ…蝉が鳴き止み、学校内では文化祭シーズンに流れ込んだ。


「ねぇ、文化祭の有志発表出ない?」


「何で出るの?」


「歌!」


今日も彼女は唐突に計画を話した。

最近彼女と僕はほとんど一緒にいるためかクラスメイトの視線が痛い。だがそんな中にも僕達に気軽に接してくれる人はいる。


「よっ!直人と奏ちゃん、今日はなんのデートの話?」


小学生からの親友の浜中はまなか 翔太しょうたが僕の肩に肘を乗せながら話しかけてきた。


「今度ダブルデートとか行っちゃう?」


そして彼女の親友であり、翔太の恋人である朝比奈あさひな 美来 みくさんがこのクラスで僕と彼女の秘密を知っている人だ。


「楽しそうだけど今回は違うの!有志発表の話!」


「まずはダブルデートを否定してくれるかな…僕達付き合ってもないんだから」


すると僕らの親友2人は目をパチパチとさせて「以外!」みたいな表情を浮かべていた。


「お前たちまだ付き合ってないの!?」


「早く付き合いなさいよ!」


「いやそう言う関係じゃないって前から言ってんだろ!」


「いやー、なかなかガードが固いんだよねぇ」


「君も否定をしなさい!」


正直意識していない訳ではないけど、そんな関係になるなんて考えてもいなかった。

どうせ付き合っても残り5ヶ月だし。


「それで文化祭で何で出るんだよ?って言ってもお前ら2人とも歌上手いし歌だよな」


「ちぇー、もうちょっと悩んでくれてもいいんじゃない?」


「あんた達それ以外に出来ること無いでしょ?」


確かに言われてみれば見せれるものなんて無いしな。

でもなんか悔しい。


「2人でデュエットで出ようかなって思ってる」


「いいじゃん!出なよ!」


「うん!そのつもり!」


僕はまだOKした記憶が無いんですけどその点についてはどうでしょうか。

でも僕に拒否権は無いか…。


「そうと決まればカラオケで練習しに行こー!」


もうオーディションを勝ち取った気でいる彼女に釣られて僕も本気で練習をしていた。

文化祭まで残り2週間、本気で練習をし続けた。

その甲斐あってかオーディションに合格し、僕達は無事に文化祭のステージへ立つことが出来る権利を貰った。


「やったよぉぉ!オーディション合格!」


彼女は結果を知らされるや否や、僕の所へ走って喜んでいた。その走る速度はレースカーと言っても過言では無い。

しかし嬉しいのもまた事実。人生で最後の文化祭に何か爪痕を残せるのはすごくワクワクするものがある。


「よし!このまま文化祭も一気に決めようぜ!」


僕は妙にテンションが上がってしまい、つい大声を出してしまった。

そんな僕を見て彼女は嬉しそうに「おー!」と言いながら手を振り上げた。

またそんな僕達を見てクラスのみんなはパチパチと拍手を送ってくれた。


「えへへ、ありがとうございますぅ」


彼女はペコッと頭を下げてデレデレとした顔をする。

僕は恥ずかしくなって頭を下げてすぐに座った。


そしてこの時期にもう一つだけ行事がある。それは…。


「ほらー、タイミング揃えて!」


そう体育祭だ。うちの学校は毎年体育祭から文化祭3日という地獄の日課なのである。

僕らが今何をしているかと言うと、男女混合二人三脚の練習だ。

放課後、汗水垂らしながら僕と彼女、そして親友カップルの4人でせっせと練習をしている。


「いいよぉ、歩幅合って来たね!」


「よし、この調子で今日で走れるようになりたいね」


実は僕もこの時期はワクワクして結構乗り気なのである。なんなら僕の方がノリがいいまである。


「ねえ美来、あの2人ってやっぱ遠くから見ても近くから見ても完全にカップルだよね?」


「んー、多分だけどお互い確実に気はあるよね」


「本人達は自分の気持ちに気付いてないみたいだけど」


「本当に世の中理不尽だよね、つかぬ間の儚い美しい愛情って感じかな?」


そんな会話を親友2人がしているとも知らずに僕達は声を出し合いながら二人三脚の練習をしていた。


そしてそんな中迎えた体育祭当日、僕が出る競技は100mリレー、綱引き、二人三脚、借り物競争である。

100mリレーに関してはうちのクラスは2位、綱引き1位と優秀ではあるが午後のメインイベントの男女混合二人三脚と借り物競争が決め手になる。

一つだけこの体育祭に言うとしたら…誰だよこんな青春謳歌したやつが勝つみたいなスケジュール考えたやつ。最後の最後にめっちゃ盛り上がるの持ってくるなぁ。


「よし、行くよ!」


「おう!」


二人三脚は僕らがアンカーとなった。そしてそのバトンは例の親友カップルから受け継ぐ。

親友カップルは瞬く間に3位から1位まで追い上げ、その状態で僕達にバトンが渡された。


「よし!このまま優勝するよ!」


「うん!行こう!」


バイトが渡され僕達のリレーが始まった。

わっせわっせと順調に走っていた。が途中で彼女が転んでしまい足を擦りむいてしまった。


「うっ!」


「大丈夫!?」


「うん、大丈夫…早く行こ!」


彼女は擦りむいた足で懸命に走ったが、転んだ時のタイムロスで結果は7クラス中3位と少し遅れを取ってしまった。


「ごめんね、私のせいで…」


「いいって、次で取り戻すから…それじゃあ行ってくる」


借り物競争は借りて来た物と運んだ秒数と運び方により得点化される。

そしてそんな最中僕が引いてしまったのは…。


「クラスで気になってる女子…」


パニックになってしまった。まず、僕が仲のいい女子なんて2人しかいないのに気になってるなんて書かれたら…人の彼女を連れて行く訳にもいかないので実質一択だった。


「あー!もう!仕方ないなぁ!」


僕は咄嗟にクラスの席まで行き、彼女を探した。

すると彼女は椅子に座って少し悲しそうな目で自分の傷口を見ていた。


「おーい!君!一緒に来て!」


「え?でも私走れない…」


「なら僕が運ぶから!」


「え!ちょっと!?」


僕はもうやけくそになって彼女をお姫様抱っこし、借り物競争の運営本部まで行く。

紙を見た審査員はにっこりと笑い「行ってこい!」と僕の背中を叩いた。

何やら勘違いされたが僕はそのまま走る。


「ちょっと…恥ずかしい…」


「ごめんね、運び方でも点数変わるから…」


恥ずかしさのあまり、顔を赤くして涙目になっている彼女と会場内の歓声を気にも止めず僕はゴールを目指した。

いくら女性が軽いからと言っても、お姫様抱っこで全力疾走を50mするのはさすがにキツかった。

おかしいな、筋トレの量が足りないか?


「ゴール!」


僕は次の人にバトンを渡し、彼女を下ろした。次の人は「山口やるじゃん!」と言って走り去ってしまった。

彼女の方を見ると、彼女は怒りと恥ずかしさのあまりかプルプルと震えていた。

やばい、僕余命宣告より早くこの世を旅立つかもしれない。


「もう!恥ずかしかったんだからね!」


彼女は僕の背中をペシペシと平手打ちをしてストレスをぶつける。

申し訳ないとは思っている。だが後悔はしていない。


「あはは、ごめんごめん」


「それでお題は?」


見せたくないと言っても何かしらの方法で脅されそうなので僕は抵抗せずに大人しくお題を見せた。


「実質一択だよ…」


「ふーん、へぇ〜」


彼女は何時しか見た事がある、面白い玩具を見つけた子供の様な目をしていた。

あー、どんどん彼女に逆らえなくなって行く…。


「これからも遊んで《一生こき使って》あげるね!」


あー、やばいよぉ…胃が痛い、キリキリする。僕は本当に余命宣告の日まで生きれるのだろうか…主に社会的に。


その後、うちのクラスは総合1位を取り、最優秀選手賞には何故か僕が選ばれた。

無論、男子の目線は痛かった。


「いやぁ、まさか直人が女子をお姫様抱っこする光景が見られるとは…俺、正直感動した」


「私も…奏がお姫様抱っこされるなんて…」


何やら僕が表彰されている間に親友カップルが言っていたがよく聞こえなかった。多分くだらないことだとは思う。


「さ!明日は文化祭だよ!私達の出番覚えてる?」


「うん、初っ端でしょ?」


「正解!では準備しておくように!」


彼女はビシッと敬礼をして自分の席へソサクサと戻って行った。

地味にさっきから男子が小声で「あいつやるな」とか言ってるのが聞こえていた。

やめて!恥ずかしい!


そして時は文化祭の日の朝、ベッドから降りて窓を開けると、下には彼女の姿があった。


「なにしてんの…」


彼女を見て出てきた言葉の第一声はこれだった。

いや、本当になにしてんの?バカなの?アホなの?両方なの?


「迎えに来たよぉー!」


大の字で大きく手を振っている彼女に一瞬だけ唾を吐きかけてやろうか悩んだけど、昨日の一件を握られているのを思い出して、僕は大人しく支度をして玄関から出た。


「集合時間の30分前に学校着いちゃうよ?」


「それでいいの、最後の合わせしたいし」


「あー、おっけー分かった」


どうやら本番前に練習がしたいらしい。

確かに本番前の練習は大事だ、本番中に高音出なかったら黒歴史一直線だからな!


「よし!始めようか!」


雑談をしながら学校へ向かい、教室に到着するや否や早速練習を始めた。

歌うのはとあるバンドの爽快ロックで、それを適当に割り振りしたものだ。

爽快なメロディの中に、今を必死に楽しもうとしている歌詞が書いてある。まさに僕達に相応しい歌だと思った。

それに僕達は好きなバンドと聞かれたらこの人のこの曲を出すほど好きだった。

まさか好きなバンドと好きな曲まで一緒だとは思わなかった。


「うん、いい感じだね!」


「そうだね、これで本番も行けるね!」


「頑張るぞぉー!」


彼女とハイタッチをし、僕は気合いを入れ直した。

僕は目の前で彼女の歌声を聞いている時、感動した。

彼女の歌にはそれぞれのフレーズごとに彼女の気持ちがしっかり乗っていて、綺麗な響きが耳に残る。正直プロになれるレベルだと思う。


「やっぱり私、君の歌声好きだよ」


「え?あ、うん…ありがと」


急に褒められたので少し挙動不審になってしまったが、そう言って貰えるのは嬉しい。


「君の歌声は…なんて言うかグッと来るね!」


「よくわからんわ!…でもありがと」


「えへへ、どういたしまして」


そしてついにこの瞬間が来た。

そう、発表の時間だ。


「えへへ、変な緊張してきちゃった…」


「やれる事はやった、あとはぶちかますだけだよ」


「そうだね!」


僕と彼女は拳と拳を重ねてお互いの立ち位置に移動した。

そして幕が上がった。


「私達の精一杯の歌…聞いてください」


音楽が流れ、僕達は歌い始めた。

出始めだけ少し声が震えてしまったが、すぐに立て直して声を安定させる。

1フレーズが終わると拍手と歓声が聞こえた。

僕は感動したが、次のフレーズに入る頃には歌に集中して何も聞こえずに歌い続けた。

彼女が僕の方を向くと、僕もそれに答えるように彼女の方を向く。

ラスサビになると僕と彼女は向かい合って、お互いの笑顔を見合いながら最後まで歌った。

会場内は拍手と歓声でいっぱいだった。

僕はオーディションの時より、もっと何か大きなことをやり遂げた達成感に襲われていた。なんて清々しいんだろう。


「「ありがとうございました!」」


僕達はそう言って舞台から降りた。

僕はこの思い出を人生最後の1ページに刻んだ。

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