余命宣告半年の君と僕は

Morua

第1話 半年の君と僕

「あと半年でしょう…」


高校2年の夏、そう医者から伝えられた。

けれど僕の中には何一つ後悔が無い。いや無いと言えば嘘になるかもしれない。

本当はやりたい事があったりする。でもそれは些細な事だ。

例えば肉が食いたいだとか、漫画の最新刊が読みたいだとか。そんな事は最後に望まなくても出来ることだ。

だから僕は落ち着いていた、自分で驚く程に。


「そうですか…」


母と父は後ろで泣いていてくれた。

それは嬉しかったし、僕自身も母と父のその姿に感動した。

診察室から抜けて僕は喉が乾いたので自販機のある場所に向かうと1人の少女が座り込んで泣いていた。

ここは個室みたいな空間になってるから1人で居たい時には最適の場所だったのかもしれない。

僕は少し待ってから買いに来ようと思ったが、彼女の顔を見て僕はつい話しかけてしまった。


「えーと、佐倉奏さくらかなでさんだよね?」


「君は確か同じクラスの…」


そう彼女は同じクラスの所謂いわゆる一軍女子だ。

スタイルや顔立ちも良く、成績優秀で性格も明るい人だ。僕も何度か話した事はあるがいい人ではあるんじゃないかと思っている。


山口直人やまぐちなおとだけど…どないしたの?そんなに泣いて?」


僕は何となく放っておけなかった。クラスでもポジティブな彼女が泣いているのは物珍しかったからか、それとも直感なのか。


「あはは、ちょっとね…」


「そっか、ちなみに僕は余命宣告受けた」


「えっ!そんな軽く言う!?」


確かに今のは軽すぎたかもしれない。と言うより絶対に軽かった。反省します。


「確かに、まあでも隠す必要も無いし」


「なんかびっくりし過ぎて…」


「確かに急だよね、興味無いやつに言われても困るか」


その次の瞬間、彼女がびっくりした理由に僕はもっとびっくりした。


「いや、そうじゃなくて…私も、なんだ…」


「…oh」


彼女は何処かを見つめながら言った。

同じタイミングで?何これ奇跡?こんな不謹慎な事が?

もはや運命かもしれんな。


「ねぇ、どうして君はそんなに明るいの?あと少しで死んじゃうんだよ?」


「ゆーてまだ半年ある」


「え?」


彼女の驚いた反応。しかもさっきと同じ顔。

さすがに…ねぇそんな事h…


「私も」


あった…あってしまった。

もうここまで来たら面白くなって来たよ、爆笑したくなるわ。


「ねぇ、もしかして病気まで…」


「佐倉さん…さすがに…ね?」


一緒だった。もうあれだよ…運命なのかな?これで命日まで一緒ならもうそれは来世俺達が双子で生まれてくるとかそう言う伏線なのかもしれない。

そんなことを思っていたら彼女が急に笑いだした。


「いやッ、ごめんね!なんかここまで一緒だと面白くて…っ!」


僕と思ってること一緒だぁ!

ってかこの状況なら笑うしかないか。


「それで、なんでそんなに明るいか…だっけ?」


少し落ち着いて、飲み物を買った後、隣に座ってさっきの話の続きをした。


「そう、なんでそんなに落ち着いてて、いつも通りなの?」


俺は何故こんなに落ち着いているのかと聞かれても上手く答えれなかった。

なので思いついた言葉をとにかく文章にしてみた。


「んーと、特にやりたい事が無いし…怖くない訳じゃないけど実感も無いし…」


「そっか…それじゃあついでに質問。君は最後に何がしたい?」


聞かれた質問に対する回答は何も思いつかなかった。でも僕は思いつかなかったからこそ答えれる答えがあった。

それは…。


「最後らしくない事をしたい」


「ふーん、それじゃあ私のしたい事に付き合ってよ!」


彼女はまるでお気に入りの玩具を見つけたかの様にパンパンに腫れた目をキラキラさせていた。

なんか面白いな。


「まあ、暇だしいいよ」


「やったぁ!それじゃあ明日9時に駅前集合ね!」


「どこ行くの?」


「海!」


んー、唐突!だけど結構楽しみ!

下心?そんなものあるに決まってんだろ、こちとら思春期真っ盛りの男子高校生ぞ?


「今日の内に水着買わなきゃ!」


え?おNewの水着ですか?最高ですね。


「おーい、直人!」


「あ、父さんだ。それじゃあまた明日ね」


「うんバイバイ」


そう言って彼女に手を振って両親の車に乗り込んだ。

病院からの帰り道、車の中は妙に居心地が悪かった。

なのでこう言った。


「ねぇ、父さん母さん。いつも通りってのは難しいけどさ…残りの人生、僕はずっと笑ってたい…だからさ明るくして欲しい」


酷な事をお願いしているのは分かっている。けど、僕は最後の瞬間も笑っていたいし笑っていて欲しいから。


「直人がそうして欲しいと言うなら…」


「ごめんね直人…」


父と母はそんな僕の願いを聞き入れてくれた。こんな願いを聞き入れてくれる父と母を泣かせたこの体をちょっとだけ恨んだ。

しかし僕はもう1つ、言わねばならない事がある。


「ねぇ、父さん母さん…」


「ん?どうした直人?」


「まだ何かあるの?」


「僕明日…女の子と遊んでくる」


すると父と母は目元をキリッとさせ、ガサゴソとバッグをあさり、財布を出した。


「直人…」


「頑張りなさい…」


僕は無言で諭吉を3人ほど渡された。

父と母の目は必ず成功させて来いと訴えかけていた。

明るくとは言ったけどボケろなんて一言も言ってないけど…これだからうちの家族は楽しい。

僕はそのお金を受け取り、家に着くなり祝杯をあげられた。

その祝杯は夜遅くまで続き、父は上裸に頭にハチマキを着けて酔い潰れ、母は机の上で、僕は床で爆睡していた。

あれ?余命宣告前より楽しくね?


次の日、約束の時間に駅に向かうと彼女の姿があった。

長く下ろした黒髪に白いワンピースと麦わら帽子と清楚をこれでもかと詰め込んだ服装を見て、僕は人生で初めて目潰しを食らった人の気持ちを理解した。


「お!きたきた!さぁ行こー!」


「う、うん」


僕は彼女に手を引っ張られ、そのまま電車に乗った。

海までは電車で10分程度、車内は夏休み中の平日と言うこともあって大学生や高校生のカップルが乗っていた。


「ねね、私達もああ言う風に見えるのかな?」


「状況的にもそう見えると思うけどね」


さすがに隣に座っている美少女にそんな事を言われて意識しないほど僕も鈍感じゃない。

けど、激しい顔面偏差値の差に少し泣きそうになった。


「本当は友達と言おうにも怪しい関係なのにね」


「そうだね」


なんなら寿命とか一緒過ぎて運命共同体と言っても過言では無い。

それから車内では、彼女の友達の話や家族の話をずっと聞いていた。

彼女の話し方は本当に周りの人を大切に思っている様に思えた。昨日の家族との会話、先月の友達4人で遊園地に行った話。どれもこれも彼女にとって大切な思い出の一部であるとひしひしと伝わってきた。


「あ、到着だ!」


「それじゃあ着替えたらまた集合しようか」


「うん!」


そう言うと彼女は慌ただしい駆け足で更衣室に向かった。

僕はさっさと着替えて更衣室の前で待っていた。

数分後に彼女が出てきた。


「ねぇ、どう?」


彼女はくるりと回って自分の水着姿を僕に見せた。

白く、ヒラヒラが付いた片方の肩が出ているビキニを優雅に着こなし、髪を結んでいた彼女の刺激は彼女いない歴=年齢の魔法使いである僕には刺激が強かった。


「に、似合ってると思う…」


目を合わせて言えなかった…すごく恥ずかしい。

すると彼女は僕の体をまじまじと見ていた。


「君って前から思ってたけど、結構筋肉付いてるよね」


「えーと、父が自分で武術総合道場を持って、そのおかげで変な知識と筋肉が」


父は男のロマンを追い求め、最強の男になるべく修行を積み、それを自分以外の人にも教え、人の夢を叶えようとする素晴らしい人だ。

だが修行内容は地獄だ。


「へぇ…綺麗な体だねぇ」


「ありがと…」


なんか照れくさくなって頭の後ろをポリポリといた。

彼女は僕の手を掴み、そのまま僕を海に引きずり込んだ。


「今日は遊ぼー!」


その後はイルカの浮き輪に乗ったり、水をかけあったり、バナナボートに乗ったりして少し休憩をした。


「私飲み物買ってくる!だから君は焼きそば買ってきて!」


勝手に役割を決められていた。しかし焼きそばが丁度食べたかったので快く引き受けた。

長蛇の列を灼熱の太陽の下並び、やっとの思いで焼きそばを買い終わり、借りたパラソルへ戻ると彼女がナンパをされていた。

うわー、めっちゃ鬱陶しそう…仕方ない、助けるか。


「あのー、すいません」


ナンパをしているチャラい男2人に声をかけると睨まれたが、僕の体を見るなり少しだけ遠慮気味に下がった。

すると彼女はピコーんと擬音が聞こえるくらいに「閃いた!」と言う顔をした。


「すいません、彼氏と一緒なので!」


彼女は僕の腕に抱きつき、やってやったと言わんばかりに相手を睨む。

それを見て相手は大人しく引き下がってくれた。喧嘩にならなくて良かったぁ。


「ごめんね、ナンパがしつこくて」


「まったく、綺麗なんだから気を付けてよ?」


言った瞬間、僕はとても恥ずかしい事を言っていたことに気が付いた。

さすがにキモイと思われるか?

彼女は目を大きく開けて驚いた表情をしていた。するとニヤリと笑いこう言った。


「へぇ、綺麗ねぇ…そんな風に思ってくれてたんだぁ?」


自然に出た言葉だから余計に否定出来ないしその顔ウザイです。


「え、えーと…」


「隠さなくてもいいのに!」


彼女は僕の脇腹を肘で小突いた。

痛い!今日そこ何でか知らないけど筋肉痛だから止めて!


「と、とりあえず!焼きそば食べよ!」


話を上手く逸らして、その場に座って焼きそばもモッショモッショと頬張る。

あ、めっちゃ美味い…ソースが濃くてドロっとしてて、僕の好みどストライク。


「あ!美味しい!」


「だよね!」


どうやら彼女も一緒だったらしい、その後しばらく焼きそばの会話で盛り上がった。


「あ!そうだ!この後花火しない?」


少し日が傾き始めた頃、また彼女は唐突に提案してきた。

彼女の提案はいつも唐突だが、その明るさと行動力は僕には儚く美しいものに僕は見えた。


「うん、でも両親心配しないの?」


「大丈夫!デートって言ってきたら避妊だけはしなさいって言われたから!」


「おい?」


うん全然大丈夫じゃねえな。むしろ娘に危ない大人になる橋を渡らせようとするんじゃねえよ。

こっちが困るわ!


「親にそうやって言われたけど本当にしちゃダメだよ?」


「しないよ!」


「え?してくれないの?」


彼女は少しだけ悲しそうな目をしている様に見えた。

試されているのか?ここで僕が危ない人間なのかどうかを見極めているのか!?

しかし、僕が出す答えはただ1つ…。


「残念ながら僕にはそんな度胸を持ち合わせてないんだ…」


僕は決して興味が無いとは言わなかった。

逆に聞いてやろう諸君…目の前に美少女が居て、その美少女がさっきのセリフを言ったとして興味を示さないのはホモだ。断定してやる。


「なるほど、ヘタレなんだね」


「んー、間違ってないけど肯定しづらいなぁ」


僕達は上からパーカーを着て、花火を買うために近くのコンビニまで歩く。

お腹も空いたのでついでに晩御飯も買う事にした。


「ねぇ君はさ…」


コンビニの帰り道。辺りは暗くなり、人がほぼいない中彼女は歩みを止め、くるりと振り返って問いかけてきた。


「死ぬまでの残りの人生、私と一緒でいいの?」


どうやら彼女は彼女なりに考えているらしい。

自分と同じ境遇の仲間を自分の勝手に巻き込みたくないのだろうか?私のしたい事に付き合ってなんて言ってしまった事を後悔しているのだろうか。


「んー、特にやりたい事も無いし…それに君と居た方が楽しそうだから別にいいよ」


僕は軽く彼女に返事をした。正直自分が死ぬかなんて分からないし、余命宣告を受けただけで何時何処で死ぬかも分からないし。

だから僕はいつも通りの日常を選んで、そこに彼女の存在が入って来た、それだけだ。


「君はさ…いつも通りにしたいって言ってたよね?でも君は最後なのに変わらない日常でいいの?」


彼女は真剣に悩んでいる。だから彼女の意見に僕は真っ直ぐ僕の意見を言った。


「変わらない日常なんて無いよ…その日の天気、起きた時間、それぞれ取っても毎日違う、だからいつも通り変わり続けたい。そう思ったから」


何恥ずかしい事をかしてるんだ僕は…けどこれは僕が思っていた事だ。


「変わり続ける日々が日常か…君って不思議だね」


僕に言わせてみれば彼女の方が不思議だ。

底無しの明るさ、空元気な部分もあれば、本当に心から楽しんでいる時もある。

けれどもっと不思議なのは、その些細な違いが分かってしまう僕の方かもしれない。


「そうかもね…」


そう僕が言うと、彼女は再び前を向いて歩き出した。誰もいない歩道と車道の境界ブロックの上をリズミカルに歩く。

僕はそんな彼女の斜め後ろを何も考えずに歩いた。そして無言のまま時間は流れ、ソサクサと花火の準備をした。


「今日どうする?」


彼女が何やら不思議な質問をしてきた。

今日どうする?ってなに?この後どうするかって話なのかな?


「普通に帰るよ…それ以外にある?」


「私ん家泊まる?」


「帰ります」


「わぁ、即答だぁ」


いきなり過ぎて転けそうになったわ。けど今転けたら間違いなく火傷するから絶対に転けんぞ。


「あと夏にやりたい事は、夏祭りとキャンプとかやりたいなぁ」


彼女はパチパチと燃える花火に照らされながらこの夏にやりたい事を言い出した。

色んな事をしたい、そんな彼女の話を僕はただ聞いて、財布の中身を少しだけ確認した。

なんやかんや僕は彼女と遊びに行くのを楽しみにしている。友達と遊びに行くことはあるけど、女の子となんてほとんど無かったからか、それとも思っているより最後の夏を楽しもうとしているのかもしれない。

楽しそうな彼女の話と横顔を、その記憶の片隅に置いた。


こうして僕達の最後の半年が幕を開ける。

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