やるせなき脱力神番外編 甘い破滅

伊達サクット

番外編 甘い破滅

 ファウファーレ殿は、マロッキー族とシャナロット族の生き残りを探すのに熱心であった。


 途方もない金をジャブジャブと使って探した。いや、探させたんだ。人を雇って。


 ファウファーレ殿が、俺と同じウィーナ様直属の隊やってきた頃は、一族の栄光を取り戻すという青写真があったのかもしれない。


 上司の部下の関係になってすぐのことだった。ファウファーレ殿に命を助けられたのは。


 漆黒の空を、白い翼を翻しながら優雅に駆け、悪霊を翻弄するあの姿。


 槍さばきに関しては、ワルキュリア・カンパニーウチじゃ右に出る者はいない。


 心を奪われぬ訳がない。と、いうことは、他の圧倒的多数の男もそう感じているいうことだ。


 余りにも競争率が高いであろう高嶺の花は、凡庸な冒険者崩れの俺などに見向きもしないだろう。


 そう思っていた。





 ファウファーレ殿のもとに、かつての同族の生き残りが集った。四人の男女だった。



 一人目は、ファウファーレ殿と同じ、白い翼を背中に携えた有翼種だ。ローブを纏ったその姿から見ると、魔法の使い手らしい。


 歳は俺と同じほどだろうか。随分とイケメンな顔立ちしてやがる。それにこの綺麗な翼だ。さぞかし女にモテるだろう。


 ファウファーレ殿にはこういう男が釣り合うのかもしれない。彼はレコースという名だ。




 二人目は、レコースとは正反対の印象。


 上半身が傷を多く刻む筋骨隆々の中年の男性。下半身は、太く発達した筋肉を纏った逞しい白馬の獣人タイプだ。


 その上半身から下半身までの所々を、鈍い光を放つ重量ある鎧で覆っており、巨大なハルバードと丸い盾を携えている。


 胸元まで伸びた口髭。皺の刻まれた力強い目線。一目見て歴戦の武人であることが分かった。


 彼は礼儀正しくギリアスと名乗った。この半人半馬のおっさん、見た目通りの堅物と見える。




 三人目は、白い翼を背中に携えた女性。


 剣を携え、古風な印象の女剣士だ。翼のために背中を大きく開いた民族衣装を着ている。部族伝統のものだろう。


 なるほど、この王都ではこの民族衣装は田舎者丸出しだ。ファウファーレ殿が着るはずないだろうな。


 ルックスは……言っちゃ悪いが中の下と言ったところだろうか。肉付きはいい。そこそこ強そうだ。


 彼女はルシファーレと名乗った。




 四人目は、占い師のような姿をした女性。


 妖艶な身体つきに、下半身はファウファーレ殿と同じ白馬。額にはファウファーレ殿と同じように宝石をあしらっている。部族の風習なんだろうか。


 派手で露出の高い、ハッキリ言わせてもらってエロい格好もファウファーレ殿とそっくりだ。似たタイプなのかもしれない。


 彼女はエルファーレと名乗った。




 彼らはファウファーレ殿を囲んで再開を祝っていた。彼女のことを「族長」と呼び慕っていた。


 中心にいるファウファーレ殿だけが、背中の翼と白馬の下半身の両方を持っていた。贅沢な話だ。


 ギリアスのおっさんに至っては涙まで流していた。感動の再開という奴だろうか。




 というか、俺がこの場にいるのも不思議な話だ。


 この頃、既に俺とファウファーレ殿は、世間一般的な目線で言えば明らかに男女の関係となっていた。


 俺もファウファーレ殿も決して口に出しては認めなかったが、言葉より遥かに強固な合意が形成されていた。


 だから上司と部下の関係のまま、俺はこの人を呼び捨てにもタメ口にもできなかった。


 そもそも俺がこの人と付き合うなんて、そんな分不相応なことがあっていいはずがない。


 明らかに不釣り合いであり、ファウファーレ殿に申し訳ない。


 多分ほんの気まぐれで俺に興味を示しただけなんだろうから、花の枯れる季節にはこの甘美なひと時も終わるだろう。


 それだけで十分感謝すべきであり、本気になって期待したら迷惑だ。


 そう思っていたからこそ、いつでも後戻りできるというか、関係を畳めるようにしてきた。


 だが、そう思っている内に、どんどん関係が深まっていく印象だった。




 この四人は、族長の屋敷に夜な夜な通う、マロッキーの者でもシャナロットの者でもないこの俺をどう見るか。


 ファウファーレ殿は、四人に俺を職場の部下だと言って紹介した。思いっきりファウファーレ殿の寝室で夜を明かさせてもらっているが、それをこの四人はどう思うだろうか。





「アンヴォスさん、族長は私が守ります。あなたには負けない」


 案の定レコースが俺に対してライバル宣言してきた。俺のポジションを狙ってんだろう。


 面と向かってそんなこと宣言されても、こちらとしては回答に困る。何と言えばいいのか。


 そんなこと言われて俺にどうしろと言うのか。


 そりゃあ、ファウファーレ殿が望むならこちらは身を引いてもいい。


 元々俺なんかがファウファーレ殿にいつまでも贔屓にしてもらえるとは、こっちだって思っていない。


 確かに、レコースのような同族で、白い翼を携えた凛々しい男の方がお似合いかもしれない。


 だけど、あくまで『ファウファーレ殿が望んでる』ならだ。そうじゃなきゃお前の都合よくさせたりしねーぞ。俺だってあの人の為なら何だってするつもりなんだ。


「あなたは族長の何なんですか?」


 まあ当然の質問だよな。俺の存在明らかにファウファーレ殿の『男』だもんな。


 建前は『上司と部下』なのだが。まあ、そう回答するのはいくら何でも馬鹿にしてるか。


「……口で言うのは難しいけど、アンタの想像してる通りだね」


 そう言うと、レコースはこちらをキッと睨みつけた。


「あなた、吟遊詩人ですか?」


「いや、違うが……」


 何が言いてーんだこいつ。


「あなたみたいな、笛やギターばかり興じてるチャラチャラしてる人は、あのお方に相応しくはない」


「ああー……。おたく、ケンカ売ってんだ?」


 このレコースという御仁、相当ご自分に自信がおありのようだ。あんたの場合もっと紳士的な態度取ってる方が似合ってんじゃないかと思うんだが。


 っていうか、チャラチャラしてると相応しくないって、ファウファーレ殿という人のことをまともに見てんのかこの男?


 あの人の方がよほど『性』に奔放だぞ。それも誰かに強制されてとかじゃなく、あの人の意思で。


 このカオスな冥界の王都で、あの人が自ら利用価値のある一流の男を見定め遊ぶ。男から男を、自分の力で世の中を渡り歩き、自分の価値も上げていく。


 既に放っておいてもファウファーレ殿の元に金が流れてくる仕組みが確立されている。そして、冥界民間軍事契約組織調整委員会も、彼女の意のままになりつつある。


 委員会の運営メンバー達は自分達がいいように利用されている自覚がない。


 何という美しき才覚だ。




 結局この場では収まらず、模造剣での手合わせということになったが、十戦やってこちらが八勝だった。


 俺だって「ファウファーレ殿は俺が守る」って言ったら「守ってあげるのはわ・た・し! 任務のときどんだけアンヴォスに攻撃いかないようにしてあげてると思ってる?」って返されてしまうのに。


 そんな腕で族長を守るなんて言った日にゃあの人キレるぞ。俺はファウファーレ殿の槍と立ち合ったら、自分の剣の未熟さに嫌気がさした。


「私は剣と魔法の併用がメインスタイルなんだ。後日、魔法ありでやろう」


 レコースの奴、こんなことを言いだしやがった。


「……いいぜ」


 だったらそれでいいが、そっちが得意だったら最初っから魔法ありでやれ。面倒だろ。




 結局、魔法ありでやったらこっちがパーフェクト勝ちしてしまった。いや、俺も魔法使えるからね。


 まあ、こいつの腕はかなりのもんだ。強い。いい筋持ってる。でも、俺だって伊達にウィーナ様からストテラ7号を賜ってるわけじゃない。


 ウチの組織の水準が高いんだろうな。ウチの中じゃあ俺の腕だって格別目立つもんでもない。


 もしこのレコースが、同じ中核従者のフリッジやディクフォール辺りと剣でやりあったら、多分十戦やって一勝もできないだろう。


 しかもあの野蛮は馬鹿共は、こちらが口を酸っぱくして練習試合だっつってんのに、骨を折ったり、平気で練習相手の体を壊しにかかってくる。それで勝手に職場に敵を作って孤立する。


 俺だってあんな血の気しかないような連中と立ち合いたくない。ただ、フリッジにしてもディクフォールにしても、剣だけは強い。ホント強い。このお上品な兄ちゃんをあの連中と戦わせたらどうなるか面白そうだ。


 何にせよ、俺如きに敵わないようじゃファウファーレ殿を守るなんてとても言えないだろう。


「……分かった。私はまだ未熟。なお一層精進するとしよう。ただし、まだ諦めたわけじゃないからな!」


「お、おう」


 レコースは酷くショックを受けたようだったが、勝手に納得した。


 そして、ファウファーレ殿に「自分は未熟だから修業の旅に出る」と申し出て、彼女のもとを離れていった。


 要は、自ら疎遠になった。


 ファウファーレ殿と男女の関係になれないとしても、本気で彼女を慕ってるんなら、普通に族長として接し、ファウファーレ殿の力になればいいのに、そういう感情の割り切りはできないらしい。


 つまり、アイドルに男がいると分かったらファンを辞めるのと同じ図式だ。


 別に旅に出なくたって腕なんかどこだって磨けるじゃねーか。『男女の関係になれる』という期待値がなければ、ファウファーレ殿の為に自分の人生の労力を割くのが嫌だってことじゃねーか。


 まあ、そういう関係を享受している俺がレコースを批判する資格はないんだが。





「……レコースって、結局私狙いだったわね」


 ファウファーレ殿が前脚を折り畳み、その美しい毛並みの膝枕に頬を埋めていると、彼女はそう言った。


「よかったんですか?」


 せっかく人を雇って方々探し回らせて見つけた部族の数少ない生き残りなのに。


「あなたがいるからいいわ」


 言いながら、ファウファーレ殿は俺の青い髪を優しく撫でた。そして、頭を下げて、寝そべる俺の横顔を穴が開くくらいに見つめてきた。


 高く結い上げられた金髪が俺の首筋をくすぐる。静寂の中に聞こえる彼女の呼吸音。


 いい時間だ。


 レコースには悪いが。


 仰向けになり、見下ろすファウファーレ殿を見上げる。化粧を落としているがすっぴんもとても美しい。


 ファウファーレ殿の化粧は厚い。ハッキリ言ってケバい。まつ毛もアイメイクも口紅も。


 何でこれほどベースの顔がいいのにあんなケバいメイクしちゃうんだろーな。


 そんなことを思いながら、ファウファーレ殿の白銀の体毛を撫で、フカフカの毛並に唇を滑らせる。


 ファウファーレ殿から「あん」と嬌声が漏れた――。 





 レコースが去ってしばらくした後、ギリアスのおっさんがファウファーレ殿の下を離れていった。


 おっさん曰く「今のファウファーレ殿を見て失望した」とのことだ。確かに。気持ちは分かる。


 オッカー・ネ・モッチーノ爆爵、バライア伯爵、パトリック、ベンドル、リュアス――。


 一体何人の男と交わってるんだという話だ。正直、色情狂と受け取られても仕方ないだろう。


 部族が悪霊に襲われ、ようやく再会できた族長がこれ程までに堕ちるところまで堕ちてたら(いや、影響力のある男達を籠絡して、寧ろ財を蓄え地位を上げているんだが)、さぞかしショックだろーな。


 しかし、このおっさんは掛け値無し真面目でいい人だったのに惜しい。一廉の武人だ。腕の方も俺やレコースなんかより数段上だった。ウィーナ様がほしがりそうな人材だった。


 ギリアスのおっさんが去っていくらもしない内に、ルシファーレも去っていった。


 詳しいことは分からないが、いつの間にか屋敷に顔を出さなくなっていた。


 最後に残ったエルファーレは、その後もファウファーレ殿に仕えていたが、ある日、屋敷の金をごっそり持って行方をくらましやがった。


 ファウファーレ殿を悲しませるなんてとんでもないクソ女だ!


 俺は官憲に通報するよう何度もファウファーレ殿を説得したが、この人にその気はなかった。


 その夜も、ファウファーレ殿の命で、屋敷で朝までお供をすることとなった。


 爽やかなのか甘いのか、夢の心地に誘うような香が炊かれた寝室。そして屋根とヴェールがついた、絢爛な装飾を施してある大きな正方形のベッドの上。


 ゆったりと寝そべるファウファーレ殿の下半身に寄りかかり、気持ちよい白銀の毛並の感触を青い鱗で受けながら、俺は笛を吹いていた。


 ファウファーレ殿の歌声から教え込まれた、シャナロット族に伝わる曲だ。ファウファーレ殿は幼い頃から死んだ母親に聞かされていたこの曲を、俺が吹けるように教え込んだ。


「また、私とあなただけになったわね……」


 美しい歌声が途切れ、ファウファーレ殿はそう言った。


 見ると、枕を涙で濡らしていた。


 ファウファーレ殿は強い女性だ。強いが、こういうことがあると俺の前ではよく泣く。そして、泣いてすぐ立ち直る。泣く程に強くなる。


 そんなときファウファーレ殿は俺の笛を聴きたがる。反対に、気分がノッているときはギターを聴きたがる。


「時間が経つと、そんなもんですかね……」


 気休めの言葉しかかけられない。


「もう、弱い部族なんてどうでもいいわ。アンヴォス、私は全てを手に入れてみせる」


「全て?」


「そう。全て、何もかも」


「はい」


 この人は何をするつもりなのだろう。心の中をのぞいてみたいが、私利私欲で能力を使うのは控えておきたい。


「そのときは、ワルキュリア・カンパニーなんて辞めて、私個人に仕えなさいよ」


「う~ん……」


 俺はうなった。俺も紆余曲折あってウィーナ様直属の部隊にいる。ちょっと普通では手に入らない剣まで賜った。しかもウィーナ様が自らの手で彫られた紋章が鞘には刻まれている。


 簡単に組織を辞めていいものだろうか?


「私とウィーナ様、忠誠を尽くすとしたらどっち?」


「ファウファーレ殿」


「そうよね」


 しばらくの沈黙の後、ファウファーレ殿が言葉を続ける。


「見ててね、アンヴォス。もうすぐ、凄く面白いことになるから。側で見ててね。私の側で……」


 ファウファーレ殿は俺の耳元でそう、囁いた。


「分かりました。必ず見届けます」


 そして、俺はファウファーレ殿の翼に抱かれ夢を見た。同じ翼に金を持った貴族の男達が手を伸ばし群がる夢を。バライアだかベントルだか、名前なんてどうでもいい。


 ファウファーレ殿は恍惚の表情でそいつらに喜んで股を開く。いや、本当に喜んでるんだろうか? もしかしてその下卑た男共の中に、俺も混ざってやいないだろうか?


 ファウファーレ殿は泣き過ぎた結果強くなり過ぎたんだろうか? もうちょっと弱い方が幸せなんじゃないのか?


 せっかく俺とファウファーレ殿の二人で、夢のような現実を貪り合ってまどろんだっていうのに、まるで現実のような嫌な夢だった。


 まあ、どうでもいいや。


 偽りでも誠でも夢は夢。どちらも醒めることに変わりはない。


 心地よい夢が終わるとき、上司は破滅し部下も破滅するんだろう。何となく勘でそう思えた。


 部下として、願わくば共に滅べればいいのだが。


 そうでなくっちゃファウファーレ殿も寂しいだろう。まあ、迷惑じゃなけりゃあ。


 またこの前の任務のように、ファウファーレ殿に乗って、悪霊相手に空を舞って戦いたいな。





「……アンヴォス、あなたって、私を不快にさせない天才ね」


「ありがとうございます」



<終> 

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