第七話 役割分担(五)

 その日曜日、真宮子は美里の後をつけた。人ならぬ身、周囲の人間の精神に干渉し、姿を人の認識外におくことなど簡単だ。走る車を追いかけても、人はせいぜい風が吹いたかに感じるくらいだ。


 幸利がパーソナルジムに出かけた後、美里はすぐに車を出した。ゼロ歳児、一歳児、二歳児、三歳児、四歳児を、慣れた調子でそれぞれ別のところに預けていく。ママ友に預ける子もあれば、ベビーシッターに預ける子もあった。そして、美里は一人になって、幸利が突き止めたネットカフェに車を停めた。


 美里は車から降りると真っすぐにネットカフェの入口へと向かった。そのすぐ後ろに姿をあらわした真宮子は、美里を追ってスーツ姿でネットカフェのドアをくぐった。そして大胆にもそのすぐ後に並んだ。


 長身の姿が後ろから近付けば、影の動きで人は気づく。美里は自分の後ろにぴったりと並ぶモデルのような女性に気づき驚いた。真宮子はそんな美里にニッコリと微笑んだ。美里は怪訝そうにしながらも軽く会釈した。


 幸利がチラシを家に置きっぱなしにしていない限り、美里は真宮子の顔を知らないはずだし、幸利がそんなミスをするはずがなかった。もちろん真宮子がチラシを渡したのは幸利だけではないが、万が一、真宮子のチラシを見たことがあったとしても、こんなに堂々とされれば自分が調査対象だとは思わないだろう。その気になれば完全に姿を隠せる真宮子がわざわざ美里に顔を見せたのには理由があった。


 美里がチェックインしたあと、真宮子は本当には存在しない運転免許証で会員証をつくった。店員が本物だと思えば問題はないし、偽物を本物だと思わせることくらい真宮子には造作もない。日曜日にスーツ姿でも、店員に不審がる様子はない。もっともそれは真宮子の能力とは何の関係もない。ネットカフェにはいろいろな客が来るものだ。


 真宮子がチェックインを済ませたときには、美里はすでに個室へと消えていた。


 真宮子は、カウンターのそばのドリンクコーナーをゆっくりと眺めた。美里が来るのを待つためだ。


 しばらくして、美里がやってきた。手には雑誌を何冊か抱えている。目当ての記事はチェックし終わったのだろう。


「あのー、すみません」


 真宮子は美里に声をかけた。


「これって、どうやって使うんですか?」


 そう言って、真宮子はドリンクコーナーにあるマシンを指さした。


「え……? このボタンを押せばいいんですけど」


 美里は戸惑いながらも親切に教えてくれた。店員に聞けばいい、などとは言わなかった。


 真宮子はにっこり微笑むと、そのボタンを押した。カップは注ぎ口に置かれていなかったので、コーヒーの原液は下の受け皿に流れ落ちた。その様子を呆気にとられて見ている美里に、真宮子は小さな封筒を押し付けた。


「親切なあなたにプレゼントです! ささやかなお礼なのでぜひ受け取ってください!」

「え?」

「この封筒、何ですか」

「今、開けてみてくださってもかまいません。別にヘンなものじゃありませんから」


 美里が気味悪がりながら封筒を開けてみると、中には写真が数枚とメモ。


 美里は写真を黙って見つめた。その顔は怒りに打ち震えるような表情ではない。美里のその顔には次第に笑みが浮かんだ。


 それは、幸利が女とホテルに入っていくところの写真だった。その女の氏名や住所、職場や行動記録の記載されたメモ書きも入っていた。女は幸利の通うパーソナルジムのトレーナーだった。

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