第二話 血だらけメイド、動画配信者になる

「で、結局、おまえはどうするんだ? この街での仕事」


 少年は学生カバンのなかの教科書や連絡帳を取り出しながら億劫そうに聞いた。夜明けは近いとはいえ外はまだまだ暗い。


 血だらけメイドは事務机の脇にあるロッカーを開けた。中には女物のスーツが何着か入っていた。


「そうですねえ」


 血だらけメイドは手を頬に当て血が手の甲を伝うのをそのままに、ふう、とため息をついた。


「わたしも学校に行くというのはどうですか」


 しばし、二人の間に沈黙の時間が流れた。


「同じ学校じゃなきゃかまわないぞ」


 メイドは少年を横目でにらんだ。


「いじわる、ですわ」


 それは妖艶な微笑みを伴っていたが、少年はいまいましそうに手を振った。


「その身体で中学生は無理だろ」

「そのままお返しいたしますわ。ご主人様はせいぜい小学校高学年にしか見えません」


 血だらけメイドは血だらけの手でスーツを物色した。血が濃紺のスーツに黒い染みをつくるが、どうしたわけかすぐに消えてしまう。それからメイドは、ふぅ、とため息をついてから言った。


「もちろん教師として行くのです」

「だとしても効率はよくないな。わしが学校に行くのは、おまえの好む苦痛に満ちていそうな場所が学校だからだ。わしのこの見た目で行ってもおかしくないところだろ。だから、おまえはおまえの見た目で出入りできる苦痛に満ちた場所に行くべきだ」


 血だらけメイドは少年を振り返って、懇願するような眼差しを向けた。


「そんな、ご主人様、わたしはご主人様といつも一緒にいたいのです」


 少年は、やれやれといったていで手を振った。


「わしの苦痛と、だろ」

「あらあら、そんな。否定はしませんが、あまり嫌がられても面白くないのは確かですね。では、どうしましょう」


 メイドは指を顎に当てて首をかしげた。少年は窓のブラインドの隙間から外を覗いた。遠くに、明け方もそろそろだというのにネオンと思しき灯りが見えた。


「そうだな、その見た目を活かすことのできるブラックな職場なんてどうだ。この近くの歓楽街にいくらでもありそうだぞ」

「肉体的な苦痛は好みではありません」


 メイドは指を顎からどけた。指紋の形をした血の痕がいっしゅん残ったが、すぐに吸い込まれるように消えた。だが、胸の前で組まれた腕からは血が滴り落ちていた。それもやはり床に吸い込まれ消える。


「そんなナリでよく言うな」


 少年は血だらけメイドの身体を一瞥して呆れ果てた。


「ご主人様がわたしの傷つけられた姿を見て感じる精神的な苦痛は、わたしの朝ごはんです」


 メイドは手を胸に当て深々とお辞儀した。


「よく飽きないものだ」

「わたしも、ご主人様がよく飽きずにいつも苦痛を感じておられると感心しておりますわ」


 少年はため息をついた。こんなやりとりをこれまで何度したか知れない。


「で、どうするのだ? 実際、歓楽街には肉体的な苦痛だけでなく精神的な苦痛にも満ち溢れていると思うが」

「それも否定しませんが、ご主人様、わたしは美食家です。わかりやすい苦痛は朝ごはんで十分なのです」

「わかりやすくて悪かったな」


 そのとき、パソコンのモニターに動くものが映った。


「ご主人様、それは?」

「これは無料動画配信サイトだ。おまえはインターネットは知っておるのに動画配信サイトは知らんのか」

「インターネットってテレビも見れるんですねぇ」

「……ずいぶん偏った知識だな。出会い系アプリしか使ってないのか」

「出会い系アプリ? いったいなんでしょう、それは。なるほど、これがネットテレビ」

「ネットテレビ」

「しばらく見ない間に人間の技術は凄く進歩したのですね。人間の力だけとは思えないくらいです」


 モニターには、うぇーい、これから超危険な心霊スポットに突撃するぞー、みたいなことを言いながら何人かの青年が暗闇の廃墟に入ろうとしていた。


「この方たちは、何の仕事をしているのですか? 怨霊狩人ゴーストバスター? ここにいるゴーストなら結構いい報酬額になりそうですね」


 メイドの姿をした悪魔にはその廃墟に巣食う魂を餌とするゴーストがはっきりと見えていた。もちろん、悪魔の主人である少年の姿をした魔法使いにもそれは見えていた。


「ところが、彼らの仕事はゴーストハントではないのだな。この動画に同時に掲載される広告依頼者から閲覧数に応じて金が入る仕組みだ」


 魔法使いの少年の目には、赤く発光した巨大な髑髏が廃墟に侵入した青年たちを飲み込む光景が見えていた。青年たちは何も気づかない様子で、壁に落書きをし始めた。


「なるほど、この動画はこれから凄惨な死を迎える彼らの姿を娯楽として見せてお金を稼ぐのですね」

「いや、ふつうはそこまで映さん。っつか、誰が収録するんだ。一般人には廃墟にイタズラしてるだけにしか見えん動画だ。わしもどこが面白いのかよくわからんが、とにかく流行っておる」

「怨霊に食われるだけの動画だとしても最期まで映らないのでは、中途半端すぎて少しも食指が動きませんけど。なんかこう、ぐっと人間らしいところを見せてほしいですわね」


 そう言うと、メイドはしばらく画面に見入った。モニターには、生気を食らって常人には正視できない禍々しい姿になった髑髏が嗤っていた。


「地味、ですわね」

「まあ、そう言うな。これでも人気配信者だ。命をかけるほどの動画には見えんがな」


 メイドは覗き込んでいたモニターから急に顔を上げると、メガネに手を当てた。


「ご主人様、思いつきました」

「なんだ、ゴーストバスターでもやるか?」


 少年は、やれやれ、といった調子で手を振った。メイドの顔は真剣だ。


「いえ。わたし、動画配信者、やります」

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