いつか必ず終わりは来る。

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「終わりって、いつか訪れてくるものだと思ってた。じっと待っていれば、向こうからやってくるって。今までずっと待っていたけど、気配だって感じられないまま。もしかしておとぎ話だったのかな」

「おとぎ話も何も、あなた何にも始めていないじゃない! いつの間にか終わるなら、いつの間にか始まっているもの。窓から外を眺めていたって何にも始まらないでしょう。それで終わるのは今日だけ。何か始めてみない?」

「何かって……何するつもりなの」

「分からないけど、例えば冒険に出るとか」

「そんな、危ないよ」

「じっと同じ場所にいるよりは、マシだと思わない? だってあなた何言っても嫌だって言うじゃない。今から準備して、明日にでも出発しましょ。ほら、手伝って」

「分かったよ。どうせ言っても止めないんだろ」

「もちろん!」

「……」

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 来るならさっさと来てほしい。どの道来るのだから、出来る限り早く訪れてほしいものだ。選考結果の話だ。僕はどこにも辿り着きたくはなかったが、夢追い人はどうにも僕をどこかに行かせたがるらしい。夢を追うに相応しい人などいない。夢なら、誰でも追えるはずなのだ。どうして僕なのだろうか。どうして、僕の方に道を進ませたがる。そう思う割には淡々と、応募は進んでいった。

 もちろん、一次選考で落ちていた。わざわざ話題にもしたくなかった。しかし伝えなければならないとも思っていた。誰にも伝える相手などいなかった。だからこうして、連ねている訳だろう。全く無意味だ。こんな事をしている暇があったら、一つでも多くの作品を完成させるべきなのだ……。

 悔しさはなかった。ただただ無感情だった。始めてすぐに終わった。そんな気さえした。掴もうと手を伸ばして、その直後には腕を引っ込めているかのようだ。だから何も掴めていない筈だ。分かり切っていた。始めから何もかも予期していた。だから悔しさはなかった。無感情だった。そうだ、そうだろう。ならどうしてこんなにも、ありもしない結果に怯えていたのだろうか。

 新しい物語に着手していた。次の日の事だ。あんな感慨かんがいの無い日などとうに過ぎてしまった。飯の味も、まず何を食べたかも覚えていない。どうでも良かった。僕にはやらなければならない事があった。書く事だ。ひたすらに書き続ける事だ。悔しさはなかった。ただただ無感情だった。あの日はそうだ。今はそうではない。今はただただ苛立いらだちだけだ。何も理解されなかった。価値があると認められるだけのものは僕の提出物の中にはなかったと、お墨付きを貰ったようなものだろう。そこまで言われていた。そう考えていた。布団の中、僕は虚しさの中から勢いよく上昇してくる憤怒ふんぬを感じていたのだ。くそ、くそ、くそ!!

 夢追い人も、そのひりついた空気を感じてか、めっきり話しかけてこなくなった。僕の方から話しかける事はほとんどないので、この部屋からは急激に人気ひとけが失われていた。そんなものは、いつでも取り返せる。それよりも、どうにかしてこの苛立ちを解消してやらねばならない。屈辱くつじょく徒労とろう唾棄だきするが如き評価。全く誰にも相応しい対応ではない。それを僕に押し付けてくれたという訳だ。これで苛立ちを感じずにいられるものなら、それは全く無感情だったという事だ。そんな人間がいてたまるものか。どうにかして、もう一度あの場に立たなければならない。そうやって始めたのなら、いつか必ず終わりは来る。来なければならない。僕は今から、そこに辿り着こうとしているというのに!


 もう一度、あの場所に辿り着いて、何かの間違いで称賛される事があったなら、そこで拍手しているお偉いさんに向かっていって、平手打ちでもしてやろうじゃないか。全くふざけた対応をしてくれたものだ。ふざけていなかったら、許している訳ではないが。これは全く私怨しえんだった。本来、誰に対する怒りでもないのだ。自分の不甲斐なさだった。それをこうして具体的な怒りに仕立て上げているだけなのだ。よくよく考えなくとも分かる話だ。誰も、僕の事など知らないだけだ。それだけだ。どうにも寂しくなってきた。ああ辛い。ああ悲しい。こんな子供染みた考えに振り回される生活など、ろくなものではない。僕はそれでも幸福を感じていた。それもどうも、貧しい考えのように思えてきた。ああ嫌だ。ああ辛い。ああ悲しい。表面的な感情ばかりだった。誰であっても心を剥けば表出するような、陳腐ちんぷな感情ばかりだった。こんなものでは誰の心も動かせないだろうと、僕は分かっていた。分かっていた筈だ。なのにどうして……。

 ここで、昼寝から目覚めた事になってくれたらと、何度も思った。思う度に、現実は苛立ちをつのらせようと躍起やっきになってかかってくるのだ。しかし元々嫌だったので、加えて嫌には思わなかった。それよりも終わりだ。終わりに辿り着かなくてはならない。しかしどうにも変だ。こんなつもりではなかった。しかし、焚きつけられた気持ちはしなかった。故にその事へのいきどおりも、感謝もなかった。ただ書き連ねていた。そうしていれば、いずれ報われると思っていた。

 どうやら図らずも、一人暮らしの頃にさかのぼっているのだ。傍から見ていればお笑いだろう。結局僕は、作家志望の馬鹿野郎に過ぎないのだ。たったそれだけの事なのだ。それだけの為に、何万字も費やしているなどというのはお笑いではないか。何万字などという、そんなに縮こまった人生を見られて、笑われず、ただ慰められたら、いよいよ僕は不甲斐なさに殺されてしまうだろう。僕にとって死は、受動的な概念だった。自分からそれを掴み取ろうとする事は決してないだろうと思っていた。そして今も、そんな事はあり得ないと、そう思い込んでいる。誰もそんな保証などしなかった。する筈もない。そもそもどこにいるのか、誰なのか、何一つ知られていない存在に、誰が気を揉んでやれるものだろうか……。

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