もし、全てが夢だったとしたら。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「夢だったらいいのにね。なんて、そんな事を言っているのは現実の人だけでしょ。そんなありもしない事を考えていられるのは、確かな所に存在しているからじゃない?」
「それだけで現実かどうか定まってくれるなら、望むだけで地球が滅亡していなくちゃおかしいよ。現実かどうかなんて、誰にも分かりはしないさ。みんな、信じているだけだ」
「そうかもしれないけど……でも、やっぱりわたしは信じられない。現実がここに定まったなら、そうじゃない所は全て幻なのに」
「だから、きっとみんなそう思っているってことだよ」
「どうして?」
「考えてみなよ。自分を幻に仕立て上げてまで、他者を現実に存在させようとするお人好しなんてどこにいる? そんなのは余程の酔狂か、そうでなかったら、ただの考えなしだろう」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ここのところ、伝えようとばかり思っていた。他者と交信を図らなければならないと思っていた。行動は欠けて、現実は覆いかぶさってくるばかりだ。布団の影と、区別はつけられないでいた。
相変わらず、朝ごはん係だった。もう、初めのころの喜びはなかった。絶えず焦燥感があった。僕はあの日の恐れを取り戻してしまっていた。このまま世間の端で消え失せてしまうだけなのではないか。僕はここにいて、他のどこにもいない。他のどの可能性も、今顕現しているものと比べれば幻と変わらない。今ここにいるだけの僕が現実なのだ。そう、信じているだけだというのに。
最近になって、やっと見せられるようなものを一つ、拵えるに至った。また夢追い人に見せていた。またうんうん唸っていた。冗談のつもりなら、早くそう言ってほしいものだ。作家になるべきだの、作品が面白いだの、言うだけ言って放っておくなら、最初から何も言わないでくれればよかった。こんなにも苦しんでいるというのに。こんなにも苦しんでいるというのに! 自分の足は、とうとう床に引っ付いて離れなくなったようだ。
ここには昼の時間を書いていないから、昼は消え去ったかと勘違いされるかもしれないが、もちろん昼も生きている。生きているはずである。死んでしまっているかもしれない。それならちゃんと死んでいてほしいものだ。どうして死んでしまっているというのに、生きているのと全く変わらないような日々を過ごさなければならないのか。そういう刑罰なのか? 随分と遠まわしだ。現世というものは、そんなに嫌なものではないだろう。好むようなものでもないかもしれないが、そんな事を言えば、世の中の大半は好かれる事もなければ知られる事もない。消え去るのみだ。
そうやって消え去るとしても、あるいは始めから何も現実ではなかったとしても、何か確かな答えを一つ、寄越してほしいものだ。どうなっても構いはしないが、どうなろうとも、それに足る理由は欲しい。納得するかどうか、そんな事も関係はない。ただ理由が欲しいのだ。理由が存在できるだけの空間であってほしいのだ。それくらいは、現実であってほしいのだ。こんな世間の端っこの二人ぼっちにも、現実という場所を生きられるのだと、そう胸を張って、消えていきたいのだ。
消える為には、消える分は残っていなければならない。だからこうしてここにいるのだ。早く消えてしまいたかった。しかしそれはいつも今ではなかった。だから僕は死なずに済ませてきた。その事を思い返す度に、後悔している。そんな頼りないものを抱え込んでおきたいばかりに、今を生きている。そんなのを、生きていると宣言するのは恥ずかしい事だ。だから言わない。人には言わない。そうやって文章にしているのだから、きっと気が狂っているのだろうと思った。人に伝えようとしている癖に、いざ伝えようと思ったら拒むのだ。望んでなどいないと嘘まで吐くのだ。そんな事をしているだけなら、いくらどう生きていてもしかたないじゃないか。
もし、全てが夢だったとしたら。そう考える事もある。沢山ある。そう考えていられる限りは、やはり現実に生きているという確信もあった。何の慰めにもなりはしない。だから何だというのだ。金銭は得なければならない。腹が減れば食べなければならない。眠気には幾ら勝負を挑んでも勝ち目はない。どうにも縛られてばかりいる。生きているというよりは、どうにかして死から遠ざけようとされているかのようだ。生きているのは自分でも、それを望むのは、そのように現実を変えようとするのは、いつも自分ではないと思っていた。だから現実ではないと思っていた。他に現実に足る空間が用意されているのだと思っていた。そしてそれこそがこの二人部屋なのだとしたら、何の救いもありはしない。
「お、今日も進んでいるみたいだな。大丈夫か? 少しくらい休んだって、ケチをつける奴なんてどこにもいやしない」
「それはそうだろうさ。誰も僕に気づいてなんかいない」
「そうやって思い詰めるのもだ。思い詰めたって、誰も何も気づいちゃくれないだろう」
「それもそうだろうな。だけど、誰も代わりに思い詰めてくれる訳じゃないからな」
「じゃあ、自分がその代わりになるのはおかしいじゃないか」
「自分は自分の代わりにはなれないよ。もう自分はここにいて、他の誰でもない。朝ごはんを食べる自分は三時間前にいたかもしれないが、それもやはり自分である事に何の代わりもないだろう。そうやって、思い詰める自分はここにいるし、それは絶えず存在し続けるんだ」
「誤魔化そうったって無駄だよ。昼寝でもしようじゃないか。土曜の昼なんて、寝ているくらいが丁度いい」
「……一人で勝手にしててくれ。こっちは何かしている方が丁度いいんだ」
「そうかいそうかい、分かったよ。それだけ努力しているなら、いつか開く花もあるだろうさ」
布団は敷かずに、そのまま床に寝そべっていた。あれでよく眠れるものだ。しかし、そうやって気楽に振る舞う夢追い人の方も、悩みの種と無縁とは思えない。ああは言いながらも、不安は抱えているのだろう。どうにも、正直に打ち明けられないのは、彼の方も同じらしい。どうして僕をここに呼んだのか、その理由が少しは分かったような気がした。いや、それくらいでさえも判然としていないのが現実なのだ。そうやって現実を固定しようとするなら、人の数だけ現実というものは存在してしまえるのだろう。昼寝をしようと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます