例えば。

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「僕はやっぱり、魔王と友達になりたい。世界を平和にするには、それしかないんだ」

「……あなた、本気?」

「もちろん。他の誰にも、任せられない事だから」

「私だってそれくらいの事はできるよ。私だって……あなたみたいに自己犠牲の精神を発揮できる。でも、あなたにはそんな事してほしくないの」

「じゃあ、世界は滅びるだけ」

「そんな……そんな事ない。きっと他に方法はある。だって、魔王を倒してしまえば……世界は滅びないもの」

「でもそれは僕の望む事じゃない。それに、きっと、そんな事はできないから」


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 何か、書いているつもりだ。物語の中に自分の弱さを散りばめて、それっぽい言葉を並べているのだ。何も解決できていなかった。孤独にも似た寂寥せきりょうから逃れただけだ。それもいつまで続くのか、僕には分からなかった。

 いつからか、自炊を始めていた。僕からの提案だった。いつまでもスーパーの半額弁当で済ませてはいられないと、自戒でもあった。最初のうちは、半額弁当の方がマシな食生活だった。明らかに量が多いスクランブルエッグと、水の量を間違えた白米……そして焦げたウインナー。食べるというよりも、飲み込んでいた。しかし、朝だけでもその生活を続けていると、少しずつ様になるようで……今では毎日の朝食が楽しみにまでなった。内容はほとんど変わっていない。ただ、美味しそうになった。それだけだ。それだけでも、成長があった。生活の変化があった。今まで、どうやって生きてきたのだろうか。

 側にはいつも、親がいた。大学に入る前の話だ。正直、おんぶにだっこで、恥ずかしくて話題にはしたくない。だが、ここにその羞恥を記述しておく。そうすることで、この話題を不意に放つ可能性を減らそうと画策しているのだ。既に伝えておけば、何度も話題とする必要はない。その為の一度目をここに済ませておこうと……もういい、伝えるべきだろう。

 朝起きる時も、母親に起こされていた。高校を卒業するまで常にそうだ。食事の準備など、一度も手伝ったことはない。代わりに皿を出すくらいなものだ。風呂掃除も、頼まれなければする気にもならなかった。ごみ捨てもそうだ。部屋の掃除もそうだ。僕は、自分一人で生きていけるとは欠片も考えてはいなかった。輝かしいキャンパスライフというのも、僕にとっては家から放り出された結果に他ならない。子供の頃に、誇らしいと思えるような経験は、何一つとしてなかった。今もない。まだ子供なのかもしれない。そうなら、そうであってほしいものだ。僕はとしての姿を求められている。そんなものに、なりたくはなかった。きっとなれないだろうと思っていた。

 例えば、魔王を倒して、世の中が平和になってくれるのなら、そんなに楽な事はない。それなら、仮に魔王を倒せなかったとしても……十分ではなかったとしても、その為の努力をしたとして納得できる。そうして死んでいけるだろう。僕には目的意識が欠けていた。ただ生きて、死んでいきたかった。作家志望だが、作家にはなりたくなかった。ささやかな幸せが欲しかった。微かな喜びに包まれて、穏やかに死を迎えたかった。そして僕には、そのうちの一つも、達成できないだろう。僕にはその為の行動が欠けているのだ。それだけだ。そのような停滞が今も残っていた。過去から連なって、今も僕に引っ付いていた。今ではもう、素肌のようだ。

 僕は今日も書いていた。何を書いていただろうか。そんな事は、どうでもよかった。今日も話しかけられていた。もちろん、そんなのは夢追い人だけだ。

「なあ、例えば……このままの日々を続けていくとして、いつまで続いていくと思う?」

「正直、もうとっくに終わっていると思っていた。どっちかが先に嫌になるだろうと思っていた。なのにお前は炊飯器を買ってきて、冷蔵庫も使うようになって、いよいよ僕をこの家に縛り付けるつもりなんだと、やっと気づいたよ」

「遅かったな。誘いを断れば、こんな事にはならなかっただろうさ」

「全くだよ。どうしてこんな事しているんだ?」

「生きる為だろ。生きるんだろ。生きて、作家になるんだ」

「別に死んでもいいよ」

「でも、それじゃあ作家にはなれない」

「じゃあ、作家になりたくないって言ったら?」

「いや、お前はなる」

「どうして?」

「作家になりたくないのなら、就職活動の一つでもしてみせるからだ」

「それなら異議がある。僕はまだ大学三年生だ」

「だったら尚更、こんな所でじっとしてられないだろう。言動と行動が矛盾しているぞ」

 図星だった。僕はもう何も言わなかった。またノートパソコンに向かって、タイピング音を部屋に響かせていた。そうしていれば、何事もなく時が過ぎ去っていくと思えた。いつもそうやって自分を落ち着かせていた。赤子がおしゃぶりをくわえているのと、何も変わらなかった。

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