意味を持たされた日々。

 夢を追う者の、その意欲に勝る為には、夢よりも魅力的な目標を立てるしかない。その為には、目標を達成する動機を十分に固めなければならないだろう。その上で、実際に目標を達成し、その喜びを享受きょうじゅし、しかしそこで留まってはいけないのだ。それができているのなら、夢を持っていようとなかろうと、関係のない事だ。

 僕は、日々に意味を持たせる事で精一杯だ。今しているように、何かをしたためようとして、少しばかり成功した気にさせるだけだ。他にできる事はなかった。後は全て、生活を続けていると錯覚させる為にしている事だ。だから止められない。こればかりは、誰にも譲れないという気持ちがあった。そして、それが本当の錯覚なのだろうと思っていた。その誰かの方が、自分よりも深い愛を文章に向けているのだと。それもまた、錯覚なのだろうか。僕だけが、子供染みた愛着を持っているだけなのかもしれない。

 僕を完膚かんぷなきまでに叩き潰す存在が必要だった。あるいは、僕の全てを受け入れる理想的な愛が。あるいは、僕に見向きもしない天賦てんぷの才が。あるいは……僕と同じ目線を持って世間を見つめるが、僕を支えてくれるだろうと勝手に考えていた。その役目を負わせる相手ばかり探してきた。同時に僕は、その役目から必死になって逃げ回っていた。その役目の為には、誰かがいなければならない。だけど、その誰かをどこにも見つけられなかったら、その人はどうなるのだろうか? 今よりずっと幼い時に、ぼんやりと考えていた事の一つだ。僕はそれが孤独なのだと確信していた。他者に依存した結果、やがて土に帰着していく枯れ枝の末路なのだろうと思っていた。そうやって、僕は逃避に意味を持たせてきた。だから、今になっても同じ事をしている。馬鹿なのだと思った。

 その逃避の先も、孤独に違いなかった。他者との関わりによって生じる傷を回避しようとして、関わりそのものを絶ってしまえば、後に残るのはただ広々とした空間だけだ。

 肉体労働を行う彼は、確固たる目標を築いている。フォークリフトだろうと何だろうと、免許を取得するというのは簡単な事ではない。僕は取るつもりではないから、その苦労を実感する事はないだろうが……だからこそ、勝手な発言はつつしみたいと思っている。僕は他者の苦労を無下むげにしたくはない。僕の苦労ならともかく、彼の苦労は、夢追い人の苦労は、決して軽蔑けいべつされてはならないのだ。彼等は僕を世間から拾い上げてくれた存在だ。彼等が僕をどう思っているかは分からない。それでも、彼等は間違いなく、僕の恩人に違いなかった。僕が世間の端で孤独に喘ぐ事なく生きているのは、彼等二人の貢献こうけんに他ならない。僕は彼等の恩に報いる者でなければならないのだ。簡単に言えば、負い目だった。

 こそが、目標を完遂かんすいさせる秘訣ひけつなのだ。例え始まりが負い目であったとしても、結果が世界平和なら、人はわざわざ手段を問う真似はしないのだ。むしろ、負い目こそが世界平和を呼び起こしたとさえ言われるだろう。僕はその時、負い目を引き出す材料にすぎない。あるいは、僕でなくてもよかったのかもしれない。そのような事ばかり考えてきた。いくら誠実であったとしても、自分である必然性に欠けていれば、意欲は薄れていくばかりだ。日々もそうだが、僕にこそ意味が必要なのだ。自分である意味こそが、成功を生み出すのだ。僕はその時、成功を引き出す材料にすぎない。だからこそ、その意味を問い、獲得する事が必要なのだと。そして、その役目を日々に負わせているばかりだった。

 そうしている間に、今日も時が過ぎていった。夜中、雨が降っていた。キーボードの音と走り書きのメモ、そして荒れ果てた原稿用紙の群れが、部屋を支配しようと企んでいた。この部屋を出ていく前に、原稿用紙だけでも片付けなければならないだろう。明日から、そのような意味をも持つ日々になった。今日は止めておこう……そうして、一週間が経過しようとしていた。いずれこれは一か月に膨張していくだろう。そうなっていく間に、誰も僕を責めないだろう。部屋にはひとりいた。それは、本当に僕なのだろうか。微かな光源によって照らされていた、顔が一つあった。その視界を僕が見ているだけで、その顔の持ち主は別人なのではないか。物語としては面白いかもしれない。懸念としては、全く恥ずべきだ。僕はもっと他にするべき事があるのだ……そして、それを今している筈だ。そうしている間にも、日々は意味ばかり持たされて、前にも後ろにも動けずにいる。僕はその姿を見ていた。かわいそうだった。そうしているのは僕だった。

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