何と呼ぶべきか。

 知り合いの、夢追い人。それ以外に呼び名を考える必要があった。いや、自分が恥をかくのはいい。子供じみているのが嫌だった。もっとこう……僕という人間は、対等な関係というものを築いていたいのだ。そして、夢追い人という呼称は、それには相応ふさわしくないものなのだ。勝手に、そう思い込んでいた。

 講義、アルバイト。そんな妄想よりも重要な事はあった。逆に言えば、今において重要な事はそれくらいしかないのだ。全く、若造だった。金銭の心配よりも、将来への恐怖よりも、今現在自分の生活の大部分を支配している要素の方が重要なのだから、こんな状態より子供らしいものもない。結局、自分が子供じみているだけだった。呼称など、些末さまつな問題だった。

 どうすればいい。どうすれば、この怠惰たいだな現状を打破して、自分を大人物だいじんぶつに……いや、そこまでではない。僕に不足しているのは納得なのだ。自身に対する納得なのだ。僕はただ、自分の動作に納得を付与してやりたいだけだ。それができなくて、呼び名は夢追い人のままだ。馬鹿馬鹿しい。こんな事を一々書いて、一体何になるというのだ。いや、書いているのは自分だ。どうして止めてやらないのか? 止めて、どうなるのだろう。分からない。分からない。分からない……。

 それよりも、夢追い人の特徴は何だったろうか。他に何かあっただろうか。そもそも、性別は何だ? 男性なんだか、女性なんだか、もっと別の何かしらなのか……いつも寒気を感じているような服装をしているものだから、判別できかねている。多分、男性なんだろうと思っていた。少なくとも、高校生当時の姿を思い返せば、その限りだ。しかし今はどうだろうか。今は、どうやって生きているのかも分かったものではない。一人暮らしをしていると思われるが、それ以上の事は分からない。そもそも、僕以外の人と話しているのかどうか……話しているところを見たのは、あの店主との間くらいなものだ。孤独なのかもしれない。無粋な考えだった。そもそも、自分に言えた話ではないのだから。

 僕には、特徴と言えるようなものはなかった。例え死んでしまったとしても、報道されるようなな存在にはならないだろう。恨みも買われず、希望と言えるものも持たず、生きているのか死んでいるのか分かったものではない。それなら、人を恨んでいる方が自分を生きていると言えるかもしれない。危ない考えだと、分かっていた。だからここまで荒波を立てずに来たのだ。そのせいで、今度は特徴を持てずにいる。あちらを立てればこちらが立たず……はっきり言って、癇癪かんしゃくを起こしている幼子と変わらなかった。

 今に満ち足りる者こそが、真に幸福となるのだ。そして、僕はどこまでもそうはなれないだろうと確信していた。僕は欠けているものばかり追ってしまう人間なのだ。だから、新しい呼び名などに思いを馳せているのだろう。自分を不足させているのは、自分に違いない。他の何も、僕にかまけてはいないのだ。必死になって今いる場所を保とうとしているのだ。あるいは、より良い場所を作り出そうとしているのだ。僕は、そのどちらでもなかった。ただ、怯えていた。ひたすらに怯えていた。

 そう、何と呼ぶべきか。その事について考えていたはずだった。夢追い人というものは、勇敢だろうか。無謀だろうか。それとも、星の輝きを確かめようとしているのだろうか。だとしたら、宇宙飛行士なのかもしれない。彗星なのかもしれない。星が輝くのに十分な広さを持った空間なのかもしれない。それをひっくるめたのが想像なのだから、結局夢追い人はただそこに生きているだけの、何の特徴も持たない作家志望に違いないのだろう。

 自分をどう呼んでもらうか、その事について考えようと思った。

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