休みとは、それを過ぎていく事にある。

 どういう事だ? 仮にも作家志望だろう。意味の通らない言葉というのは、唾棄だきすべきものではないのか。それとも、これからこの言葉に意味を一本通してみせるとでもいうのか。やってみせればいい。どうせ、ろくなものにならないのだ。それなら、まだ試みて失敗する方が、つまづいて転んでいる方がいい。そこで留まる事になるなら、それが運命だと納得できるだろうから。

 そして、その結果をどうにか拒もうとするだろう。例えば、この言葉の意味というのは、大学生としての長期休みの終結であって、これから講義が始まり、その中で少なからずまとまった論説を求められる日々を示しているかもしれない。例えば、これは単にアルバイトを行う必要のない日で、心のように空虚になっただけなのかもしれない。だったら、どうだというのだ。それが休みであったとして、過ぎていくから何だというのだ!!

 まさか、ただそれだけか? それを過ぎていく事だけか? それはお前の事で、つまりは筆者のため息で、普遍的な概念ではないだろう! それならやはり意味の通らない言葉だったのだ! 恥を知れ恥を!!


 ……………。


「何を書いているんだろうか……消してしまおうか」

 部屋にひとりだった。バックスペースキーの音が部屋に微かな反響音を生み出すばかりだ。

 あれから、少し考えていた。彼は今頃、肉体労働に精を出しているだろう。やりがいと共に、収入もあって、夢を叶える土台作りは、順調に進んでいるように思える。実際のところは何も知らないから、彼に出会った事から全て、一夜の幻に過ぎなかったのかもしれないが。にしては随分ずいぶん明瞭めいりょうな幻だった。だが現実であったところで、僕は現実を信じられていない訳だから、同じ事だろう。

 今のところ、彼が一番に現実味を帯びている存在だった。自身と向き合い、苦悩や障害を成長に昇華させていく……まさしく、人間というべき生き方だ。理想的だと呼称できるだろう。だからこそ、僕には実現できないのだ。そのように理解できていた。誤解かもしれない。だが、まず僕には向上心というものがまるっきり欠けていた。だから今の今まで現実から逃げてきたのだ。そして、逃げおおせる事のないままに、ここまで来てしまった。今も眼前に迫ってきている。長期休みの終結と、そこから生じる焦りと罵倒の文章は、僕の思考そのものだった。

 文章は、個人的な問題と向き合わせる装置に過ぎない。代替物だいたいぶつは他にもある。知覚しうる全ての概念が代替物なりうるので、だから具体的な名称はここでは出さないが……なんであれ文章を用いる必然性は、どこにもない。なら、それでもと付け加えられる理由というものが、そこにある筈なのだ。

 僕には、何もなかった。天涯孤独とか、生活資源の不足とか、そういう話ではない。ただ、物事に必然性を生み出すだけの理由が、完璧に欠けていた。それもまたおかしい言葉なのだが、しかし事実なのだ。その状態が長く保たれていた。欠けていなければ、欠けたところのない状態を保てなくなっていたのだ。おかしいのは常に自分だった。現実から逃避する傍らで、自分からも逃避しようと試みていた。そしてこのように見事に失敗しているのである。

 僕の休日は、こうして苦悩との対峙に失敗するばかりだ。自分と向き合う事ができず、現実とも取り合わないのだから、成功する筈もない。そんな事は分かっていた。それをすると、何か決定的な喪失を経験するだろうと思っていた。しかし、時間を無益に消費するよりはいいだろう。自己同一性などというものは、変質する過程で元の形を失っていく為にあるのだ。決定的な喪失というものがそれなら、それこそ成長であって、苦悩の昇華であって、それがおそろしいのなら、僕は人として生きる事を拒んでいるようなものだと……そう言わざるを得ない。

 さなぎを破るのがおそろしいのならば、そのまま朽ち果てていくだけだ。誰かがそう言っていた。僕は、どうなっていくのだろうか。このまま朽ち果てていくだけなのだろうか。誰も何も言わなかった。


 部屋にひとりだった。

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