今日はバイトに行ってきた。

 バイトの内容については、特に語りたくない。何も考えなくてもいい時間は、僕にとって最良の状態であり、故に麻薬とも例えられる程の中毒性を持っているからだ。僕が何かを考える時、それは恐怖だ。恐怖の根源だ。続けなければならない。続けたくはない。どうにかして、この流れを断ち切ってやらねばならない。しかしそれこそが恐怖なのだ……そうやって、堂々巡りだ。だから嫌だ。だから考えなくていい状態を導いてくれる物事というのが、僕に更なる恐怖を浴びせてくるのである。

 しかし恐怖を自分から完璧に取り去った時、そこに残るのは能動的な自己だけだ。衝突を恐れない車だけだ。さらに言うなら、惑星を簡単に消滅させてしまえる程の、途轍もない威力を伴っている隕石が、真っすぐに地球に向かっているようなものだ。僕はこれをどうにか押しとどめようとしているのだ。自分の内に、どうやってでも押し込んでやらねばならないのだ。これは責務だ。その責務とやらが、恐怖の根源なのではないのか?

 僕を恐れさせているものは数多く存在する。予測不能な未来、対処できない現状、取返しのつかない過ちの数々……なぜここまで生きてしまったのか、理解に苦しむ。そのように考える余裕のある人物は、きっと死を選ぶ事はないだろう。いや、そのように考える余地があるからこそ、死を選択してしまうのだろうか。僕は、そのどちらでもなく、ただだけで、それだけの臆病者で、だから単なる恥知らずに違いない。

 僕は、文筆に関係のない職に就くだろう。そして、仕事を遂行する為の思考を確立して、今ある苦悩からどうにかして自分を引き離そうとするだろう。そのように試みる事が、自分をまた別の苦悩に導くだろう。僕はその恐怖からは逃れられない。だから、こうやって文章を……馬鹿の一つ覚えのように続けさせている訳だろう。

 うわあぁぁぁぁ……嫌だ嫌だ。絶対に嫌だ。それについての名称さえ書きたくない程に嫌だ。次のバイトのシフトはいつだ。早く来い、早く早く早く……この焦燥感を取り払ってくれ! 僕を狂わせる為に恐怖があるのか!? 一体なんなんだ。どうしてこんなにもこわがっているんだ。気が触れている。月の表面に、その輝きに触れている。太陽の輝きには触れないのか。星の輝きには、目の輝きには、輝きの裏の暗闇には触れないのか。どうしてだ。どうして、そうやって自分から苦悩を引き剝がしてくれないんだ……。

 そうやって考えていると、今日はバイトに行ってきたのではなくて、現実逃避の一つの形を表現していたのかもしれない。バイトをしていれば、社会に生息するだけの義務は果たしていると、そうやって将来への不安を誤魔化しているだけなのかもしれない。それでどうして駄目なんだ。立派な事じゃないか。ただ、それは筆者がやっている事だから、それで大幅な減点が課せられるだろう。例え百点満点中90点だとしても、十分の一かそれ未満になっているだろう。どうしてだ? 自己嫌悪か? そんなのは没個性だから、作家志望ならさっさとやめてしまえよ、臆病者。そんなみっともない事に依存するな。同じ依存なら労働の方が余程いい。世の中の為にもなる。自分の生活の為にもなる。筆など折ってしまえよ。どうせろくなことにはならない。

 昨日も、そう言っていた。明日もそう言っているだろう。いや、明日のバイトは休みの日だ。だから、逆に筆を丁寧に手入れしているかもしれない。そして明後日には同じ事を言っているだろう。どちらが本当の自分なのだろうか。能動的なのは自己ではなくて、狂気の方だったのかもしれない。

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