9日目

今日からまた仕事だ。

昨日纏めた書類を……と考えながら目を開けると、布団の中に全裸の男がいた。

ビックリしてベッドからつき落とした。


「だれ!?」

「えー?いたいー。」

ルナくんの声だ。

「み、み耳としっぽは!?大きさもおかしいよ!あと全裸!手足も!」

情報過多で頭が追い付かない。

「魔素飛ばしすぎたねー。トステにだっこされ過ぎてもなるんだよねー。」

ルナくんらしき男は、耳が消えて外れてしまった魔珠まじゅを拾い、たまの数を数えた。

欠けがなかったようで、ほっと息をついている。

男といっても青年と少年の中間くらい。犬サイズから人サイズになっただけで、顔つきは同じだ。

だんだんルナくんだと認識できてきた。


「トステさんは魔素収集体質だっけ?」

「うん、ほどよく吸われるー。だけど、コントロールできるから引っ付くだけじゃだめだし、寝癖がひどくなるから添い寝はやだーって嫌がられるんだよねー。」

とりあえずプランプランしてるものが気になるので私のズボンを穿いてもらった。

「そのうちもどるよー。」

「今から朝御飯でしょ。」

ルナくんと一緒に食卓に行った。

トステさんは私の首の傷とルナくんの姿を見て、何も聞かずにいきなりルナくんを殴り飛ばした。

そのまま驚いている私の肩を掴んで、激しく揺らした。

「ごめんねー!いたかったでしょ!?怖かったでしょ!何か他にされた!?」

トステさんが私の身体を確認しながら、首の傷を魔法で治した。

「ルナくんの歯が当たったのにビックリして急に動いたから悪いんです。」

「歯が当たるのがおかしいから。」

アンヌちゃんが呆れ顔で突っ込んだ。

「興奮したらどうなるか聞かれたからー。」

「聞かれてもやっちゃダメ!間違って死んじゃったらもう会えないのよ!」

「やだー。もっとなでなでしてもらうのー。」

ルナくんは改めて私に謝った。

「ごめんねー。こわい?これからもくっつきたいーだめー?」

「小型の獣人の姿ならいいけど中学生男子くらいの姿でいわれるとゾッとしますね。」

「ぞー?」

小首を傾げるルナくんに少し鳥肌が立った。

「ぶりっ子男子に見えてイタい。」

アンヌちゃんが爆笑して、ルナくんはどこが痛むのか本気で心配していた。


収集もつかないので、放置して仕事に出た。



トムさんに挨拶する時にマニュアルの清書を見せると、感心して複製したいと言い出した。

複製器があるようで、コピー機みたいに動かし、マニュアルが何枚かに増えた。

仕事で見やすいところに貼ってくれたので捗った。

トステさんのナイフも本当に助かる。


その日はかなりの数を捌けた。

床がいつもより多めに血で染まったので念入りに掃除した。

「丁寧に掃除してても遅いって怒られないから、とても気が楽です。」

「そうか。前は飲食店に居たって言ってたもんな。あそこは時間に厳しそうだ。」

「あ、そうだ。失礼ながら頂いた給料の内訳、聞いてもいいですか?」

トムさんは事務机からごそごそ取り出して計算式を見せてくれた。

何とか簡単な文字と数字は読めるようになったので、頑張って読んだ。

「日給……5×3……ナイフ代5。

ナイフ代はトステさんがナイフを作ってくれたお礼分ですかね?……良かった、ちょうどこの額を渡しました。」

「渡しても渡さなくても良かったけど、アンタなら絶対渡すと思ってたよ。」

「あれ?でもこれじゃ3枚多く貰ったことになりませんか?」

「普通2日で捌けるようになんかならないからな。生活はじめて大変だろうからサービスだ。

ひとり暮らしとか考えてるか?」

「いえ、いずれ戻らないといけないので……。」

「それは、……残念だ。」

トムさんは優しく笑った。

このままここで働いた方が幸せかもしれない。

日給5万は多すぎると思うが、船のお金がすぐにたまるのはありがたい。

「元の世界に帰れるようになったら、すぐに帰らずにいちどここに戻ります。

これっきりになんてしたくないので。」

トムさんは顔を背けて私の頭を軽く叩くと、残りの仕事をやるように言った。


この日の仕事は、少しだけ寂しかった。



家に帰ると、ルナくんが獣人に戻っていた。

「おずぼんかえすねー。」

「耳のたまもちゃんと買ったんだね 。」

臨時の珠と違って他と馴染んでいる。


「あなた、血を舐められたんだって?」

トステさんがまじまじと私を見ている。

「普通深夜でも追い出すレベルよそれ。

なんでそのまま一緒に寝られたの。」

すごく呆れている。

「血を舐めたルナくんがふにゃふにゃにもどったので。危険はなさそうかなと。」

トステさんは私の額にでこぴんをした。

結構痛い。

「何となく、いや、ずっと思ってるんだけど、どうしてそんなに自分を大切にしないの?」

「大切にしてるはずなんですが。」

「足りない!」

どうしたら良いかわからず口ごもると、トステさんはため息をついて温かいお茶をいれてくれた。

何も言わず、ゆっくり飲む。


この世界のお茶も美味しくて……ほんのり涙が滲んだ。


「あーーー!とすて、なかせたー!!」

「泣いてませんが。」

「めじりー!」

ルナくんが目端の涙を舐めようと、したところでトステさんが羽交い締めにして止めた。

「糞畜生が。暴走したら簡単に人殺せるの知ってるんだからね。」

ルナくんがじたばたしてぬるりとぬけた。

「涙なめるくらいいいじゃん。」

「顔を舐めるなんて、恋人でもなかなかしないわよ。私にできる?」

ルナくんは躊躇なくトステさんの顔を舐めて、トステさんは「ばっちい!」と叫んで顔を洗いに行った。

コントのようで、思わず笑ってしまった。

「あー、涙かわいちゃった。体液貰えばまた人間になれると思ったのに。」

「やっぱ、血を舐めたからああなったの?」

「たぶんー。」

ルナくんは人間になりたいのだろうか?

手袋をはめて、ナイフをとりだした。

「この状態でナイフにさわれば魔素が飛ぶと思うよ。……でも、血は出してほしくないから手を切らないように気を付けてね。」

ルナくんがそっとナイフに触った。

「ほんとだー。すごいぬけるー。」

そのまま、パタンと横になった。

トステさんが戻ってくるなりキョトンとしていたので簡単に説明した。

「なんだ、ルナのオイタのお返しに切りつけたなら一回は見逃そうと思ったのに。」

「恩人にそんなことしません!」

ルナくんの身体がまた、みるみる変わっていく。

獣人の時の服は小さく苦しいのか、無意識で脱ぎ始めた。

「破れてないの不思議だったけど、自分で脱いだのね。」

トステさんはぶつぶつ呟きながら観察した。

1分ほどで、また朝の姿になった。

「うあー?」

ルナくんが自分の手足を見ると、人の形をしているので飛び上がって喜んだ。

私は無言でズボンを渡した。

「人の時に落ちちゃうし、魔珠まじゅまとめて腕輪に変化させるか。」

トステさんが軽く唱えると、ルナくんの腕に輪っかがついた。

「魔素量が戻ってきたらバラけない場所から徐々に魔珠まじゅも戻るようにしておいたわ。」

「ありがとー。」

ルナくんはにこにこして私に抱きつこうとした。

犬要素がないからもふもふできないし、トステさんみたいに抱き心地が良さそうでもないしなぁ。

と、すっとかわすとルナくんが半泣きになった。

「ぎゅーしたいー。」

「魔素は抜けてるし、何の得があるんですか?」

ますます涙目になって何だかかわいそうだったので、仕方なくハグをして頭を撫でてあげた。

「人になる意味は?」

「とすてたちと、おなじかっこううれしいの。」

「魔素とかの意味以外で私にハグされたい意味は?」

「みんなにされたいのー。次はトステ!」

そのまま、トステさんにハグされ、アンヌちゃんの元に走っていった。

ビンタの大きな音が響いた。

若い女の子なんだからそうなるだろうな。



晩御飯も終え、お風呂も終わり……アンヌちゃんに抱きつくルナくんを横目に小屋に戻った。


ルナくんは、家族のように親しいトステさんたちと同じ身体になりたかったのか。

しみじみ、この三人の邪魔にならないよう早く戻らねばと感じた。

やりかけの仕事を忘れそうになる。

家族の顔を、忘れそうになる。

窓を開け、夜風を感じながら。


そのまま眠りについた。





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