8日目

今日も休みだ。


トステさんはすっかり元気になっていて、翻訳魔法が切れた私に魔法をかけ直してくれた。

その時に、給料の話をした。

変に遠慮することもなく、すんなり受け取ってくれた。

「ありがとー!トム奮発したのね。」

「やはり、お給料高すぎますよね。」

「新生活応援代じゃない?あなたの手持ちは?」

「残りは10です。」

「じゃあ、私にお金を渡すのも想定してるわね。

あの仕事は日給3前後なら妥当よ。内訳ちゃんと聞いた?」

「いえ、明日聞きます。」

お金の話だし……きちんと聞かねば。

「カレンダー、みたいなのありますか?働く日と休む日とかの、暦とか。」

「暦ならあるわ。」

平日5日、祝日2日。1年は350日。

祝日は何もかもが休み。人から人へお金を渡して何かを得ることは全て禁止らしい。

「じゃあ買い物とか困りませんか?」

「祝日と休日は別なの。トムみたいなのは休まないけど、あなたにはくれると思うわ。

買い物は基本、休日に纏めてする人が多いわ。」

「祝日は何をすべきなのですか?」

「身体に感謝して身体を休めたり、魔素を休ませるために何もしなかったり、家に感謝して家事をしたり、ね。仕事の準備ばかりするトムは変わり者よ。

祝日にお店がないから祝日前日が飲食店の繁盛日だったりするわ。休日は店によってバラバラ。」

感謝……。

「なら私はトステさんたちに感謝したいです。

家事……できることありますか?」

トステさんは喜んで家の中を案内した。

「ちゃんと説明してなかったわね。

食後はここで自動洗浄されるし、洗濯もここで一気に終わらせられる。繊細なものは手洗いになるから、それだけ外に干すわ。」

ほぼ、魔法でやっているのか。

足元にパソコンのマウスみたいな石がうろうろ動いていた。

「それは掃除魔石。ゴミ拾いしてくれるの。」

ルンバ石だ。

「つまり、私がこの家にいない方がしっかり家事が進みますね。」

魔石の魔力が弾かれたら大変だ。

草むしりをすることにした。

「あ、今晩あなた式の翻訳陣を完成させるから、受け取りに来てねー。」

「ありがとうございます。」


草にも魔素が含まれている。

魔素を吸収する手袋をして、鎌で切り、袋につめていく。

10分ほどで腰が悲鳴を上げたので、刈った草を入れた袋をどうするか聞いた。

乾燥させて肥料や燃料にするらしい。

「見事に草の魔素が枯れてるわね。なら別の使い道もいけそう。」

トステさんはぶつぶつ考えていた。

発明するのとか好きなのかも。楽しそうなのでそっとして、次に何をするか考えた。


そうだ、魔水を汲もう。

ルナくんに声をかけて、大きめなバケツをたくさん入れた魔法ポケットを出して貰えたが、私のせいでポケットが魔素切れになったら困るのでバケツをふたつ貰った。

「ぼくもいくよー。」

ルナくんはポケットを扱えるのですごく助かる。

結局したことは、ルナくんについていって、火山湖でのんびり水を汲んで、手ぶらで帰っただけだ。

湖が綺麗なのでルナくんを膝に寝かせてもふもふしたりはした。

ゴロゴロいうので猫に見えてきたが、耳と尾っぽはどうみても犬。

「ルナくんはルナくんだね。」

帰り道で呟くと、ルナくんはとても喜んでいた。

獣や鳥に襲われることはなかった……むしろ、飛んでる鳥は不自然に引き返していたから……ルナくんが怖いのだろう。

家に着くと、1つ気になったことを聞いた。

「森の生き物たちって、不自然にたくさんいない?わいてるの?」

「わいてるのー。」

適当に聞いたら合っていたようだ。

「異世界転移は失敗もするし、人以外も来るの。

一番多いのは空間亀裂からの次元魔素の塊。

次元同士の空間の魔素が濃いと生き物のかたちをとって、黒くて人を襲う魔獣になるんだよー。あとは転移失敗した異世界の生き物が魔獣化したり……。」

「待って、それって人間も!?」

「まれによくあるー。魔人になるから形は人だし、すぐわかるよ。」

見つけたらどうするんだろう。

「見つけたらすぐころしてるー。」

転移、成功して良かった。

「魔素の塊が人を襲う獣ってことは、なんで肉や内蔵があるの?」

「襲った生き物の肉を身体にしてるのー。」

「遠回しに人を食べてるってことも?」

「ありえるー。まあ、普通の獣だって人を食べて育ったりするし気にしてもしょうがないと思う。……それに、まともに到着した異世界人は毎日の散歩で探して見つけたりしてるからめったに無いよ。

基本的に異世界の獣や共食いで濃くなった魔素が実体化してるだけ。草食の魔素もたまにいるよー。」

たくさんしゃべるルナくんおもしろいな。

「ルナくん、昨日から会話の雰囲気が変わってる気がするのは、気のせい?」

魔珠まじゅ一個割れてるからかも。昨日は疲れてたからちょうど良かったけど、今はやや興奮してる。」

そっと手を繋いだ。

「きもちいー。」

ふにゃふにゃに戻ってくれた。



トステさんに相談したら、すぐに魔珠まじゅをとり替えてくれた。

「これは臨時だから、祝日明けにちゃんとしたのをすぐに買うわよ。お金ある?」

「あるー。」

そして、昨日渡した5万が渡っていくのを見送った。

かなりの数の魔珠まじゅがルナくんについているが、1つでこれなら全部とったらどうなるんだ?怪獣にでもなるのか?



昼御飯、ついに来た。

私が作るそうだ。

大体の食材の味はわかったが……大丈夫だろうか。

「キッチンまわりの魔素切れても食後に私をハグしたら霧散した魔素を家が吸収するからだいじょぶー。」

トステさんが、私達が森に出かけている間に家自体に霧散魔素を集める魔法陣を組み込んだらしい。

何でもできるな。


簡単に香味野菜みたいなのを切って、スープにしたり、根菜を細切りにして小麦粉みたいなのをまぶして揚げ焼きにしたり、お肉をみじん切りにしてハーブと混ぜ、スライスした芋みたいなのを、ラザニアのようにチーズっぽいものとトマトソースみたいのをミルフィーユ状に重ね、魔石オーブンで焼いたりしてみた。

「ど、どうだろ。」

味付けが少し薄かったみたいで、スープにソースを少し足してもらい、ぴったりの味になった。

謎のオーブン焼きは結構好評だった。


満腹になり、眠気が来たので小屋で横になった。

どうしても一緒がいいというのでルナくんが私の布団に潜り込んで、結局一緒に寝ている。

犬猫だと押し潰してしまわないか心配だが、ルナくんは恐ろしく頑丈なのでハグして寝ても潰す心配がなくて安心できる。

しかも今は魔素が溢れて困っているらしいのでくっついていても大丈夫そうだ。

抱き枕のようにもふもふさせてもらった。

幸せ。



夕方までうっかり寝てしまい、慌てて起きた。

ルナくんはふにゃふにゃしながら起きている。

「めちゃきもちいかったよー。」

良かった。

晩御飯まで少し時間があるみたいなので、一昨日の晩にトムさんとまとめた仕事のメモを清書した。

「しゅごいねー。」

ルナくん、魔素切れしてないか?

「マニュアルになるといいなー。あと、文字をこっちので書きたい。」

「ぼく、字かけないー。」

「一緒にやる?」

「やるー。」


トステさんをたずねると、ちょうど出来たという魔法陣を腕輪に刻んでいた。

試しに翻訳魔法を解除してから腕輪をつけた。

「えーとこれで……。」

手袋をし、トステさんと握手をした。

「どうですか?」

「オッケー!できてる!」

霧散した魔素を手袋で集め、腕輪に吸収させて魔法を発動させているらしい。

腕輪単体でも吸収する力があるそうで、魔水をかけたり魔石にかざすだけでも良いそうだ。

「あ、このあと字を教えて貰うことはできますか?ルナくんも一緒に覚えたいみたいで。」

「ニホンゴよね?前回の子が本作ってたわよ。」

トステさんが日本語とここの文字を分かりやすく纏めた本を出してくれた。

ありがとう、前回の子。

トステさんも気になるらしく、小屋についてきた。

本を参考にトムさんのお仕事マニュアルを作る。その横にルナくんとトステさんが並んで見ていた。


シチューのようなかおりがしてきて、作業はいったん止まった。

アンヌちゃんの手作りごはん、楽しみだ。


家族のように囲んで時々口論しながらも美味しいごはんを食べた。

お風呂に入り、小屋に戻るとまたルナくんとトステさんがついてきた。

アンヌちゃんも気になるらしく小屋がぎゅうぎゅうになってしまった。


「いいわね!絵がついてわかりやすいマニュアルだわ!」

トステさんは感心して私のマニュアルメモを眺めた。嬉しい。

「トムさんもかわいい絵かくんですよ。」

「うっそ!見たーい!」

アンヌちゃんもマニュアルを見てくれている。

「こうしてみるとお魚捌くのと変わらないわね。」

「ですよね!」

急にテンションが上がる私を見て、アンヌちゃんは爆笑した。

「沸点意味わかんなーい!」


ルナくんは声に出して文字を読んでいるが、3回に1回間違えてる。

私も復習したいので一緒に読んでいたら夜が更けた。


トステさんとアンヌちゃんはそれぞれ部屋に戻り、ルナくんは私と寝ることになった。

「よろしくー。」

「昼寝でもかなりふにゃふにゃしてたけど大丈夫?」

「いけるいけるー。」

そう言いながら抱きついてきたので、そのまま歯を磨いて眠った。


ふわふわで、あたたかい。

「あのね、ぼく。

夜は特に興奮するから怖いんだ。」

「我慢がきかないとどうなるの?」

首筋にルナくんの歯が当たった。

は!?

驚いて飛び起きると、急に動いたせいで首に傷が出来た。


赤い血が舞う。


ルナくんの目が、真珠のように鈍く光っていた。

が、ペロリと私の血を舐めとると、いつもの顔に戻った。


「すごーい。この血、やるきそがれるねー。」

私の心臓はばくばくしていたが、拍子抜けするルナくんの態度につられて、一緒に気が抜けていった。

「今、興奮しちゃってたんだね。」

「うん、ごめんね。痛かったよね。」

「かすり傷だよ。」

ルナくんは犬のように首についた残りの血を舐めた。

くすぐったかったが、もう噛みつく気配もなかったのでそのまま眠った。





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