7日目
目覚ましもなく寝ていたせいか、かなり日が昇りきっていた。
トムさんは……居ない。
机にメモと岩みたいなおにぎりがおいてあった。
メモは字ではなく絵が描かれており、笑顔で食べてる図と親指を立てる絵が並んでいた。
かわいい。
おにぎりの米はやはり麦みたいだったが、柔らかめに煮込まれたスジ肉が煮汁を噛むほどに溢れさせ、米に染みて食欲を誘った。
口に含むとスパイスの豊かな薫りが鼻に抜け、一口、次の一口とどんどん進んだ。
食べ終わって水が欲しくなったので数日前に汲んでおいた魔水をリュックから取り出して飲んだ。
時間が経っているから不安だったがまだ美味しかった。良かった。
ほっとしていたら玄関から物音が聞こえた。
上半身がはだけたホカホカのトムさんだった。
「裏手に温泉沸いてるからアンタも入んなよ。」
「なかなかセクシーに登場されてびっくりしました。」
「え。俺みたいなのに欲情するタイプだったのか?」
「いいえ。」
確かに筋肉や細かい傷が美術的な意味で素晴らしいとは思うが、欲情は全くしない。
「トステさんに抱きつかれた時の方がドキドキしましたね。」
「おばちゃんエルフに負けたかー。」
トムさんは豪快に笑うと、フカフカのタオルを投げてくれた。
「じゃあお言葉に甘えて。」
トムさんに言われたように家の裏に回ると、湯気が立ち上っていた。
立て板の目隠しもついている。
脱衣所っぽいところで服を脱いだ。
外にあるお風呂に入るなんていつぶりだろう。
石鹸みたいなものもあったのでそれで軽く体を洗い、髪もいっしょくたにしてワシワシと泡をたてた。
手桶でザバっと洗い流すと、昼の爽やかな光が目に入った。
気持ちいい。
そのまま湯につかり、ゆっくり楽しんだ。
トムさんは短髪だからか風の魔石で乾かすことはしないようだ
私も、無いのならとタオルで軽く水をとばして自然乾燥するのを待った。
その間にトムさんと言葉の教えあいをした。
簡単な数字とよく使う単語、ジェスチャーなどを中心にメモをした。
家に戻ろうとしたらルナくんの元気のいい声が聞こえた。
「とむー!いっぱいとったー!」
山のような獣や鳥を抱えた…ルナくんと思われる塊が来た。
「多すぎる!」
トムさんが額に青筋を浮かべながら怒鳴った。
「ごめんとむー。適当がわかんなかった。」
ルナ君がようやく姿を見せた。
猛烈な量だ。これを腐る前に全部しめるとおもうとゾっとした。
「全部失神でとめたよ。えらいよね?」
「それは偉いが。檻たんねぇよ…どうすんだこれ。」
「どうしよー。」
ルナくんは頭に指をあててゆらゆら揺れている。
「初日に食べ物を入れていただいたあのポケットみたいなのはないんですか?」
「あれはとすてのやつー。とすてよぶ?」
「そうだな。」
トムさんが連絡をして、トステさんを呼んだ。
ルナくんはトステさんに思いっきりはたかれていた。
肉材山は5分割され、各々に時の結界がはられた。
さすがに疲れたようで、トステさんの髪の毛がストレートになりかけていた。
「トステさん、髪の毛ストレートですよ。」
「疲れてぼさぼさだからかわいくないー。やっぱりあなたに抱かれた時の方がいいー。」
「抱ッ!!!!?」
トムさんが勘違いしたので慌てて説明した。
「今日は寝るわー。トラブルあっても知らなーい。」
トステさんはまだ魔力はあるようで、転移魔法を使って帰宅した。
ルナくんは珍しく少し落ち込んでいた。
「とむーごめんねぇ。」
「いいよ。まだ休みが一日半あるから、その間にこいつらの檻を作っちまう。」
「昨日あけた檻持ってきましょうか?」
「アンタじゃ持てねぇだろ。ルナつれてけ。」
ルナくんと一緒に仕事場の空の檻を持ってくることになった。
昨日は魚食堂から来たから気づかなかったが、トムさんの家は仕事場のすぐ近くの丘の上にあった。
仕事場自体も町の端にあるのだが、トムさんの家はすぐ隣が森のため、周囲に木が繁っていて町から孤立してるようにも感じた。
檻のある倉庫内は長靴が必須だ。
ルナくんは足が犬なので長靴をはけず、私が中から檻を一個ずつ出すことにした。
鉄製なのでかなり重かったが、台車に乗せてしまえばあとは楽だった。
中型が18個、大型が5個。
かなりの量だ。
トムさんの家までは近いけれど、坂があるからこれをもって上がるのは無理だろう。
「ルナくん、どうする?力があっても抱えるには固定しないといけないよね。」
「ひもでぐるぐるしよー。」
二人で何とかロープを使って大きな塊にした。
その状態でトムさんの家まで運んだ。
「おお。結構檻が空いていたんだな。人手があったおかげかな。」
仕事がいつもより進んだのならうれしい。
喜んだのを見透かされてトムさんも笑顔で返してくれた。
目測で獣と鳥の数を数え、足りない檻を計算した。
鳥型は木造でもこわせないだろうとのことで、鳥型の分の檻を作ることになった。
ルナくんが木材集め、トムさんが加工。
私はというと、ほとんど役に立てずに呼ばれたときに軽く手伝いをするだけだった。
すっかり日が暮れたが、結界5個中2個分の檻が用意できた。
試しにナイフで結界を切ると、無事に解除できた。便利だ。
手分けして失神している獣や鳥を檻につめていった。
「残りは次のタイミングで檻につめるよ。
トステさんの時の結界なら、簡単に解けるのはそのナイフしかない。
そん時はまた手伝ってくれ。」
事の発端とはいえ、早く終わったのでルナくんと私はたくさん褒めてもらえた。
ほくほくしながらルナくんと帰った。
帰り道、町を歩いていると、また何か聞こえてきた。
陰口だろうか?と心配したが、今度は違った。
「アンタが噂の異世界人だね。またニホンってとこの子かい?」
「はい。」
「トムんとこで頑張ってるんだってねぇ。仕事が仕事だからあの人ずっとひとりで大変だったと思うわ。大事な仕事をありがとう。」
やはり、屠殺は嫌な仕事になるのか。
「魚を捌くのとケモノを捌くのは何が違うのでしょうか。」
話しかけてきた街の人は少し考えると、わからないと笑って話題を終わらせた。
ルナくんが心配そうに私を見上げた。
「変なこと言ってすみません。頑張ります。お声かけありがとうございました。」
ルナくんの頭をなでたかったが、大物をたくさん運んで疲れているだろうから我慢した。
それでも近くに寄ろうとしたので
「ルナくんも今日はたくさん魔素をつかったんじゃないかな?」
と、少し距離を置いた。
私に触れると余計に力が抜けてしまいそうだったから。
帰宅後、アンヌちゃんがスープを作ってくれていた。
グラタンのような料理と、スープと甘いジュース。
「トステのやつが寝てるから。今日はジュースにしても怒られないわ!」
高笑いしながらおいしそうにジュースを飲んでいた。
私とルナ君も口にして、その甘さに心癒された。
「あら?アンタ何その髪の毛。」
アンヌちゃんが私の髪の毛に気づいた。
「石鹸で洗ったでしょ!ガビガビじゃないの!」
苦笑いで誤魔化そうとしたがそうはいかなかった。
食後にアンヌちゃんのとっておきのトリートメントをたんまり髪に塗られ、フローラルな甘い香りに包まれた。
「…あの、トステさんは……。」
「あんなの明日になればケロっとしてるわよ。ルナのバカのせいでなんでアンタが気落ちしなきゃいけないわけ?」
「そもそも私が無理にトムさんにお願いしなければ…。ルナくんは怒られなかったし、トステさんは…。」
アンヌちゃんは、私の両頬を叩いた。正直痛すぎてびっくりした。
「アンタは仕事をしっかり覚えたい、トムさんはアンタに仕事を覚えてもらいたい。ルナはいつもトムさんにお肉を加工して貰えてうれしい。トステは町の重要な仕事をまじめにこなすトムさんが好き。
誰が悪いとかじゃないの。今日はみんな頑張って偉いの。いい?」
アンヌちゃんは真っ直ぐ私をみつめた。
「ありがとう。」
「…トステは、アンタに感謝してたわよ。トムさんの手助けをすすんでやってくれて助かるって。」
「ありがとう。」
こんなにやさしい子に慰められて、優しい人に助けられて…。
「明日も仕事頑張りますね!」
「明日はまだ祝日よ。やすめ。」
「ハイ。」
小屋に帰ろうとしたら、今日はアンヌちゃんの部屋で寝るように言われて、そのまま寝ることになった。
ルナくんもおずおず部屋に入ってきて私のそばにくっついた。
「まそ。ありすぎてこまるくらいだから、心配いらない。寝る時一緒だとぼく、うれしい。」
ルナくんの耳の宝石が一つヒビが入っていた。
「ルナくん。宝石一つ傷ついてるよ。」
「ほあ!とすてにぶちころされる!」
「魔素切れした時に一個割れただけでしょ。問題ないわよ。」
アンヌちゃんが欠伸をしながら宥めた。
「あ、そうだ。アンタ給料もらったんでしょ?いくらだったの??」
さっきまで眠そうだったアンヌちゃんは急に元気になった。
お金が好きなのだろうか。
包みを出すと、目を輝かせて数えた。
「うはー!!凄い金額!!これイロついてるわね!」
「凄いんですが?どのくらいですか?」
「このお札1枚でアカアマの実が100個買えるわ!」
アカアマというのはリンゴそっくりの実だ。さっきジュースにして出してもらえたやつ…。ってことはこれ一枚が1万円くらいか。
え?
結構あるん、ですけど。3日働いただけで?
「23枚あるわ…!」
23万!?
「とむ、お金使う機会あんまないっていってた。町の公的魔素供給、ぜんぶしてる。だからおかねもちなんじゃない?」
アンヌちゃんが急に目をキラキラさせてうっとりしている。
「トムさんとけっこんすりゅううう!!!」
トムさんのルビが『お金』になっていそうな勢いだ。
「あと、きっと生活始めたばかりだから。おおめにくれたんじゃないかな。」
「お礼…言わないと。」
お札をしまおうとしたらアンヌちゃんの手がガッシリ掴んで離れなかった。
「あんぬー。とすてに言うよ。」
ルナくんの声をきいて、そっと手を離した。
「……。」
今までメモしていた手帳を取り出した。
今回が多めだとして、10あればしばらく自立できるだろうし…。
13枚をトステさん、ルナくん、アンヌちゃんにしてもらった事の比率で分けた。
「あの…アンヌちゃん。これ。」
「ありがとー♥」
アンヌちゃんが3、トステさんとルナくんで5,5に分けた。
「色々考えたらとすてのほうが多いはずじゃない?」
「ルナくんは命を助けてくれたから。……頭の宝石代に足りるかな?」
値段に詳しそうなアンヌちゃんに目線を向けた。
「結界用の
ルナくんはそれを聞いて小さく悲鳴を上げてお金を受け取った。
「ぼく、これないと 興奮しっぱなしになっちゃうから大事なのー。」
半泣きでお金を胸元にしまい込んだ。
「あんぬ、ぬすんだらころすよ。」
アンヌちゃんは軽く舌打ちをした。
明日、トステさんが元気になってたらこのお給料のお話をしよう。
ちゃんと返せそうでよかった…。
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