6日目
今日も目覚ましに連勝。やったぜ。
欠伸をしながら食卓に向かおうとしたら、小屋のドア前にトステさんがいた。
ぶつかりそうになったので軽く声をあげると、トステさんはもじもじしながら謝った。
「あの……あなたに、して欲しいことがあって。」
トステさんは顔を赤くしながらキョロキョロした。
え?朝からどうしたんだ。
耳元に口を近づけ
「抱いて欲しいの。」
と。
さすがに変な声を出しそうになったが、口を手で塞がれた。
「あ、あの、違うわ。エロいやつじゃなくて……抱擁よ。
ぎゅってしてくれる?」
言われるがまま、小屋のドア前でそっとトステさんを抱き締めた。
細くて、柔らかくて、温かい。
なんで朝から頭が沸騰しそうな展開になっているんだ。
長い数分がおわり、「もういいわ 」と言われて離れた。
トステさんはウェービーな髪のはずなのだが、何だかストレートになっている。
手鏡で自分の髪を見たトステさんは、跳ね上がって喜んだ。
「ありがとー!!!憧れのストレートー!!」
トステさんほどの人なら魔法でどうにかなるのでは?
「私、魔素が化け物くらい溢れてて、しかも魔素収集体質なのよー!
魔素が濃すぎて髪が波打ってしまうのが悩みだったの!魔素が原因だから魔法で縮毛してもすぐ戻っちゃうし、薬品でも無理だったの……。
あなたさえ良ければたまにこうしてくれないかしら。」
「い、いいですが。誤解されません?」
「あらー?お付き合いしちゃうー??」
トステさんはおばさんみたいに手をふると、ケラケラ笑って本宅に向かった。
本当に、失礼ながらおばちゃんにしか見えないんだよな。……見た目は綺麗なお姉さんなのに。
食卓に上機嫌で立ち、鼻歌交じりに豪華な朝御飯を作ってくれた。
アンヌちゃんは呆けている。
「とすてー、髪がさらさらだねぇ。」
ルナくんが髪の毛に気づくと、トステさんはにんまり笑ってルナくんを撫で回した。
「あのこにぎゅーってしてもらったのよー。
思った通り、私の多すぎる魔素を散らしてくれたわー♪」
「いいなー、ぼくもー。なでなでしてもらうとほどよく力が抜けてきもちいーの。」
ルナくんが私の傍に寄って撫でてポーズをしたので、遠慮無くもふもふさせて貰った。
アンヌちゃんは戸惑いながらごはんを食べ進めていた。
「お弁当も作っちゃったわ!持ってきなさい!」
トステさんはすっかりおかーちゃんみたいになって、私にお弁当を持たせた。
お礼を言って、仕事に出かけた。
今日は昨日の復習。
掃除をして、道具の手入れをして、一段落ついたら数匹をしめて皮を剥いだ。
「トムさん、お仕事がお休みの日はありますか?」
「あー、異世界人だからわからないか。明日が祝日だ。2日あくから俺は狩りに出る。アンタは好きに羽をのばしな。」
狩りに出てしまうのか。
「教えて貰ったことを細かく紙に書き留めたいんです。トムさんとゆっくりお話しできる時間ってありますか?」
「なるほどなー。」
トムさんがジョリジョリしてそうな顎に手をあてて考え込んだ。
「じゃあ今晩うち泊まるか?」
「いいんですか!?是非!」
ゆっくり話を聞きながら覚えた手順を書き留めたかったから、一晩も貰えるなんて嬉しすぎる。
「あ、でも、トステさんが晩御飯を作ってしまうかもしれないので連絡をしないと……。」
トムさんが笑いながら、電話のような形をしたものを持ってきた。
「連絡器だ。音声が届けられる。」
本当に魔法が電気と置き換わってる感じなんだな。
「無さそうですが、魔素がこの町から枯渇したらかなり大変になるのではないですか?」
「あー。まあな。だから緊急倉庫が町の中央にある。
トステさんが建ててくれたんだ。魔素が完全になくなった時だけ開く。
中にカラクリや時止め封印がされた保存食がたんまり入ってて、魔素が戻るまでしのげるようになってる。」
「た、たべもの?!いつ開くかわからないのに!?」
「魔素がある限り時が止まってるから大丈夫だ。
緊急倉庫が開いた時に皆で分けあって食べる。」
なるほど……。
「トステさんって本当にすごい人ですね。」
「あの人も異世界人だからな。エルフってやつらしいけど。」
確かに耳が長い。異世界のエルフだったのか。
「獣人のルナも、あとアンヌちゃんもな。
アンヌちゃんは人の筈だけど全然年とらねぇな。」
トステさんが魔法かけてそう……。
ある程度話しながら作業を進めていたら連絡器が光った。
「お、繋がったかい。トステさん。」
『なにー?』
「今晩こいつ貰って良いか?色々聞きたいことをゆっくりメモしたいらしいんだが、俺は祝日は狩りに出ちまうから。」
『えーーーーーーー?』
トステさんが何やら渋っている。何故だろう。
『仕方ないわねー。ルナを明日 狩りにいかせるから、むしろもっとゆっくり話しなよ。
翻訳魔法は強めにかけたけど、解除されたらまた連絡して。』
「お!ルナなら安心だな!よろしく!
ブラックウルフの毛皮と爪、多めに譲るよ。」
『やったー!愛してるわ、トム!』
会話を終えると、連絡器の光が静かに消えた。
トムさんが親指をグッと上げた。
お、同じジェスチャーなのは嬉しいな。
私もグッと親指をあげて笑った。
「じゃあ、仕事おわりに荷物を取りに一度帰りますね。」
「ああ、晩めしは魚食堂でいいか?そこで待ち合わせよう。」
「お魚好きです!」
予定も決まり、いそいそと仕事を続けた。
この日はいつも以上にピカピカに掃除した。
2日あいてしまうから、気持ち良く戻れるようにしなくては。
トムさんがそれに気づき、たくさん誉めてくれた。
日が暮れ、魚食堂の
何だか日本食のお店みたいだ。
私の前に来た人がレシピを残したのだろうか?
トムさんは身体が大きいのですぐわかった。
大きな手をブンブン振って呼んでくれた。
「待ってる間に3日分の給料計算しておいたぜ!」
無骨に包まれた紙包みを渡された。
多いのか少ないのかわからないが、自分で稼いだお金がすごく嬉しかった。
字や数字が読めないのでごはんの注文も困っていたら、トムさんは「奢るから」とニコニコ笑ってお任せを頼んだ。
好みを聞かれたが、日本食っぽいのでどれも好みだと思う。が……
「生の卵だけ避けて貰えたら……あと、山葵みたいなのも苦手で。子供っぽくてすみません。」
「わさび?」
「あ、えーと。生の魚とかに添えるツーンとした鼻に来る辛いものです。」
「あー!ミドリクサか!」
この世界ではミドリクサと言うのか。
「生姜とか唐辛子……えーと、鼻に来ないのはむしろ好きです。」
「わかった。おーい!聞いてたろ。よろしくな!」
厨房から元気のいい返事が聞こえた。
仲良しなのかな?
予想通り、立派な日本食が並んだ。
何となく生き物の形が違うが、
白身魚と海老のようなものの天ぷら、
海老みたいな生き物は何故か尻尾から身体が二股に出ている。
身が多くて嬉しいが、どう泳いでいるんだ?
他にはあおさの味噌汁っぽいやつ、赤身と白身の刺身の盛りあわせ、炙った赤身魚のスライス、サラダ。
最初にいただいたスペインっぽいごはんも美味しかったが、こちらもすごく美味しい。
勿論トステさんの家庭料理もすごく美味しかった。
この調子ならラーメンや蕎麦まであるかもしれない。
麦みたいなプチプチしたお米だけ違和感があったが、他は完璧に日本の味だった。
夢中になってムシャムシャ食べていたら、トムさんが嬉しかったらしく、さらに根菜を細く切って一度揚げたものにピリ辛のソースをかけたものを頼んでくれた。
めちゃくちゃうまい。
「アンタ、酒は?」
「飲めるけど、飲んでも酔わないのでお茶が好きです。」
「強いのか?」
「いえ、少しでも酔うと水ばっか飲み始めてアルコールがすぐに抜けちゃうんです。」
ならば、と味見程度の小さなお酒を頼んでくれた。
おちょこが4つ……日本酒の味がする辛めのもの、何かの果実が沈んだ甘いもの、琥珀色の謎の酒、ワインのような何か。
私の口には甘いものと琥珀色のものが合うみたいだ。
トムさんはますます上機嫌になって琥珀色の酒を2つ注文した。
「酔うと家でもてなせねーからな。」
普段はもっとたくさん飲むのだろう。
気遣いが有難い。
すっかり夜になり、熱を持った頬を涼しい風が撫でる。
トムさんの家は想像通り、武骨な猟師の家だった。
魔石で灯りを灯し、簡単な毛布と布袋を貸してくれた。
「じゃあ。眠くなければ始めよう。このまま答えてやるよ。」
トムさんに甘えて、紙を取りだし、仕事のことを確認した。
図をかいて、字を添えて。
「なんだその字。それがお前の言葉か。」
「はい。音声は魔法で翻訳されてますが、字はそのままみたいですね。」
「今度教えてくれよ。」
「私も、こちらのも字を書けるようになりたいです。」
二人の勉強会は長く続いたが、朝が早かったので夜更け前には終わり、私もトムさんも居間で寝こけた。
燻製のような匂いが心地よい。
魔石暖炉の近くに干し肉のようなものがあったから、きっと、それだろう。
微睡み、この世界に来て一番幸せな時間が過ぎた。
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