5日目

今日も目覚まし前に起きた。

顔を洗っていたらドンドンと小屋のドアを叩く音がした。


恐る恐る開けると、上機嫌のトステさんがそこにいた。

嬉しそうに私に手袋とナイフをくれた。

「これは?」

「ここは治安が良いから大丈夫だと思うけど、これで身を守れるわ!しかもあなたの体質を利用した作りで……このナイフで刺すと相手の魔素が一瞬で霧散して私レベルでも行動不能になるわ。」

それって、弱い人にやったら死にますよね。

「この手袋は魔素収集用よ。

あなたの霧散させた魔素をあなたに戻るように調節してる。

つまり、この手袋をしてこのナイフでやれば……。」

「私をどうしたいんですか。

トステさん自身も危なくなるアイテムを信用できない人に渡さないでください。」

トステさんは頭をかきながら笑顔で謝った。

「行動不能といっても、私やルナなら数秒くらいよ。アンヌは失神するわね。」

「危なすぎます。」

「魔水を汲みにいく時にこれがあれば獣に対抗できるわ。」

ナイフ……で?

私の運動神経のことは知らないんだな。

「とんでもないくらいどんくさいんです、私。」

ルナくんが不思議そうに見ている。

「ぼくとやってみてー!」

「死にますよ(私が)。」

言い終わる前にルナくんがタックルしてきて、見事に私は吹っ飛ばされた。

私は小屋の壁に激突し、床にたおれこんだ。

「腰痛……持ちなので、気を付けてくださ、い。」

トステさんが慌てて回復魔法をかけてくれた。


朝御飯を食べ、仕事に出掛けた。


魔水か。

多めに汲んできたら喜んで貰えるだろうか。




仕事場につくと、まずトムさんに昨日のお詫びを言った。

トムさんはあっさり笑って許してくれた。やさしい。

そして、昨日と同じく掃除から始めた。


トステさんから貰ったナイフと手袋の話をしたら、トムさんが一匹しめてほしい、と頼んできた。

魔素を抜かれてぐったりした黒い獣。

トムさんが指をさす場所にナイフを突き刺すと、獣は身体を軽く跳ねさせて息を引き取った。


安全で素早く済むし、私の身体に魔素も馴染むから一石二鳥だとトムさんが喜んだ。

その後、丁寧に捌き方を教えてくれた。

私はその日、黒い中型の獣の捌き方を覚えた。



片付けを終え、外に出ると夕方になっていた。


町の人たちが私を珍しげに見ている。

いや、少し陰口を言っている。

「今度の異世界人は大丈夫なの?」

「真っ先に殺しの仕事なんか選んで。」

「惨殺屋と仲良しみたいね。」

この町は治安が良いらしいので、多少首を突っ込んでも急に襲ったりはしないだろう。

念のため、手袋を片方だけはめてから近づいた。

「こんばんは。惨殺屋とは誰のことですか?」

「えっ。」

「トムさんのことですか?」

「……。ごめんなさい。」

陰口の主達は戸惑い、眉を下げて謝った。

聞こえるように言っておいて、不思議な人たちだ。

「なぜ謝るのですか?

トムさんだということなら、トムさんは惨殺しません。

少ない手順で命に感謝して捌いてます。」

目の前の人達は身体を震わせていた。

まあ、話しかけてくると思ってなかっただろうから怯えるのは仕方ないが、私の方が怖い。

知らない人に話しかけるのは苦手なのだ。ましてや、悪意を感じる人など―…恐ろしい。

喉の奥や顎が震え、それを必死に隠して平静を装った。

トムさんが悪く言われてるなら、黙っていられない。

「そんなつもりで言った訳じゃないのよ。」

「どんなつもりですか?惨殺という言葉は悪い意味だと思っていたのですが……違ったのですか?」

「な、なにこの子。変な子。」

また子供扱いされた。

「あなたの使った惨殺という言葉の意味が『そんなつもりじゃない』というので聞いたんですが。」

「悪口のつもりじゃなかったの!でも悪くとっちゃったならあやまるわ!ごめんなさい、これでいいわよね!」

その人たちは鼻息を荒くして近くの店に入ってしまった。

こんな優しい町にもこういう人は居るのだな。


優しく話してくれるトムさんやトステさんたちに改めて感謝しながら、まっすぐ家に帰った。



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