現世へ

「黄泉帰り」

 見知らぬ天井。とはこの事を言うのだろうか。

 あの彼岸の面接室から奈落に落ちてからの記憶はない。

 気がついたらベッドに横になっており、周りの機械が一定のリズムを刻んでいる。

 ここが病室だと気づくのにはそう時間はかからなかった。

「痛っ…」

 身体を起こそうとすると全身に痛みが走る。よく見ると色んなところにギプスやら包帯が巻かれていた。

「俺怪我してたんだな…」

 長らく彼岸では味わわなかった感覚だ。あそこでは痛みどころか疲労すら感じてなかった。

 久々に感じる痛みが、自分が現世に戻って来たことを実感させる。


「そりゃあそうじゃろ。お主あの時思いっきりぶつかってたからな。もう死んでもおかしくないくらい。」

「確かに…そうだった」

 そうだ。俺はいつもの帰り道で…。

 鮮明に思い出してきた。あの時赤信号で渡った交差点で、それに気づく前に轢かれたんだ。

「…で、お前誰だ」

 さっきから頭の周りを飛んでる小さなヤツに話しかける。

「な…っ、お前とは失礼な!しかもさっきあったばかりでもう忘れたのか!?」

「私にここまで小さな人の知り合いはいません。」

「お主さっき話しかけてきたじゃろ!『途中から入ってきたあなたは?』って!あたしのこの身から溢れ出る大物感にびびった感じで!」

 あれはビビったって言うより警戒して話しかけたんだが…。

 先程から目の前を飛んでいるやつはさっきの閻魔様だったらしい。確かに服装もこんな感じだったような気もするけど…。

「なんかちっちゃくなってマスコットみたい」

「かーっ!小さくなってもこの身から溢れ出る威厳がわからんとは!もっと敬え!」

 ちっちゃくなった足でげしげし蹴られている。蹴り自体はそこまで痛くないのだが、全身に響いて患部が…


「そうじゃ、お主の名前まだ聞いてなかったの?なんて言うんじゃ?」

 唐突に聞いてきた。さっきの履歴書だか死歴書の意味は…

「…正直喋るのも身体痛くなる。さっきの紙になかったのか?」

「そういえばそうじゃな、見てみるか」

 よっ、と言って何も無い空間から紙を引き出して来た。何それワームホールとか空間転送装置的な何か?

「さーてお主の名前、名前っと。…って」

 俺の名前を見たまま固まってしまった。

「…なんだ?なんか読めない漢字でもあったか?」

「ば、バカにするでない!このくらい読めるわ!えーっと…」

 また数秒待った後

「…イトじゃ!名前長いからイトと呼ぶ!」

「イト…」

 そんなあだ名で呼ばれたのは初めてだ。恐らくだがこの閻魔様のネーミングセンスは多少独特なものであることがわかった。

「じゃあ俺も、閻魔様のことこれからまーちゃんって呼ぶことにする」

「…は?お主ネーミングセンスないの〜。もうちょいマシなあだ名つけれんのか?」

 お前にだけは言われたくない。

「さて。挨拶も終わった事だし、これから研修期間の本番に入るとするか!」

「…いや待て、俺今こんな状態だそ?何かしようにもほとんど身体動かせないんだが」

 ギプスでガチガチの手足を見せつけながら言う。

「あ〜、そうじゃったな。じゃあ…ほい」

「?」

 まーちゃんが一瞬手を振ったと思った時、

「あれ?…え?動く?痛くない!」

 身体全体の怪我が完治していた。

「ふふん、我は生死を司る者じゃぞ?これくらい些細なことよ?」

 驚いた。目の前でこんなこと起こされたら、このマスコットが閻魔様だと嫌でも知覚してしまう。

「どうじゃ?すごいじゃろ?礼はないのか?礼は?」

「腹立つなこのマスコット(ありがとうございます)」

「お主思考と言葉が逆じゃぞ」

 思考まで読まれた…さすが閻魔様。

「それじゃあ早速、外に出て始めるとするか!」


「研修期間、開始じゃ!」

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