第19話「グラウィタス」

     


 一夜明け、私はステラと共に再びルキフェルさんの元に向かっていた。


「おお、来たね。リンクス」


 私が来たことを確認すると、ルキフェルさんは立派な二股に分かれている尻尾を揺らしている。


「はい、来ました」


「ちゃんと逃げないで来たのは感心だね。それにあんたたち覚悟を決めたようだね」


 ルキフェルさんは、ステラの左腕に身に付けている腕輪を見て、そう言葉にしている。


「はい、もうステラの手は離さないって決めましたから」


 そんな私の言葉に、隣に立っているステラは恥ずかしそうに頬を赤らめている。


「ほう、随分と生意気を言うじゃないか。なら、今日の試験は楽しみだね。それじゃあ、二人ともついてきな」


 ルキフェルさんは「よいしょ」と呟きながら立ち上がると、出口に向かって歩き始めているので、私もステラもそのあとに付いて行く。


 そうして連れてこられたのは一つのログハウス風の家だった。何となく、私のおばあちゃんの喫茶店を思わせるそんな造りの家だった。


「試験はここで行うよ」


 ルキフェルさんはそう言うと、鍵を取り出して開錠すると中へと入って行ってしまうので、私とステラも顔を見合わせると中へと入って行く。


 そして、私は驚愕してしまう。いや、私だけじゃない、隣に立つステラも驚きに目を見開いている。


 家の中は喫茶店『プハロス』と同じ内装だったからだった。


「えっ? これってどういうこと……!?」


「わたしに聞かれてもわからないよぉ~」


 私の言葉にステラも困惑気味と言った声を上げている。


「というか、ここって喫茶店だったんだ」


 私は率直な感想をこぼしてしまう。そもそもの問題として、ここが喫茶店だったとは露にも思っていなかったのだ。


 私がそんなことを思っていると、急に服の裾が引っ張られる感覚がする。


 私が何事かと思っていると、ステラがカウンター席の方を指さしていた。そして、その指さす方にはぽつりと一つだけ写真立てが置かれている。


 私が気になってその写真立てを取って見てみると、そこには一枚の写真が入れられていて、その写真には二人の人が写っていた。


片方はルキフェルさんで、もう一人は私と同じサファイア色の瞳を持つ人物だった……というか、この人物って……


「……私のおばあちゃんじゃん!」


 私は思わずその声を上げずにはいられず、頭の中では色々と渦巻いてしまう。


(えっ? なっなんでおばあちゃんが写ってるの!? もしかして、この村に来たことがあるの? というか、そんなこと一つも言ってなかったじゃない……えっ? 本当にどういうこと?)


 私が錯乱に近い状態になっていると、近くに立っていたルキフェルさんがくつくつととても愉快そうに笑っている。


「リンクス、お前はあのアルファルドの孫だろ。見た瞬間、すぐに気づいたよ。あのアルファルドの孫だってことは」


「どっどうしておばあちゃんの写真がここに? というか、おばあちゃんと一緒に写ってるのって、ルキフェルさんですよね? どうしてルキフェルさんとおばあちゃんが一緒に写っているんですか?」


 私は気になってしまったことを一気にまくし立ててしまう。


 そんな私の反応に、ルキフェルさんは愉快そうに笑っている。


「そんなの決まってるわな。あんたのおばあちゃんもこの村に来て、試験を受けて合格したのさ。それで、ここで数年間喫茶店を開いていたのさ」


「ええ!? おばあちゃんそんなこと一言言ってなかったのに!?」


「そりゃあ、アルファルドには契約で結んでいるからね。この村のことは他言厳禁と。だから、アルファルドは私たちの約束を守ったんだよ」


「そうだったんですか……」


(まさか、おばあちゃんもこの村に来たことがあったなんて、夢にも思わなかった)


 そう話しながら昔の写真を眺めるルキフェルさんは、その瞳には慈しみがこもっているようにも見えた。


「さてと、そろそろ試験を始めるよ」


 ルキフェルさんの言葉に、私は「はい!」と頷きで答える。


「それじゃあ、試験内容は簡単だ」


 ルキフェルさんは一度、カウンターを撫でるように触るとこちらに向き直る。


 私はその射抜くような視線に身構えてしまう。


「あんたの最高の一杯を淹れてもらおうか」


 身構えてた割には、まさかの試験内容に私は拍子抜けしてしまう。もっと他のことをやらされると思っていたので驚いてしまったのだ。


「私の最高の一杯ですか」


「そうさ。あんただってバリスタだったんだろ。だったら、あんたの本気をその一杯で見せてみな」


 ルキフェルさんの視線を受け、私も背筋を伸ばした。


「一つ聞いてもいいですか?」


「なんだい?」


 鋭いルキフェルさんの視線に、私は一瞬たじろいでしまうが、それでも気になっていることを口にした。


「どうして試験内容がコーヒーを淹れることなんですか? コーヒーを淹れるだけで信頼を得られるなんてとても思えないんですけど」


 私のその言葉にルキフェルさんは心底心外だという表情を浮かべている。


「そうでもないさ。料理には作った人の人柄が乗ってくるものだと思っているし、試験には持って来いなのさ。それに料理と言ったがそれはコーヒーでも例外ではない。アルファルドが証明してみせたからね。だから、あんたはとっととコーヒーを淹れてみな」


「はっはい!」


 私は急かされるように用意されてあったエプロンを身に付けると、厨房に立つ。


 私は深呼吸を一つして気持ちを落ち着かせると、コーヒーを淹れる準備を進めていく。


(ドリップポットとかもていねいに磨かれているってことは、誰かがちゃんと管理してくれていたってことだよね。考えてみれば店内も放置されていたとは思えないほど綺麗だし)


 私は道具を用意しながら改めてここはおばあちゃんの喫茶店であることを強く実感していた。


 使う道具の一つ一つが、『プハロス』で使われていた物とまったく同じものだったからだ。


(うん、これならいつも通り淹れられそうだね)


 まずは道具の問題はクリアというところだろう。問題はコーヒー豆の方なのだが、こちらもルキフェルさんが用意してくれていたみたいで何とか大丈夫そうだ。


 私の隣ではステラが優しく私のことを見守っている。ステラのルビー色の赤眼は私の合格を疑っていないようなそんな色が宿っていた。


(よし、始めよう)


 私はコーヒー豆をコーヒーミルに入れるとそれを挽いて粉にしていく。


(大丈夫、いつも通りに淹れれば問題ないはず)


 コーヒー豆はもともと焙煎してあるタイプのものだったので、焙煎する手間が省けたので有り難い限りだ。


 コーヒー豆を挽き終わったら、いつも通りの手順でコーヒーを淹れていく。


 そして、目の前には淹れ終わったコーヒーがあり、私はカウンター席に座り待っているルキフェルさんの元へと持って行く。


「お待たせしました。こっちらホットコーヒーになります」


 私はまだ湯気が立っているコーヒーカップをルキフェルさんの前に置いた。


「これがいまの私の全力です」


「そうかい、それじゃあ審査させてもらおうか」


 ルキフェルさんがそう言葉にして、コーヒーの審査を始めようとすると、ルキフェルさんの目の前に一枚の皿が置かれ、その上にはシンプルなミックスサンドが載せられている。


「ステラ、これはどういうつもりだい?」


 ステラが作ったサンドウィッチだということは私もすぐに理解したが、いつの間に作っていたのかとか、どうして作ったのかとか色々な疑問が頭を駆け巡ってしまう。


「リンクちゃんのコーヒーをさらに最高にするためのアシストです。わたしもリンクちゃんと同じで、もうリンクちゃんが伸ばしてくれた手を離さないって決めたから。だから、わたしに出来ることは料理だから。料理で助けてあげたいと思ったんです」


 ステラはどこまでも真剣だった。ルビー色の瞳には確かな決意を宿しルキフェルさんのことを見ている。


 そんなステラの瞳の力強さにやられたのか、ルキフェルさんは「好きにしな」と言葉を返している。


「さてと試験に戻るよ」


 ルキフェルさんの言葉に私は静かに頷くと、ルキフェルさんの反応を待っている。


 いつの間にかステラが隣に来ていて私の手を握ってくるので、私もぎゅっと握り返す。


(なんか、前にもこんなことあったなぁ~)


 あれはおばあちゃんの再試験を受けている時だった。あの時もこうしてステラと一緒に結果を告げられるのを待っていた。


 そんなことを思い出していると、ルキフェルさんはコーヒーの香りを確認した後、コーヒーを口にしている。


 そして、ふむと言葉をこぼしてサンドウィッチを食べ、またコーヒーを飲んでいる。


「なるほど」


 ルキフェルさんは何度か頷くと、こちらに向き直る。


「なるほどね。リンクスにステラは二人なりの『魔法の料理』を見つけたんだね」


「うん、見つけたよ」


「『魔法の料理?』」


 肯定するステラに対して、私は首を傾げてしまう。何度かステラの口から洩れて聞いたことがあったが、本質的には理解していなかったのだ。


「『魔法の料理』は、その人にとって特別な料理のことを『魔法の料理』とこの村では呼んでるんだよ。だから、その料理には人によって様々だ。ただのおにぎりがそうだという人もいれば、サンドウィッチがそうだという人もいる」


 ルキフェルさんの言葉に、私は初めてステラに会った日のことを思い出していた。あの時、ステラはシリアルを食べて何事かと呟いていた。あの時のステラはもしかしたら魔法の料理と呟いていたのかもしれないと、いまなら私は思ってしまう。


「つまり何が言いたいかと言うと、この試験では『魔法の料理』を作り出せるかも見ていた。そして、あんたたちは見事にそれに合格した」


 ルキフェルさんはそこで一度、言葉を切ると不敵な笑みを浮かべた。


「ようこそ、『ケフェウス』村へ。村はあんたを歓迎するよ、リンクス・アルファルド」


「はっはい! よろしくお願いします!」


 いきなり合格と言われ、戸惑ってしまう部分もあったが、私はルキフェルさんに一礼する。


「やったね、リンクちゃん!」


「うん、やったよステラ! ステラもサポートありがとう!」


「ううん! 気にしないでわたしが好きでやったことだから!」


「それでもありがとう。それとこれからも改めてお願いね」


「こちらこそお願いします!」


 私とステラは二人で笑い合うのだった。


 そんな私たちをルキフェルさんは優しく見守っていた。

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