第18話「オーロラボレアリスの誓い」
あれからステラが泣き止んだのを見計らって、私たちは冷えてしまった体を温めるために湯船に浸かっていた。
「えへへ、なんだかこうして改めて二人でお風呂に入ると恥ずかしいね」
そう話しながら頬を赤く染めているステラだが、きっと頬が赤いのはお湯に浸かっているせいだけではないだろう。
「そりゃあね、この歳になってから誰かと入ることなんてないし、さすがに女の子同士でも恥ずかしいでしょ。それに誰かと入るなんて初めてだし……」
「えへへ、そうなんだ。それじゃあ、わたしがリンクちゃんの初めてもらっちゃったんだ。嬉しいなぁ~」
「ぶっ!?」
そのステラの発言に私は思わず吹き出してしまう。なかなかに際どい発言だったからだ。
当の本人は気が付いていないのか、とろけるような笑顔を浮かべている。
そのステラの表情を見て、私は伝えるべきか悩んだか外でも同じような発言をされたら困るので、やんわりと伝えておく。
「ステラ、いまの発言はちょっと……」
「いまの発言……?」
私のその控えめすぎる指摘では気が付いていないのか、少しの間ぽかーんとしていたステラではあったが、しばらくして私の言わんとしていることを理解したのか、今度はのぼせているのではと心配になるぐらいに顔を真っ赤に染めながら、慌てて弁明している。
「ちっ! 違うよ! 別にそんな意味で言ったわけじゃなくてね!」
腕を振り回して、お湯をバシャバシャやりながら必死に弁明してくるステラの姿に、私はかわいいなっと思いながら、なんだか目の前の視界がぐにゃりと歪み、なんだか意識がぼうっとしてくる感覚に襲われる。
なんだか焦点も合っておらず、ますますステラの表情が見えなくなっていく。
(あれ? 私どうしたんだろう?)
そう思った瞬間、私は意識を手放していた。
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次に意識が浮上した時に最初に感じたのは、頭の下にある柔らかい感触と、癖になってしまうような女の子特有の甘い匂いだった。
その二つのコンボは極上で、意識が戻った私のことを微睡から覚まさせず、うだうだとさせてしまうが、不意に上から聞こえてきたくすくすと鈴の音が鳴るような笑い声で、私は意識を急浮上させた。
そして、私の最初の視界に映ったのは双丘で、その奥には愛おしそうにこちらを見ている綺麗なルビー色の双眸が見える。
「あれ? 私はどうして? というかこれって膝枕?」
私が混乱しながらステラに問いかけると、ステラは私の頭を優しく撫でながら説明してくれる。
「リンクちゃん、お風呂場でのぼせちゃって、急いでわたしの部屋に運んできたんです。それでお母さんにも手伝ってもらって、リンクちゃんに服を着せて、いまはわたしのお膝で休んでもらってたんだよ」
私はステラの説明になるほど道理で記憶がないわけだと思うと同時に、激しい羞恥心が襲ってくる。
それは初めてお邪魔したパートナーの家で、なんという醜態をさらしてしまったんだという後悔からくるものだった。
穴があったら入りたいとはまさにこのことを言うのだろう。あれ? 前にも同じことを思ったことがあるような?
私はそう思い出して、顔から火から出るほど恥ずかしい思いをしてしまう。
なんとか私はステラの膝から起き上がろうと思うが、ステラの膝枕の魔力が強すぎて、なかなか起き上がれないでいた。
それに加えステラが優しく頭を撫でててくれるので、それも気持ちよくてなおさら起き上がれなくなってしまう。
自分の矛盾している感情に戸惑ってしまうが、目の前にあるステラのルビー色の瞳が慈愛の色を含んでいて、まるでこの状態が許されているみたいで、私はその状況に甘えてしまう。
「リンクちゃん、気持ちいい」
「うん、とっても。癖になっちゃいそう」
「ふふ、なら癖になっても良いんだよ」
甘くとろけるような笑顔で言うステラの姿を見て、私は頬に熱が集まるのを感じて、そんな顔を見られたくなくて、ぷいっと顔を背けてしまうが、背けた先はステラのお腹で、ステラの甘い匂いが肺一杯に広がってなおさら恥ずかしくなってしまう。
私がどうしようもない感情を抱いていると、急にステラが「あっ!」と短く声をあげた。
「どうかしたの? ステラ」
「うん、実はリンクちゃんに見せたいものがあったことを思い出したんだ」
「見せたいもの?」
私は急なステラのその発言に首を傾げてしまう。
「少し外に出ることになっちゃうんだけど大丈夫かな?」
「うん、それは全然大丈夫だけど……」
「それじゃあ、身支度したら出かけよう!」
笑顔でそう告げるステラに、私はまだ少しだけ戸惑いながらも頷くのだった。
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身支度と言っても大層なことはしておらず、精々髪の毛を乾かして、緩く髪の毛をまとめ、寒くないように上着を羽織っただけだった。
それから手にはランプを持って、ステラの先導のもと道なりに歩いて行く。
「ねえ、ステラどこに行くの?」
「う~んと、それは行ってからのお楽しみで。とは言ってももう広がってはいるんだけどね……」
私はその言葉の真意に気づかず、不思議に思いながらもステラのあとをついて行く。はぐれないようにステラの手を握りながら。
しばらくの間と言っても、そんなには歩いていないが、私たちは少しだけ高い丘の上へとたどり着いていた。
「リンクちゃん、見て」
「うわぁ~」
ステラが指さした方に視線を向けて、そこに広がっている光景を見た瞬間、私は感嘆の声を上げてしまう。
空には大きなカーテンが架かっていた。
「オーロラだ」
私は無意識のうちに、それを表す自然現象の名を呟いていた。
「わたしの村ではオーロラボレアリスって呼ばれてるんだよ」
隣に立つステラが嬉しそうに教えてくれる。
オーロラ。
それは天体の極域近辺に見られる大気の発光現象だと言われていて、私も人生で一度は見てみたいと思っていた現象だった。
写真では幾度となく見たことがあったオーロラではあったが、こうして自分の目で見るオーロラは圧巻で、そのスケールの大きさに圧倒されてしまう。
「私、オーロラなんて初めて見た」
「ふふ、そうなんだ。わたしの村ではよく見られるから、リンクちゃんが家でオーロラの写真を見ている時から、一度は見せてあげたいなって思ってたんだ。まさか、本当に見せられるとは思ってなかったからよかったよぉ~」
隣で嬉しそうに話しているステラの声を聞きながら、私は目の前の現象に視線を釘付けにされていた。
写真で見ていたオーロラはきっと神秘的なんだろうなと考えていたが、生で見るとなおのこと神秘的だと感じてしまう。
私は無意識の中で、空に浮かぶオーロラに向かって手を伸ばしていた。
当然のことながら、私の手は虚しく空を切るだけだった。
そんな私は自分のその行動に恥ずかしくなって、私は何とか誤魔化そうとするが、その前にステラに気付かれ、私が伸ばした手を握られてしまう。
「リンクちゃん、オーロラ綺麗だね」
「うん、とっても綺麗だと思う」
オーロラに視線を奪われて、私は動きが取れなくなってしまうほどだった。そのぐらいにオーロラには魅力が込められている。
そんな景色に魅入られて動けなくなってしまった私を、ステラは優しく見守ってくれている。
「リンクちゃん、そろそろ風邪引いちゃうから帰ろっか」
どれぐらいそうしていたんだろうか?
「ほら、リンクちゃんの手、とっても冷たくなってるよ」
「ああ、うん。そうだね、そろそろ戻らないとだね」
「ん? リンクちゃんどうかしたの?」
(渡すならいまだよね)
戸惑っているステラをよそに、私は自分の中で決意を固めていた。
「リンクちゃん?」
どれぐらいそうしていたかはわからないけど、もう一度、ステラが困惑したように私の名前を呼んでいる。
そんなステラの声に、私はうじうじ悩んでる場合じゃないなっと考え直して閉じていた口を開いた。
「ステラに話したいことがあるの」
「わたしに……?」
突然の私の切り出しに、ステラのルビー色の瞳には困惑や驚きが混ざったような色が浮かんでいる。
私はそんなステラの反応に、小さく笑みをこぼしながら話を続けていく。
「ステラが出て行ったあの日、実は私ね、ステラのプレゼントを買いに行ってたんだよね。普段から色々とやってくれているステラに何かお礼がしたくて、なによりもステラが少しでも元気になってくれればいいなと思ってさ。そして、帰ってみたらステラはいなくなってて、その代わりなのか手紙だけが置かれててさ」
「ごっごめんなさい!」
言葉と共に、耳と尻尾をしゅんとさせるステラの姿に、私はステラらしいと思いながら、「別に責めてるわけじゃないよ」と言って、言葉を続けていく。
「あの時は純粋に驚いたし、どうしてこんなことになっちゃったんだろうって考えた。だけど、全然良い答えなんて見つからなくて。数日はステラがいない事実を受け入れられなくて」
自嘲気味に語る私の言葉を、ステラはただ黙って聞いてくれるので私もそれに甘えて話を再開させる。
「そしたら、おばあちゃんに活を入れられてさ。それでやっと気が付いたし、プレゼントを買った意味も思い出したんだ」
私はそう言いながら隠し持っていた物を取り出した。
それはアカシアの花があしらわれたブレスレットだった。
私が取り出した物を見た瞬間、ステラのルビー色の瞳は完全に驚愕の一色に染まりあがっている。
「りっ……リンクちゃん……それ……っ!?」
私はいたずらが成功したみたいに微笑むと頷く。
「確かにステラにお礼の意味もあったけど、ステラが出て行ったことを知ってさ、私はステラにずっとそばにいて欲しがったんだって気が付いたんだ。ステラの手をもう離したくないってさ。だからさ、これを受け取って欲しいなって……」
最後まで噛まずに言えたのはいいけど、最後の最後で恥ずかしくなってしまい、顔を背けてしまう。
驚きで固まってしまっているのか、ステラからの返事はなく、ステラの口からはただただ吐息がこぼれている。
私も私でいっぱいいっぱいになってしまっていて、何も言葉にすることが出来ずに、私たちの間には沈黙が降りていた。しかし、そんな沈黙を破ったのはステラの方だった。
「リンクちゃん、ブレスレットを贈る意味を知ってるの?」
ステラにそう問いかけられ、私は頷いた。
「知ってるよ。この『ケフェウス』の村ではブレスレットは婚約の約束として使われて、ブレスレットをしている女性は婚約されたということになる。私たちの街で言うところの婚約指輪と同じ意味だってことだよね」
私がそのことを知ったのは本当に偶然だった。このブレスレットを買ったお店の店員さんがたまたま獣人族の店員さんで、その店員さんがたまたま『ケフェウス』の村出身だったので、その話を聞くことが出来たのだ。
「だからさ、ステラ。私はちゃんと意味を知っていて渡してるんだよ」
私のその言葉に、ステラは両目いっぱいに涙を溜めている。
「わたし……わたしはめんどくさい女で……重い女で……獣人族で……リンクちゃんにいっぱい迷惑をかけちゃうそんな悪い子なんだよ。それでもリンクちゃんはこれをくれるの?」
「もちろん。それにいまステラは自分の悪いところばっかり言ったけど、ステラはそんなマイナスの所なんて気にならないぐらいに、素敵な女性だと私は思ってるよ。笑顔が可愛いし、料理は幸せの味がするし、家事が全般的に得意だし、気遣いが出来るしさ。他にも色々、ステラの魅力はあるんだよ。だから、そんなに卑下する必要なんてどこにもないんだよ」
私が笑顔で伝えると、ステラはとうとう泣き出してしまう。しかし、泣いていても何度も首を縦に振っているので、私はそのステラの反応を了承と取り、ステラの左腕にそのブレスレットを付ける。
そして、そんなステラのことを抱き寄せていた。もう二度と離さないという想いを込めて。
そんな私たちのことを、オーロラの光が優しく包んでいた。
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