第17話「もうきっと大丈夫」
シャカシャカ、シャカシャカ。
(今日は本当に色んなことが起きた一日だったなぁ~)
私は頭を洗いながら、今日のことを振り返りそう思わずにはいられない。
(まさか、こんなことになるなんて夢にも思わなかったなぁ~)
いま私はルキフェルさんの許可と、ステラの厚意によってステラの家に招かれお風呂に入っているところだった。
「でも、とにもかくにも明日が重要だってことだよね」
私はルキフェルさんから言われたことを思い出して、身が引き締まる思いだった。
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「私は……私はステラと一緒にいることを選びます!」
それが私の出した答えで実に単純で簡単なものだった。
それに一度手を繋いでしまったのだ。それを手放すなんてことは考えられない。
「そうかい。それがリンクスの答えなんだね」
「はい。いくら考えても私一人で喫茶店を営業していくことなんて考えられませんでしたから」
「そうかい、そうかい。なら、私もこの村の村長としてリンクスを試さないとならないね」
「私を試す?」
「ああ、そうさ。リンクスが本当に信用に値する人間なのかを見定めないといけない。じゃなきゃ、ステラのことも預けることは出来ないからね」
「私はどうすれば信用してもらえるようになるんでしょうか?」
私はそう聞き返さずにはいられない。
そんな私を見て、ルキフェルさんは実に面白そうに言葉を続けている。
「そうだね、それじゃあ課題は明日のお楽しみってことにしておこうか」
「明日のお楽しみ……ですか……」
「ああ、そうさ。その方が面白いし、リンクスの本当の実力を試せるだろうよ」
ルキフェルさんはそう言うと豪快に笑っている。
私はその姿を見て、引き攣った笑みを浮かべることしか出来なかった。
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(本当に明日は何をさせられるんだろう?)
私はルキフェルさんの言葉を思い出して、思わず身震いしてしまう。
それに明日の課題の結果次第で、ステラとの関係が決まってしまうのだ。絶対に不合格になるわけにはいかない。
(絶対に信用してもらえるようにならないと)
私はそう思いながら、髪の毛についているシャンプーを洗い落としていく。洗い落とされていく泡のように、不安も一緒に洗い流されてくれればとも私は思わなくはないが、さすがにそんなことはなく不安は私の胸に居座り続けていた。
私はシャンプーを流し終えると、パチンと両頬を叩いて気合いを入れ直す。
(いまからこんなに弱気になってちゃダメだ!)
私は弱気な心に活を入れると、取り合えず体を洗おうと思い、行動しようとすると、いきなりがらがらがらという音が鳴り響き、その次にぺちぺちという音が室内に鳴り響いた。
私がなんだろうと後ろに振り向けば、その瞬間、私は固まってしまう。
なぜならそこには裸のステラの姿があったからだった。いや、裸というと語弊があるがしかし、体にはタオル一枚しか纏っていないので、やはり裸と形容しても近しい状態であることは間違いではなかった。
「すっステラ!?」
私は動揺も隠せないまま、ステラの名を呼んだ。言外にどうしてお風呂場に入って来たのかという意味を込めて。
私の動揺を知ってか知らずか、当の本人はあっけらかんと、「リンクちゃんの背中を流そうかと思って」と、小首を傾げながら呟いている始末である。
確かに女の子同士であるならば、こうして一緒にお風呂に入ることはあるだろうが、私の視線は否応なしにもステラの体へと吸い寄せられてしまう。
女の私ですら美しいと思ってしまうほどの肢体が目の前にはあった。
ステラは意外と着やせするタイプなのか、裸で見ると出るところは程よく出て、引っ込むところは引っ込んでいるというまさに理想的な体型をしていて、なによりも目を引くのが、きめ細かく滑らかな肌である。
染み一つないそのきめ細かな肌は、同性である私でも吸い寄せられてしまうほどの魅力を秘めている。
それにただでさえ、それほどの魅力を秘めているというのに、いまステラの姿はタオル一枚で、なおかつお風呂場ということもあり、白い肌がお湯の熱気で上気して赤くなっていて、なんとも言えない色香をまとっていて、見ているこっちはのぼせてしまいそうだった。
そんな私が何も言えないでいると、ステラはそんな私の無言を了承と取ったのか、嬉々とした感じでタオルに石鹸をつけて泡立て始めている。
(あっ、これ一歩も引かないやつだ)
こうなると案外頑固な性格をステラはしているので、何を言ったとしても背中を洗われることは間違いないのでおとなしく背中を洗われることにする。
ゴシゴシ。
弱すぎてくすぐったいと思ってしまうほどの力加減で、ステラはていねいに背中を洗ってくれている。
「リンクちゃん、どうですか? 気持ちいいですか?」
「えっ、うん。気持ちいいよ。ちょっとくすぐったいけどね」
私が素直に答えると、ステラが慌てたように「ごめんね、リンクちゃん!」と言って力加減を調節している。すると、今度こそちょうど良い力加減になったので、私はステラに身を任せるのだった。
「ごめんね、リンクちゃん」
ステラが突然謝罪の言葉を口にしたのは、背中を洗い終わって石鹸を流したあとだった。
私が疑問に思う間もなく、今度は背中にピタッと何かが張り付く感じがする。それと同時に、私のお腹にステラの細い腕が回って来てぎゅっと抱きしめられる。
ステラのその行動で、私の背中に当たっている感触がステラの額だということを認識する。
私はお腹に回ったステラの手に自分の手を添えながら、ステラに聞き返す。
「ステラ、いきなりどうしたの?」
「わたしのせいで……わたしのせいで……リンクちゃんに色々迷惑をかけちゃった」
ステラはそう話すと、我慢していたものをすべて出すかのように、すすり泣きながら必死に言葉にしている。
「そんなわたし自身が情けなくて……リンクちゃんに申し訳なくて……。それに……勝手に出て行ったのに……こうしてリンクちゃんが迎えに来てくれたことが本当に嬉しくて……。でも、あんなに迷惑かけたのに……こんなこと思っていいのかもわからなくて……」
きっとステラは噂が出たと聞いた時からずっと悩んでいたんだと思う。もともとあの街はいくら獣人族に優しいとはいえやはり人間族の街で、獣人族はどうしたって余所者になってしまう。
その事実がなおさらステラのことを傷つけたのだろう。人間族と獣人族の間には絶対的に埋められない溝があることに。
「本当はわたし、お母さんにも村長さんにも人間族の村に行くことは反対されてたんです。だけど、自分の目で見てみたかったんです。自分の知らない世界を。だけど、わたしのわがままのせいで結局リンクちゃんには迷惑をかけちゃって……、わたし自分がゆるせ「ステラ!」」
私はステラが言い終わる前に、ステラのことを強めに呼んで言葉を遮ると、お腹に回っているステラの腕を緩めるとくるっと回りステラと正面から向き直る。
やはり、ステラの綺麗なルビー色の瞳は涙で濡れている。
「ステラのばか」
そんなステラの表情を見て、私は思わずそう言葉をこぼしてしまう。
突然、私に罵られたステラは最初は呆けていたが、言葉を咀嚼し終えると「ばっばかじゃないもん!」と慌てて言い返してくる。
「いいや、ステラはばかだよ。しかも大ばか。だってさ、私はこれっぽちも迷惑だなんて思っていないのにさ、自分を悪者みたいに言ってるんだもん。だからばかだよ」
「ほえっ」
私の言葉にステラはさらに呆けた声をあげている。
そんなステラの反応がおかしくて、私はくすくすと笑みをこぼしてしまう。それに対して、ステラが不満そうに頬を膨らませているので、私はステラの機嫌が完全に悪くなる前に言葉を続けていく。
「だってさ、私は全然迷惑だなんて思ってなかったよ。むしろ、ステラの料理のことをばかにされたことが許せなくて、どうやったら見返せるかなってことばかり考えてたよ。経営者として従業員のリスク管理を怠ったんだから、どこかで絶対に挽回しないとステラに申し開きが出来ないなってさ。なのに……なのにも関わらず、ステラは何も言わずに、私に何も相談してくれないで勝手に出で行っちゃうんだもん! ステラはちっとも悪くないのにさ」
ステラは私の言葉に再び泣き出しそうな表情を浮かべると、緩く首を振って「そんなことない」と呟いている。
「どうしてリンクちゃんはそんなこと言えるのさ。わたしは獣人族なんだよ! 獣人族に優しくしたってなんの利益もなくて、むしろ、わたしたちと付き合っていたらマイナスなんだよ! なのにどうして!?」
両目に涙をいっぱいに溜めながら思いの丈を話すステラの姿に、私はこんなに取り乱すステラを初めて見たなっと思いながらも、ステラの固まってしまった心を解すために、そっと抱き寄せる。
「ステラはさ、色々とごちゃごちゃと難しいこと考えすぎなんだよ。確かにあんな心無いことを噂にされたり、やられたりしたらふさぎ込んじゃうのもわかるよ。私がやられたら絶対に同じことをやると思うし。だから、ステラの今回の行動をすべて責めるつもりはないし、何も私からは言うことはないよ。ただ一つ言えることがあるとすればさ、ただ一緒にいたいって気持ちだけじゃダメなのかなってことだけかな」
そうだ。私の気持ちは本当に簡単だった。だってその気持ちはただ一つだけだったのだから。
私はステラに追い打ちをかけるように問いかける。
「ステラは違うの?」
私の少し意地悪な質問にステラは、ふるふると思いっきり首を横に振っている。
「違くない、違くないよ。わたしもリンクちゃんとただ一緒にいたい」
泣きながら、それでも何とか笑顔を作ってとても情けない顔になりながらそう言葉をこぼすステラのことを、私はもう離さないと伝えるかのように今度こそぎゅっと抱きしめる。
「ならそれでいいじゃない」
私の言葉に、ステラは何度もうん、うんと頷いているので、私はそんなステラが泣き止むまでずっと頭を撫で続けていた。
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