第16話「アカシア」
「もう一度聞く、どうしてお前はここに来た?」
私は『ケフェウス』の村の入り口で憲兵の役割を担っているであろう人に止められ、私はそのまま留置所のような場所に連れてこられて、事情聴取を受けているところだった。
「だから、何度も言ってるでしょ! 私はただステラに会いに来ただけなんだって!」
「だからこっちも何度もさっきから言ってるだろ。その言葉を信用するわけにいかないって! そもそもどうして人間族と関係を持っていない『ケフェウス(ここに)』に、人間族であるお前が来る必要がある? それにステラを探しに来たって言っていたが、ステラとはどこで知り合った?」
「だから、ステラとは私が経営している喫茶店で2カ月間一緒に働いてくれてたんだって! それに一緒に暮らしてもいたし!」
私のその言葉に、聴取を担当している獣人族は怪訝そうな表情を浮かべている。
「にわかに信じられんな。そもそも獣人族と人間族が一緒に暮らしているなんて、あり得んことなのだ」
「信じられないも何も、事実していたんだから、信じてもらうほかないでしょ」
私も負けじと応戦するが、憲兵の怪訝そうな表情は晴れることがなかった。
「それに許可なくこの村に人間族が入ることは原則として禁じられている。もし破る者がいるのであれば投獄する決まりとなっている。そう、いまの貴様のようにな」
「……っ!」
確かに憲兵の言っていることは間違ってはいない。
そもそもこの『ケフェウス』の村は、閉鎖的な村であることはステラから聞いていたので知っていた。
そして、ここに来たとしても受け入れられるかすら怪しかったのだが、ここまで拒絶されるとは正直予想外である。
私がどうすればいいのかと頭を抱えたい気持ちでいると、急に目の前が騒がしくなる。
急に目の前がバタバタと慌しくなる。聴取室に新たな憲兵が入って来て、最初に事情聴取をしていた憲兵となにやら話すと、最初にいた憲兵が驚いた表情を見せるが、すぐさま元の表情に戻り私に告げる。
「お前はそこで大人しく待っていろ」
憲兵はそれだけ告げると、二人して聴取室を出て行く。
(いきなりどうしたんだろう?)
私がそう思っていると、外から少しだけ騒がしくなるような声が聞こえてきたかと思うと、再びガチャリと扉が開き、今度入ってきたのは先ほどまで聴取を取っていた憲兵ではなく、初老を迎えたと思われる獣人族の女性と、私が会いたかった人物だった。
「ステラ!」
ステラの姿を見た瞬間、私はやっと会えたとの思いで感極まり、ステラの名を呼んでしまう。
ステラはステラで私の姿を見た途端、まるで幻影を見たかのようなリアクションを取ったあと、「……リンクちゃん」と小さく呟いている。
とりあえず、ステラが元気そうで良かったっと私がそっと肩を撫で下ろしていると、私の目の前には初老の獣人族の女性が座る。
「やあ、初めまして。私はこの村の村長を任されているルキフェル・フォークタイっていう者だ。君がここにいるステラがお世話になった人間族の少女だね。名前はなんて言うんだい?」
「リンクス・アルファルドです」
「アルファルド……そうかい。リンクスって言うのか。なら、リンクス。あんたはこの村の掟を知っているかい?」
『ケフェウス』村の村長であるルキフェルさんの言葉に、私は素直に「知りません」と言葉を返す。
「だろうね。なら説明するけど、この『ケフェウス』の村は部外者の立ち入りを原則として禁止している。そして、この村に許可なく入って来た者は例外なく投獄することに決めているんだ。だから、リンクスあんたも例外なくね」
「それはどうしてですか?」
私は思わずそう聞き返してしまう。あんまりにも強い処置に対して疑問に思ったからだった。
「リンクス、あんたは獣人狩りを聞いたことがあるかい?」
「確か人間族が獣人族の女性や子どもたちを捕まえて奴隷にして売り飛ばしたって言う話ですよね」
「ああ、そうだ。そして、それは私たち一族も例外じゃなく、その対象にされた。もう何十年も前の話だけどね。それ以来、この村は余所者を受け入れなくなった」
「……っ」
ルキフェルさんの話を聞いて私は小さく息を呑んでしまう。
「だから、この村に部外者が来た場合は、こうして牢屋に投獄して、信用できるものは解放して帰ってもらうが、もし獣人狩りを行おうとしたり、不埒なことを行おうものならここで一生を終えてもらうことになる」
まあ、当然の処置だろうとも私は思ってしまう。
自分たちの命が脅かされそうになっているのだ。そういう処置を取るのは仕方がないことだろう。
「それで、だ。リンクスがステラの心に決めた相手だろ」
ルキフェルさんのその断定するかのような口調に、私もステラも吹き出してしまう。
「ちょっ! どいうこと!?」
「村長さん! 何を言ってるんですか!」
私とステラの動揺も気にする様子もなく、ルキフェルは話を進めていく。
「なら、リンクス。あんたには二つの選択肢がある」
「ふっ……二つの選択肢ですか?」
動揺も回復しないままに話を進められてしまい、私は立て直す暇もなくルキフェルさんの勢いに私は徐々に飲まれていく感じがする。
「そうだ。原則として私たちの村では人間族を信用していない。だから、いくらステラが心に決めた相手だろうが、人間族であれば認めることは出来ないし、村の者も納得はしないだろう。だけど、ステラだってそれはわかっている。だからこそ、自分の気持ちに蓋をしたわけだろうしね。だが、かと言って人間族が暮らす街では上手くいかなかったから、こうしてステラはこの村に戻ってきたってことだ。だからこそ、リンクスが選べるのは二つに一つだよ」
「それは……?」
「私も含めた村人たちを納得させるか、ステラを諦めて何もなかったかのように帰るかの二つだよ。安心しな、リンクスの話はステラから聞いている。村人を救ってくれた恩人に、投獄なんてことはしないさ。まあ、身元がわからずこんなところに連れてきたことは謝罪するよ。すまなかったね」
頭を下げるルキフェルさんに、私は慌てて言葉を返す。
「ああ、いえ気にしないでください」
「それでリンクスはどうしたい?」
探るような試すような意志の強そうな琥珀色の瞳に見つめられて、私は言葉に詰まってしまう。
(どっちにするってそんなの決まってる! そもそも私はそのためにここに来たのだから!)
私はそう思ってすぐさま答えを返そうとするが、ステラが心配そうにこちらを見ていることに気が付き答えが詰まった。
(どうしてステラはこちらを心配そうに見ているの? いや、心配というより申し訳ないという罪悪感かな?)
そこまで考えて私はとあることに気が付いた。
それは私がステラのことを選べば、『カシオペヤ』にあるおばあちゃんから受け継いだ喫茶店『プハロス』を捨てることになるという事実だった。
(ステラが『カシオペヤ』でどんな目にあったかを事情を知っているルキフェルさんのことだ。村人を大切にしているというのなら、もう二度と人間族が暮らす場所へは向かわせないだろう。人間族の忌避感が薄れていると言っても、まだ確実にその忌避感はしこりとして残っているはずだ)
私はそこでようやく、ルキフェルさんがこちらに向ける視線の意味を真に理解する。
要は私に問うているのだ。
ステラのために自分の大切なものを捨てる覚悟はあるのかと。
逆を返せば、それぐらいの覚悟がなければ信用することも出来ないということだろう。
その事実に到達した時、私はごくりと生唾を呑み込んでしまう。
正直な話、ここに来たのは衝動的なものだった。プラットホームで見たステラの表情が忘れられなくて、放っておいたらいけない気がしてここまで来た。
だから、そんなことを考えることが来るなんて露にまで思わなかった。
(おばあちゃんの喫茶店を継いで、営業していくことは私の小さい頃からの夢だった。いつもおばあちゃんの喫茶店に来る人は笑顔でコーヒーや料理を楽しんでいて、私はそんな空間が大好きだった。だからこそ、私もそんな空間づくりをしたいと思っていたのだ。それでこの2ヵ月、ステラと一緒に喫茶店の営業をして、そんな空間づくりを出来て本当に幸せだった。もしも、ここでステラを諦めれば、私はその空間に戻ることが出来る。幸せだと思えるあの空間に……ううん、違う。あの空間はステラがいるからこそ出来上がっていたんだ。ステラの料理と笑顔があって、私の淹れるコーヒーがある。それがあったからこそ、あの空間づくりをすることが出来たんだ。だったら、私が選ぶ選択肢は……)
私の中でまだ躊躇いはある。本当にこの選択肢でいいのかと。また独りよがりの考えではないのかと。
しかし、そんな私のそんな迷いを晴らすようなステラの信頼の眼差しと、家を出る前に言われたおばあちゃんの言葉を思い出す。
『リンク、あたしはあんたがどんな答えを出したとしても、否定はしないよ。だから、あんたの誇れる答えを出すんだよ』
そんな二人の気持ちに押されるように、私は口を開いていた。
「決めました。私の選ぶ答えはただ一つです」
「ほう……それじゃあ聞かせてもらおうか。リンクスの答えってやつを」
私の言葉を聞いた瞬間、ルキフェルさんのその探るような試すような視線の色は強くなるが、ここで怖気づいてはいられない。
先ほどまで信頼や不安、色んな感情がごった煮になったような瞳で私のことを見ていたステラの瞳も、不安の色が一気に強くなり不安そうにこちらを見ている。
私はそんなステラのことを安心させるかのように、ステラににっこりと笑いかけると真っ直ぐにルキフェルさんの視線を受け止める。
(プレッシャーがすごい。だけど、負けてはいられない)
私は深呼吸を一つして気持ちを落ち着かせると、いま一度覚悟を確かめてから口を開いた。
「私は……私はステラと一緒にいることを選びます!」
そうだ。答えは簡単だった。
自分の中で生まれた感情に嘘は付けないし、もう手を離さないと決めたのだから。
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