第12話「洗い落とせない小さな焦げ付き」
(う~ん、これでもないかな)
私は棚に並べられた商品を手に取って見て、首を傾げては棚に戻すという行為をかれこれ1時間以上も繰り返していた。
今日は定休日で、私はステラを家に残し一人で買い物へと出ていた。
この前に思いついたステラへ贈るプレゼントを買いに来たのだが、これといった物が見つからず、私は頭を悩ませてしまう。
そもそも今日ステラを連れてこなかった理由としては、こうしてステラへのプレゼントを選ぶところを見られたくなかったのが一つと、ステラの料理に対して良くない噂が街の中で広まっていると言われているので、ステラには効かせたくなくて、今回はステラには家で待ってもらっているというわけだった。
(現にステラを連れてこなくて良かったって、心底思うしね)
私は周りにいる人にバレないように、そっとため息を吐いてしまう。
実を言うと、このお店に来るまでにもちらほらとは、そう言った類の噂を耳にしていた。
その中には明らかにステラのことを悪者にしたものも含まれていて、やはりあの時、ビスタさんが話していたことはオブラートに包んだものだということが裏付けされてしまう結果になった。
ステラが何をしたっていうのかと私は思ってしまうが、それと同時にこの問題はそんな簡単な理由で埋まることはないとも理解しているので、何も出来ない自分自身に歯噛みしてしまう。
(せめて、せめて少しでもステラが元気になってくれればいいんだけど……)
私はそこまで考えて、首を横に振って邪推を外に追い出す。
(ううん、元気になってくれればじゃなくて、私がステラのことを元気にするんだ。いつももらってばっかりいるんだから、せめて返せるときに少しでも返さないと!)
私は気合いを入れ直すと、いまいたお店を出て次のお店へと向かうのだった。
***************************
ステラへのプレゼントを探し回ること数時間。
やっとの思いでステラへのプレゼントを見つけた私は、満身創痍といった感じで帰路についていた。
誰かにプレゼントを贈るなんて初めてのことだったので、何を贈ったらいいのかが全くわからず手こずってしまったが、そのかいあって割と良いものが買えたのではないかと思っている。
(あとはステラが喜んでくれればいいんだけど……)
ステラが喜んでくれなきゃどうしようという不安が頭をよぎるが、いまはその考えを頭の隅に追いやることにする。いまからそんなことばかり考えていては、私の身が持たない。主に精神的に。
私は邪推をやめて帰路を歩くスピードを上げるが、そんな私の耳に耳を疑いたくなるような客引きの声が聞こえてくる。
「これぞ元祖スイートポテト! そんな本来の味をご賞味あれ!」
(ちょっと待って! 元祖スイートポテトってどういうこと!? スイートポテトはステラの故郷『ケフェウス』の料理でしょ! なのに、なんで元祖スイートポテトなんて……まさか……ステラの料理の悪評を流したのはこのお店なの……?)
私は思わずその客引きの顔をまじまじと見てしまう。どこからどう見ても、その客引きは私と同じ人間族で、獣人族というわけではなかった。
(もしかして、中で料理しているのが獣人族なのかな?)
私が思考の渦に飲まれていると、その客引きが私の視線に気が付いたのか、にこにこと愛想笑いを浮かべてこちらに寄って来る。
「お客さんも、うちの自慢のスイートポテト食べていくかい?」
いかにも人好きするような笑みで誘いかけてくるが、私の中には嫌悪感しか生まれては来なかった。
(ふざけないで)
私は反射的にそう思ってしまうが、もしかしたらステラと同じ村出身の獣人族の人が作っているのかもしれないと思い直し、私は喉元まで出かかった言葉を呑み込むと、私は頷きその喫茶店へと入っていく。
その喫茶店『フィニス』の店内は、それなりに広く座席も八割がたが埋まっていて、繁盛していることがうかがえた。
私は席に着くなりスイートポテトとコーヒーを注文すると、厨房の方に視線を向ける。
そこには獣人族の姿はなく、私と同じ人間族が調理をしている。
(というより、ここのお店には獣人族が全くと言っていいほどいないのよね)
店内を見る限り、ここには獣人族の姿は店員、お客共に合わせても一人もおらず、店内にはどこか獣人族は断固拒否みたいな、人間至上主義のような空気を感じてしまう。
(この空気感、気のせいなら良いんだけど……)
私がそう願っていると、注文した商品が運ばれてくる。
そして、私は運ばれてきた商品を見て驚愕してしまう。
なぜなら、この喫茶店で出されている元祖スイートポテトは、ステラが作るスイートポテトとはとても似つかないものだったからだ。
ステラが作るスイートポテトは綺麗な楕円形に成形されているのに対して、ここのスイートポテトは形など成形されておらず、ただただお皿に乗っているだけだった。見た目だけ言うのであれば、スクランブルエッグに近かった。
(なにこれ!?)
それが率直な私の感想だった。
ステラのスイートポテトを知っている身としては、こんなのはスイートポテトじゃないと感じてしまう。
だけど、私もしっかりとは知っているわけではないので、そこまでのことは言えないが、それでもこれじゃない感の方が強いことは事実だった。
とりあえず私はコーヒーを飲んで気持ちを落ち着かせようとコーヒーを口にする。
コーヒーを口にした瞬間、私の口にはコーヒー特有の苦みが広がっていく。
(ちょっと苦味が強すぎな気がする。それにコーヒー豆を焙煎しすぎだね)
私はそんな感想を抱きながら、今度はスイートポテトを口に運ぶ。そして、今日何度目かわからない衝撃を受けてしまう。
「まっまずい……」
あまりこういった店内でこんなことを言ってしまってはいけないとは思っているのだが、それでもそう口にせざるを得なかった。
ステラのスイートポテトは舌触りは滑らかで、さつまいもの甘みが繊細に伝わってきて、幸せな気分になるのだが、それに対してここの喫茶店のスイートポテトは、舌触りはざらざらしているし、口の中には暴力的な甘さしか広がってきてはいなかった。
いかにもステラのスイートポテトを模倣したが失敗しましたと言った商品だった。
元祖と言っているが、絶対にこれが元祖とは言えないそんな出来だと私は思ってしまう。
それと同時に、こんなのステラに対しての冒涜だとも思ってしまう。
(ふざけてる)
私は席を立ち上がると、一口だけ手を付けた料理をそのままにして、お金を払ってその喫茶店をあとにするのだった。
***************************
予定よりもだいぶ遅くなってしまったが、家に帰ってきた私はすぐさまリビングで待っているであろうステラの元へと向かう。
「ごめん、ステラ。思いの外時間がかかちゃって……」
私はそこまで言って、言葉が尻すぼみに小さくなってしまう。なぜなら、リビングにいるはずのステラが、そこにはおらずリビングはもぬけのからでステラの姿はなかった。
「ステラ?」
(お風呂にでも入ってるのかな?)
私はそう考えるがシャワーの音が聞こえてこないので、ステラがお風呂に入ってることはないなと考え直す。
(それじゃあステラはどこに行ったんだろう?)
私は首を傾げながらも、まずは手洗いうがいをするべく洗面所に向かおうとする途中で、テーブルの上に一通の白い手紙が置いてあることに気が付いた。
「これは……?」
私はその手紙を手に取るが、手紙には宛名も何も書いていなくてますますこの手紙がなんなのかわからなくなってしまう。
「開けていいのかな?」
誰に聞いたわけでもなく、私の口からは自然と言葉がこぼれていた。
多少開けることには抵抗があるものの、確認しないと先に進まないと思い、私はその白い手紙を開ことにする。
白い封筒から入れられた便箋を開くと、便箋の最初には丸い文字で『リンクちゃん』と書かれていた。
「私宛の手紙?」
私宛の手紙であったことは一安心ではあるが、丸文字で書かれた『リンクちゃん』を見て、不安を覚えてしまう。
(嫌な予感しかしない)
私は手紙の内容を見るのは怖いけど、読まないと先に進まないのも事実だということも理解はしているので、私はその手紙を開く。
私は頭の中でちらついている考えを追い出すように、手紙を読み進めていく。
『リンクちゃんへ
突然こんなお手紙を書いてごめんね。リンクちゃんもびっくりしちゃったよね。わたしもなんだか頭の中がまとまらないまま書いちゃってるから、全然まとまってないかもしれないけど許してね。
そもそもどうしてこんな手紙を書いたかって言うと、命の恩人であるリンクちゃんにお礼を言いたかったからなんだ。
リンクちゃん、こんなダメダメなわたしを助けてくれてありがとう。リンクちゃんと一緒に過ごせて、働けてとっても楽しかったよ。獣人族であるわたしを何の抵抗もなく受け入れてくれて本当に嬉しかったんだ。ふふ、わたしって本当にリンクちゃんにもらってばっかりだよね。
だから……だからこそね、わたしの料理のせいでリンクちゃんのお店に迷惑をかけちゃってるって聞いた時、本当に悲しかったんだ。大好きなリンクちゃんには笑顔でいて欲しいのに、わたしのせいで悲しい思いをさせてしまってるんだって思ったら、胸がぎゅっとなって心が苦しかったんだ。
だから……だからね……わたし決めたよ。自分勝手な奴だってもしかしたらリンクちゃんはわたしのことを嫌いになるかもしれないけど、わたしは決めたんだ。ここから出て行くってことを。これ以上、リンクちゃんの笑顔が曇らないように。
わがままで勝手で、恩知らずな子でごめんね。でも、リンクちゃんと過ごしたことは忘れないよ。絶対に、絶対にさ。
最後に本当にこんなわたしと一緒にいてくれてありがとう、リンクちゃん。大好きだよ、バイバイ。
ステラより』
便箋には所々濡れて渇いた跡があるので、ステラはきっとこれを泣きながら書いたのであろう。
「……ばか」
私の口からはそう言葉が漏れて、新たに便箋に染みを作っていく。
(ばか、ばか、ばか、ばか)
私の頭の中ではその二文字が繰り返されるばかりだ。
どんな想いを持ってステラはこの手紙を書いたのだろう? どんな決意を持ってステラは出て行ったんだろう?
(そんなのわからない。わかるわけない、だって私はステラじゃないから。ステラじゃないから、何を考え想い、苦しんだのかは想像することしか出来ない。それでも……それでも……)
私はそこまで考えると、乱暴に涙を拭うと衝動的に家を飛び出していた。
ステラがどこに向かったかなんてわからない。それでも飛び出さないといけない気がしたのだ。だって、一番苦しかったのはステラなはずだから。
「ステラ……」
大丈夫だって油断していた。ステラはもう立ち直ったんだって勝手に思い込んでいた。でも、実際は違った。あの一件は確かにステラの心の中で小さな焦げ付きとなって、ステラの心に傷を付けていたのだ。
「ステラ……」
私は走りながらもう一度ステラの名を呟いていた。
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