第9話「シリウス」
第9話「シリウス」
今日も今日とて喫茶店『プハロス』は大盛況だった。
朝から席は満席で引っ切り無しにお客さんが来ている状態なので、私もステラも朝から忙しなく動いていた。
「ステラ、次はこっちのお客さんの料理をお願いね」
「うん、任せてリンクちゃん! それとさっき頼まれてた料理いま上がったよ!」
ステラの綺麗なルビー色の瞳には、自信に満ちた灯火が灯っている。
そんなステラの灯りを見て、私もそんなステラに力強く頷くことで返した。
「ありがとうステラ! それじゃあ運んじゃうね」
私はステラから料理が出来た皿を受け取ると、その料理を頼んだ席まで運んでいく。
最近ではさらにステラの料理が美味しいと評判が広がっていて、わざわざここにステラの料理目的で来るお客さんもいるほどだった。
確かにステラの料理が美味しいと私も思っているが、最近のお客さんの傾向を見ると、コーヒーを飲みに来ているというよりも、ステラの料理を食べに来ているお客さんの方が多いのではと思ってしまうほどだった。
「リンクちゃん、追加でスイートポテトを2つ貰えるかい」
「はい、ただいま!」
相変わらず、スイートポテトの人気も健在で、さっきからこちらも引っ切り無しにオーダーや追加が飛んでくる始末である。
私の体感では10人のうち8人は絶対にスイートポテトを注文しているほどで、その中にはスイートポテトをテイクアウトで持って帰る人もいるほどだった。
いや、スイートポテトの人気恐るべし。
ステラが今日はなくならないようにと、多く作っていたスイートポテトの山も見る見るうちになくなっていき、この勢いのままでは午前中でまたなくなってしまう勢いだった。
(いやいや、さすがにスイートポテト人気過ぎるでしょ……!)
私は内心でそう呟かずにはいられない。
私がそうこう感じている間にも、再びスイートポテトの追加が入っている。
(いや、本当にスイートポテト人気過ぎでしょ! 確かにすごく美味しいんだけどさ!)
私は「はーい、ただいま~!」とお客さんに返しながら、急いでスイートポテトを用意するのだった。
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「売れたね」
「売れちゃったね」
午前中の営業を終えて、昼休憩も兼ねて午後の営業の準備を進め在庫確認を進めていて、スイートポテトを保管している冷蔵庫の中を見て二人そろって愕然としてしまう。
なぜなら、150個ぐらいあったはずのスイートポテトの山が消滅していたからだった。
「えっと、ステラ。ここには確かにスイートポテトの山があったよね?」
「うん、そのはずなんだけど……」
確かにそこにあったはずの山は、完全にあったことを忘れたかのように跡形もなくなっていた。
一応、これでも発売当初に比べて5倍は数量を増やしていたはずなのにこのありさまなわけである。
スイートポテト恐るべしって、私は今日あと何回そう思えば良いのだろうと強く思ってしまう。それ程までにスイートポテトの人気がすごく、お客さんに愛されているということだった。
私的な意見を言うとすれば、少し寂しい気持ちはあった。
最初、スイートポテトを食べた時、こんなに美味しい料理があったんだっと思ってしまうぐらいには衝撃を受けて、何個でも食べられるとその時は本気で感じていた。
それに、その気持ちと同じぐらい、喫茶店の看板メニューになるなとも感じていた。
そして、いざ出してみたらご覧のありさまと言った感じで大人気商品となってしまっている。
その事実が嬉しい反面、寂しい気持ちも抱かせていた。
「ステラ、午後の分のスイートポテトの材料はまだ残ってる?」
「うん、午前中みたいな量は出来ないけど、午前中の三分の一ぐらいの量なら何とか作れそうだよ!」
「オッケー。ならステラはそれをお願い。さすがにこの店の看板商品になってる商品を切らせるわけにはいかないからさ」
「任せてリンクちゃん!」
私の言葉にステラは、両手で拳を作って気合いは十分ですと言いたげにふんすとしている。
「うん、任せたよ。相棒」
私はそう返すと、ステラが作業しやすいようにと準備を進めていく。
結果から言って、追加で作ったスイートポテトは瞬殺されたのだった。
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「これだけあればさすがに大丈夫だよね?」
定休日を二日挟んでの営業日。
この定休日の二日間で、私とステラで話し合って出した答えは、とりあえず数量をもう100個増やして、それ以上売れる場合は、お客さんには申し訳ないと思うが、売り切れと言って通すしかないだろうという結論だった。
経営者的には売れる商品をばんばん売り出していきたい気持ちはあるが、いまの数量でもかなりステラの負担になっているのだ。この数量が落としどころだろう。
それに注文されるのは何もスイートポテトだけって話でもなく、他にもサンドウィッチやハンバーグなどの料理もあるので、ステラが対応できなくなってしまう。
ステラ自身は、笑顔でやれるところまでやるよと話してくれたのだが、さすがにこれ以上はお願いすることは出来ない。
「……多分?」
隣で一緒に在庫を確認していたステラも、どこか自信がなさそうに答えている。
ステラ自身、まさかここまでスイートポテトが売れるとは思っていなかったのだろう。
いやそもそもの問題として、ステラは理解していないのだ。ステラが作り出す料理の価値に。
(本来なら、本職の料理人にすら匹敵するレベル、もしくはその人たちも凌駕してしまうぐらいの腕なんだよなぁ~)
それにスイートポテトだけが目立っているように見えて、実は他の料理の評判だって悪いどころか、むしろ好評でどの料理においても、ステラの料理はファンが付いていた。
ただスイートポテトの人気が突出しているというだけで。
私としてはステラの料理はどれも絶品なので、スイートポテト以外の料理も色々と触れて欲しいという気持ちもあった。
もちろん、ステラの料理を独り占めしたいという気持ちも少なからずあるのだが、そもそもステラがいなければ、私がおばあちゃんの喫茶店を継ぐのはもっと先か、もしくはずっと継げないままだったかもしれないのだ。
本当にステラには感謝してもしきれないほどだった。ステラがいたからこそ踏み出せた一歩のなのだ。
(今度、何かしっかりとしたお礼をステラにしないとなぁ~)
仕事の事だけならまだしも、仕事が終わってからもそうだが、朝から料理をしてもらっただけでなく、私の苦手な家事を笑顔で引き受けてくれるのだ。
本人は何ともないように言っているが、私としては相当な負担になっているのではとの思いで気が気じゃないのだ。
私は無意識のうちにステラのことをじっと見ていてしまったらしく、ステラが不思議そうにこちらを見て小首を傾げている。
「どうかしたの? リンクちゃん」
「う~ん、今日も一日頑張ろうと思っただけだよ」
「そっか。うん。わたしも頑張るよ!」
ステラもステラで気合いを入れるように、ステラの髪の毛をおさげにしているリボンを結び直している。
「ステラ、今日もよろしくね!」
「こちらこそだよ!」
私とステラはハイタッチをかわしたのだった。
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しかし、私とステラの心配は杞憂に終わることとなってしまう。いや、杞憂のレベルならまだ良かったかもしれない。事態はそれよりもひどいのかもしれない。
先週まであんなに売れていたスイートポテトが、今日は三分の一も売れてないのだ。
スイートポテトだけではない。他の料理も今日は先週に比べて注文される頻度はかなり少なめと言えるだろう。
そもそもの問題として、先週に比べ入ってくる客数が少なすぎるのだ。
たまにはこんな日もるだろが、開店してもうすでに午後の営業時間になっているというのに、まだ数人のお客さんしか来店していなかった。
こんな開店休業状態になるとは、思っていなかったので私としては驚いてしまう。
「まあ、いつも忙しいお店なんてそうそうないよね」
常にお店が入り続けるお店なんて、本当の超人気店しかないので、こんな光景は当たり前と言えば当たり前のことなのだが。
(なんだか変な胸騒ぎがするのは気のせいだよね?)
いまのお店の状況は至って普通のことで、むしろ引っ切り無しに来ていたいままでが異常だったと言われてしまえば異常なのだ。
そのことも私自身理解はしているのだが、それでも嫌な予感もとい変な胸騒ぎが落ち着くことはなかった。
私がそわそわと落ち着きがないように見えたのだろう。私の目の前には一杯の紅茶が差し出された。
「えっ? これは?」
私が不思議に感じていると、ステラはにっこりと微笑んでいる。
「カモミールティー。リンクちゃん、なんだかそわそわして落ち着かないみたいだから、心が落ち着くかなと思って」
ステラのその言葉に、私は驚いてしまう。
「私、そんなに態度に出てた?」
私の言葉にステラは戸惑ったように頷いている。
「えっ? うっうん。割とわかりやすい感じにはそわそわしてたよ」
ステラのその言葉にマジかと思う反面、妙に納得している自分がいるので何とも言えない気持ちになってしまう。
私は「あははは~」と笑って誤魔化すと、ステラが淹れてくれたカモミールティーを口に運んでいく。
口に含んだ瞬間、口の中には甘いりんごのような香りがして、だけど、りんごではない風味が広がっていき、その香りが気持ちを落ち着かせてくれる。
「……美味しい」
自然と私の口からはそうこぼれていた。
「カモミールティーは気持ちを落ち着かせる効果があるんだよ。少しは落ち着いたかな?」
「うん、落ち着いたかな。ごめん、ステラ。変に気が焦ってたよ」
「焦る? どうしてリンクちゃんが焦るの?」
ステラの言葉に、私は少し悩むが素直に打ち明けることにする。
「いやさ、このままお客さんが来ないと、ステラがせっかく作ってくれたスイートポテトとかダメにしちゃうなって思って。そんなのは絶対に嫌だなって」
自分で言っていて恥ずかしい気持ちになってしまうが、それでもそう言葉を出さずにはいられない。
「リンクちゃん!」
私の言葉にステラは嬉しそうに頬を緩めている。
「リンクちゃんにそう言ってもらえるだけで嬉しいよ! 確かにせっかく作ったものが食べてもらえないのは悲しいけど、それでもリンクちゃんにそう言ってもらえたことは嬉しい!」
「そっか」
(ステラが落ち込んでいなさそうなのは良かったけど、このままだと本当に捨てることになっちゃうよね)
私がそう考えていると、店内に来店を告げるベルが鳴った。
そこからひょっこりとあの時以来通うようになった、レミが顔を出し、遅れてレミのお母さんであるビスタも顔を出した。
「いらっしゃいませ、レミちゃん、ビスタさん!」
私は笑顔で接客を始めるが、この時の私は理解していなかった。まさかあんなことが起きているなんてことを。
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