第8話「料理は身近な魔法だよ・続」

        


「もう遅いよ、ステラ。そろそろお店始まっちゃうよ!」


 当初の予定に比べ、大幅に遅れて『プハロス』に帰宅したステラのことを出迎えたのは、そんなリンクの言葉だった。


「ごめんね、リンクちゃん」


 そんなリンクに対して、ステラは素直に謝罪の言葉を口にしている。


「別に謝るようなことじゃないけどさ。……ってあれ?」


 すると、そこでステラの後ろに人がいることに気が付いたリンクは、不思議そうな声をあげてしまう。


「ステラ、その人たちは?」


 リンクの不思議そうな言葉に、ステラは目抜き通りであったことを説明していく。


「それで遅くなっちゃったんだ。ごめんね、リンクちゃん」


「だから、ステラが謝ることじゃないし。むしろ、良いことしたんだから胸を張っていいことだから」


 ステラが申し訳なさそうにしていることに対して、リンクは笑顔で返すと接客をしている。


 ステラはそんなリンクに感謝をしつつ、自分がやるべきことに取り掛かっていく。


(レミちゃん用のご飯に、レミちゃんのお母さん用のご飯の用意だね。美味しいの作らないと)


 ステラは気合いを入れると料理を初めていく。昼休みの時間も残り少ないので、手早く作っていかないといけない。


 ちらりと隣を見れば、リンクはすでに2人の飲み物を用意し始めている。本当にリンクには感謝しかなかった。


 席の方に視線を向ければ、レミがわくわくを抑えきれない感じでそわそわと料理が来るのを待っている。


 そんなレミの姿を見て、ステラは思わずくすりと笑みをこぼしてしまう。


(わたしもレミちゃんぐらいの歳の時は、お母さんの料理が来るのが楽しみで、あんな感じにそわそわしてたなぁ~。あっ、そうだ。作る料理はあれでいいかも!)


 ステラは当時のことを思い出して、作る献立を決めるとテキパキと料理に取り掛かるのだった。


***************************


 そして、経つこと20分。レミとレミの母親であるビスタの前には一杯のクリームシチューが置かれていた。


「お口に合えば良いんですけど……」


 自信なさそうなステラをよそに、クリームシチューを見たレミは感嘆の声をあげている。


「うわぁ~、とってもおいしそう!」


「そうね、レミ。ステラさん、本当に頂いてしまってもいいの?」


「はい! ぜひ食べてもらえると嬉しいです!」


 ステラの言葉に、ビスタは感謝の言葉を伝えると、クリームシチューを食べ始めている。レミは来た瞬間から「いただきます」と言って食べ始めている。


 一口食べた瞬間、レミの口からは「おいしい!」と言葉をこぼし、瞳をきらきらと輝かせている。


 ビスタの方も「美味しい……」と感嘆の声をこぼし、クリームシチューを食べ進めている。


「ふふ、猫族の方のお口にも合ったみたいで良かったです」


 ステラが安堵したように言葉を発していると、レミがいきなり「おほしさま!」と声をあげる。


 その声にリンクだけが首を傾げてしまう。それもそのはずだった。この喫茶店の店内には、レミの言う星なんてありはしないのだから。


 一応、リンクが天体観測を趣味にはしているが、当然のことながらこのお店に天体望遠鏡があるわけでもないので、やはりレミが言ったお星さまの正体はわからず、首を傾げてしまう。


 だがその答えはすぐに分かることになる。なぜなら、リンクの隣に立っていたステラが、「レミちゃん、それ当たり!」と声をあげたからだった。


「ニンジンさんがおほしさま!」


 レミの言葉で、リンクがレミの手元を見ると、スプーンの上には確かに星形に切られた人参が乗せられていた。


 それを見たリンクは、相変わらずのステラの器量さに嘆息してしまう。


「レミちゃんが喜んでくれたら良いなって思って、星様の形に切ってみたんだけど喜んでくれたみたいで良かったよ」


「うん! とってもうれしい! ありがとう、ステラおねえちゃん!」


 満面の笑みでそう答えているレミに、ステラも嬉しそうに微笑み「どういたしまして!」と言葉を返している。


「わたしもレミちゃんが笑顔になってくれてとっても嬉しいよ」


「ステラさん、本当に何から何までありがとうございます。この子の母親として、本当になんてお礼をしたらいいか……」


「いえいえ! お礼なんて気にしないでください。わたしが好きでやったことですし、それに余計なお世話かもしれないですけど、レミちゃんに身近に素敵な魔法があることを教えてあげたくて」


「魔法ですか」


「はい。これは幼い時からのわたしの母からの教えなんですけど、『料理には人を笑顔にする魔法の力がある。だから、わたしたちが生きていくうえで、料理は欠かせないものだし、とっても大切なことで、もし泣いている人がいたら、料理で笑顔にすることも出来るよ』って。だから、レミちゃんにそのことを知って欲しいなって思ったんです。本当に余計なお世話かもしれないですけど……」


 ステラが申し訳なさそうに話す間、ビスタはただ黙って話を聞いていた。そして、話し終え謝罪するステラの言葉に「いえいえ!」と慌ててステラに顔を上げさせている。


「むしろ、素敵なお母さんですね。そんなことを言える人はなかなかいませんし、素敵な考え方だと思いますよ」


 ビスタは感じたままの感想を返すと、口内で「身近な魔法か」と呟いている。


「やっぱり、ステラのお母さんって素敵なお母さんだよね」


 そばで黙って聞いていたリンクも思わずそう言葉をこぼさずにはいられないぐらい、その言葉は胸に来る言葉だった。


 誰もがそのステラのお母さんの言葉が胸に響いていると、ちょいちょいとステラの服の裾を引く感覚がする。


「レミちゃんどうかしたの?」


 やはりというか、ステラの服の裾を引いているのはレミだった。


 ステラは何かあったのかと思い、優しくレミに問いかける。


「ステラおねえちゃんって、まほうつかいなの?」


 いまの話を聞いてそう感じたのであろう。こっちを見るレミの瞳には、夢みたいと言う期待のこもった色と畏怖の色が同居しているそんな色が灯っていた。


 そんなレミの言葉に対してステラは、レミと同じ視線の高さまで合わせると緩く首を横に振った。


「ううん、違うよレミちゃん。わたしは魔法使いじゃないよ」


 ステラのその言葉を聞いたレミは、明らかにがっかりとしたように肩を落としている。それも当然かと思ってしまう。レミぐらいの年齢なら、魔法使いに憧れを抱いていてもおかしくはない頃だったからだ。


「でもね、レミちゃん。わたしたちのすぐ近くには誰でも使える魔法があるんだよ」


「ほんと!?」


 ステラのその言葉を聞いた瞬間、今度は喜びに満ちた顔をレミは浮かべている。


「本当だよ。料理はね、わたしたちが誰でも使える身近な魔法なんだよ。わたしにも使えるし、レミちゃんのお母さんも使える。リンクちゃんもそれにレミちゃんだって使える魔法なの」


「レミにもつかえるの!?」


「うん、もう少し大きなれば使えるようになるよ。だって、レミちゃん、わたしが作った料理を食べて笑顔になったでしょ? それはね、レミちゃんが笑顔の魔法にかかったからなんだよ」


 ステラにそう指摘され、レミははっとした表情を浮かべたが、やがてすぐに大きく頷いている。


「レミもおおきくなれば、ステラおねえちゃんみたいなまほうつかえるかな?」


「うん! きっと使えるようになるよ」


 ステラが最後の一押しをすれば、レミは今日最大の笑顔を浮かべて、いまステラに言われたことを、嬉しそうにビスタに伝えている。


 ビスタはビスタで、そんな愛娘の姿に微笑ましく見守っているのだった。


*************************


 仕事が終わり、ひと段落したところでステラとリンクも晩御飯を食べていた。


 本日の夕飯は、リンクの願いでクリームシチューだった。リンクとしてはレミとビスタが美味しそうに食べているのを見て、どんな味なのかずっと気になっていたのだ。


 わくわくしながらそれを口に運び、リンクは美味しさで顔を綻ばせている。


「うん、やっぱり美味しい!」


「ふふ、ありがとうリンクちゃん」


「いえいえ、私は素直な感想を言っているだけだし。でもさ、なんでクリームシチューだったの?」


 それもリンクが気になっていた一つで、数多ある料理の中からどうしてクリームシチューを選択したのか。


「時季外れだとは思ったんだけど、レミちゃんの姿を見ていたら、昔の自分を見ているみたいで。わたし、お母さんが作ってくれるクリームシチューが大好きだったんだ。それでいつもお母さんが作ってくれる時は、今日のレミちゃんみたいにわくわくしながら待っていたことを思い出して。それでクリームシチューにしてみたんだけど、2人とも喜んでくれたみたいで良かったよ」


 そう話して微笑むステラの姿を見て、リンクはまた胸が高鳴るのを感じてしまう。


 今日ステラが話していたことは、ステラにとって、ステラの料理を形成する大切な要素でルーツなのだろう。


 誰でも使える魔法だってステラは話してはいたが、自分の試験のことで頭がいっぱいになっていた自分では、到底ステラのような魔法を使うことは出来ないと強く思ってしまう。


「でも、ステラの気持ち何となくわかるかも。このクリームシチューの味ってさ、ステラのお母さんの味なんだよね?」


「うん、まったく一緒ってわけじゃないけど、出来る限り近づけているつもりだよ」


「やっぱりそうだよね。うん、この味ならわくわくしちゃう気持ちはわかるなぁ~。だって、本当に美味しいもん、このクリームシチュー」


「ふふ、ありがとうリンクちゃん。これからも美味しい料理作るね!」


「うん、期待してる」


 リンクの言葉にステラは今日一番のとびっきりの笑顔を見せて答えるのだった。


「期待しててね! リンクちゃん」


 そんなステラの笑顔を見て、リンクの胸は再び高鳴るのだった。


 しかし、この時の2人はまだ知らなかった。自分たちの関係を揺るがす出来事が待ち受けていることを。

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