第7話「料理は身近な魔法だよ」

      


 私がおばあちゃんから喫茶店を引き継いでから、1ヵ月が経とうとしていた。


 この1ヵ月でステラの料理が美味しいと話題になり、お昼時にはそこそこの繁盛を見せていた。それに加え、人間族と獣人族でやっている喫茶店ということも話題の一つでもあった。


 そして、もともとおばあちゃんがやっていた時は、圧倒的に人間族のお客さんの方が多かったのだが、いまはステラがいる影響か、獣人族のお客さんも増え始めていた。


 今日も今日とて、私とステラはてんてこ舞いに動き回っていた。


 店内は満席で、先ほどから注文で追われてしまっているのだ。


「ステラ、次はこっちの注文の料理をお願い!」


「うん! 任せて!」


 ステラは私の声に答えると、キッチンをフル活用して次々に料理を仕上げていく。


 私もそんなステラに釣られて、どんどん注文された飲み物を完成させていく。


 すべてが終わったのは昼休憩の間近だった。


 午後の分の仕込みも終わり、私たちはぐったりとしていた。


 忙しいのはありがたいが、まさかここまで忙しくなるとは想像していなかったので、私としては驚きの連続だった。


 いまはステラが作ってくれた昼食を食べて休憩を兼ねて、お店の在庫チェックをしているところだった。


(うん、コーヒー豆とかは大丈夫かな。あとは子ども向けに用意してあるジュース類だけど、こっちの方も大丈夫かな。問題があるとしたら、ココアとかそっちの在庫かな。今日は結構子ども連れのお客さんが多く来店してたから、予想よりも多くなくなっちゃったんだよね)


 私が在庫の補充の算段を考えていると、「あっ」と声が聞こえてくる。この場には私とステラの2人しかいないので、もちろんいまの声を漏らしたのはステラということになる。


「どうかしたの? ステラ」


「えっとね、スイートポテトで使うさつまいもが切れちゃって」


 ステラのその言葉に、私は思わず「あー」とうなってしまう。


 ステラが出す料理の中で、特に人気なのがスイートポテトだった。


 もともとステラの故郷である『ケフェウス』の料理で、この街『カシオペヤ』からは、汽車に乗っても半日以上はかかる距離にある。


 そのため、ステラの故郷の料理はこの『カシオペヤ』ではほとんど浸透しておらず、物珍しく映り、さらにはそれが美味しい食べ物ときたので、なおさら人気に火をつけることになったのだ。


(今日、午前中に来たお客さんはほとんど注文してたしね)


 その人気っぷりはものすごく、ここは喫茶店だというのにわざわざスイートポテトを食べるためだけにやってくる人もいるほどだった。


 そのため、さつまいもが切れてしまうのは当然のことだろう。それほどまでに、スイートポテトは大量に注文されたのだ。


「確かにめっちゃスイートポテト出てたもんね」


「みんなに気に入ってもらえてよかったよ」


 そう話すステラは本当に嬉しそうで、見ているこっちまで嬉しくなってしまう。


(自分の故郷の料理が認められたんだもの。そんなの嬉しいに決まってるようね)


 私がそう思っていると、ステラは「リンクちゃん!」といきなり名前を呼んできたので、私は驚いてしまう。


「リンクちゃん! わたしいまから市場に行ってさつまいも買ってくるね!」


「ええ! いまから!」


「うん! いまから!」


「ちょっ! ステラ!」


 私の静止の声もむなしく、ステラは飛び出して行ってしまう。


「ええ~」


 私が伸ばした手は虚しく空を切るのだった。そして、そんな虚しさに呼応するように、ベルの音が鳴り響くのだった。


***************************


 ステラは目抜き通りまで出ると、市場に向かって歩いて行く。


 お昼を過ぎた時間でも、目抜き通りにはそれなりの人通りがあった。


 ステラはそんな人通りの中を飲み込まれないように目抜き通りを歩いて行く。


 そして、ステラは目的の青果店にたどり着いていた。


(ここに来て1ヵ月以上経つけど、まだこの人混みには慣れるには時間がかかりそうだなぁ~)


 ステラはそう考えながら、青果店の店主であるオルス・ポームムさんに声をかけた。


「オルスさん、今日もまたさつまいもを買いたいんですけど」


「おっ、ステラちゃんか。今日もステラちゃんのスイートポテトは大盛況みたいだね」


「はい、おかげさまでいっぱい食べてもらえています!」


「そうか、そうか。ならとびっきりのさつまいもを用意しないとな」


 オルスさんはそう話しながら、上物のさつまいもを次から次へと袋に詰め込んでいく。


「とりあえず、この程度あれば足りるんじゃないか」


 袋には大量のさつまいもが詰まっている。


「ちょっと重いかもしれないけどな」


 ステラはオルスさんからさつまいもが入った袋を受け取った。確かにオルスさんが話す通り、その袋を受け取ると、腕にはずっしりとした重さが加わった。


「確かに重たいですけど、これぐらいなら何とか大丈夫です」


「そっ……そうかい」


 そうは言いつつも、ステラが持つ袋の中には実に10本以上のさつまいもが詰められていた。


「はい。これでおいくらですか?」


「う~ん、そうだな。そうしたら、今日はステラちゃんのスイートポテトが大盛況になったことを祝って、300円で売っちゃうよ」


「ええ! 本当にそれで良いんですか? それだとほとんどこの中のさつまいもは、サービスということになっちゃいますよ!?」


「ああ、だからサービスさ。まあ、今回安く売る代わりと言っちゃなんだが、これからもうちの青果店を懇意にしてもらえると嬉しいな」


 オルスさんの言葉にステラは大きく頷いている。


「はい! 絶対にまたここで買わせていただきます!」


 ステラが笑顔でそう告げると、お金を払い、青果店をあとにした。


(早く戻らないと、休憩時間が終わっちゃう)


 ステラが行く前にはなかった重みを肩に感じながら、足早に『プハロス』に向かって歩いて行く。


 早く戻ってさつまいもを茹で始めないと、午後の提供に間に合わないかもしれないのだ。


 ステラが足早に目抜き通りを歩いていると、ステラの耳に誰かの泣き声が聞こえてくる。


「誰かが泣いてる」


 その泣き声は、多くの人が練り歩く目抜き通りでもはっきりとステラの耳に届いていた。


 ステラはその泣き声が気になり辺り一帯を見渡すと、路地の隅っこで悲しそうに泣いている4歳ぐらいの獣人族の女の子の姿があった。


 ステラはその女の子の周辺を見るが、少女に駆け寄る者は誰一人としていなかった。それどころか少女の母親の姿も見られなかった。


(もしかして迷子なのかな?)


 ステラはそう感じた瞬間、少女に駆け寄っていた。


「ねぇ、あなた大丈夫?」


 ステラが優しく声をかけると、泣いていた獣人族の女の子は顔を上げて、その泣きはらして真っ赤になった目でステラのことを見た。


「うっ……うわぁぁぁぁぁん!」


 そして、ステラの顔を見た瞬間、その少女は心のダムが決壊してしまったかのように泣きを激しくしている。


「えっ? えぇぇ!?」


 ステラはその少女の反応に、ただひたすら困惑してしまう。


(わっわたし、この娘に何かしちゃったかな!?)


 ステラは困惑しながらも自身の行動を思い出してみるが、いくら思い出しても、目の前の娘に声をかけたことぐらいしか思い浮かばなかった。


(もっもしかしてそれが間違いだった!? それとも声? 表情?)


 ステラが必死に原因探しに尽くしていると、いきなりぼすんと胸に小さな衝撃があった。


 それは泣いていた少女がステラの胸に飛びつく衝撃だった。


「ええっ! 本当にどうしたの?」


 その少女のその行動に、ステラは今日何度目かもわからない驚きを浮かべてしまう。


「うぅ……お母さんが……お母さんが……いないの……ぐすっ……」


(やっぱり、迷子になっちゃったんだね)


 ステラは自身の予想が当たったことに内心ほっとしながら、少女の頭を優しく撫でながら少女のことを落ち着かせていく。


「そっか、そっか。お母さんとはぐれちゃったんだね。大丈夫、ちゃんとお母さんの所に帰れるよ。わたしも一緒に探してあげるから。ね?」


 ステラが優しく微笑みかけると、その少女は泣きそうになる涙をぎゅっと堪えたようなそんな表情を浮かべると、「うん」と頷いている。


「良い娘だね。そう言えばお名前を教えてくれるかな。わたしはね、ステラって言うんだ」


 ステラは少女の名前を聞いていなかったことを思い出して、自己紹介をしながら少女の名前を聞いていく。


「レミ……レミ・ファルア」


「そっか、レミちゃんって言うんだ。よろしくね、レミちゃん」


「うん、よろしくおねがいします。ステラおねえちゃん」


 ステラがレミの小さな手を取ると、レミはレミでそんなステラの手をぎゅっと握り返している。よっぽどお母さんとはぐれて心細かったのだろう。


 小さな手で懸命に握り返してくるレミの姿を見て、ステラは初めてこの街に来た時のことを思い出していた


(わたしも故郷を離れて、ここに来たときは心細かったなぁ~。でも、あの時、わたしはリンクちゃんが助けてくれたんだよね)


 雨の中、リンクス・アルファルドと出逢ったことによって救われた。だからこそいまのステラがあった。


(絶対にお母さんを見つけてあげないと!)


 ステラは自分の中で決意を固めると、目抜き通りをじっと見渡すのだった。


 そして、その30分後。


「レミ!」


 と叫びながらこちらに駆けてくる、レミと同じ種族の獣人族の女性の姿があった。間違いなくレミのお母さんだろう。


「お母さん!」


 その証拠にさっきまで影のある笑顔を見せていたレミが、お日様に当たった時のひまわりのような笑顔を浮かべている。


 ステラが良かったと思っていると、レミは元気よく駆け出してそんなお母さん抱き着いている。お母さんもお母さんで、そんな娘のことをもう離さないというばかりにぎゅっと抱きしめている。


(ふふ、良かったぁ~)


 ステラが2人の様子を見てそう感じていると、親子2人でステラに向かって頭を下げている。


「迷子になった娘を助けてくださり、本当にありがとうございました! なんてお礼したらいいか」


「いえいえ、気にしないでください! わたしもこの街に来た時、一人で当てもなく歩いて、とっても寂しい思いをしたことがあったので、放ってはおけなかったので」


「ステラおねえちゃん、ほんとうにありがとう!」


「無事にお母さんと再会できてよかったね」


 ステラはしゃがみこむと、レミの視線を高さに合わせて微笑んでいる。


「うん!」


 レミは満面の笑みで頷くと、そんなステラに抱き着いている。


 そんなほんわか空間の中、誰もがほっこりとしているとそんな中で場違いな音がその場に響いた。


 それはレミのお腹が鳴る音だった。


「ふふ、安心してお腹が空いちゃったんだね」


 恥ずかしそうに頬を染めるレミの姿を見て、ステラはくすりと思わず笑みをこぼしてしまう。それと同時にステラの中にはある一つの考えが浮かんでいた。


「あの、もし時間があるようでしたら、わたしたちの喫茶店に来ませんか?」


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