第6.5話「ステラのお料理教室」
「私も料理出来るようにならないと」
ステラがここに来て半月。
私はとある日に突然思い立つ。このままではダメだと。
もともとおばあちゃんの喫茶店であった『プハロス』は、私一人で営業していく予定だったのだ。しかし、その営業するまでに前途多難で、おばあちゃんから課された課題、主に料理の方は一向にクリアできる自信も兆しもなく、途方に暮れていたところ、天使が舞い降りたかのごとく、私はステラとの出会いを果たした。
そして、色々な流れの結果、ステラが料理を担当してくれることになり、こうしていまは――まだ駆け出しではあるのだが――営業を始められている次第である。
しかし、私はそこで気が付いてしまったのである。
このままじゃダメなことに。
「いきなりどうかしたの? リンクちゃん」
今日は定休日で、ステラが作ってくれた朝食を堪能してコーヒーを淹れてまったりとしている時に、私がいきなりそんなことを言うものだから、ステラは明らかに困惑しているような表情を浮かべている。
「いやさ、さすがに私も料理出来るようにならないといけないなって思ってさ」
「それはわたしの料理じゃ不満ってことかな?」
私の言葉にちょっぴり不機嫌そうな表情を浮かべるステラの姿を見て、私は慌てて弁明していく。
「ちっちが! 別にステラの料理に不満があるわけじゃないよ! ただ、もしも、もしもね、ステラとあの時出会ってなかったら、喫茶店の営業すらさせてもらえなかったんだろうなって思ってさ。そう考えたら、私も少しぐらいは料理を出来るようになった方が良いのかなと思って……」
私の声は段々と尻すぼみになってしまっているが、私の言葉を聞いたステラは、不満そうな表情は消えないまま一応納得してくれたのか、微妙な顔のまま頷いている。
「えっと、ステラ。もしかして怒ってる?」
「別に怒ってないけど、もしリンクちゃんが料理出来るようになったら、わたしは必要なくなっちゃうなって思って」
悲しそうに寂しそうに話すステラの気持ちを雄弁に表すかのように、ステラの両耳がぺたりと垂れ下がっている。
「そんなことない!」
私はステラのそんな言葉を即座に力強く否定した。
「ステラが必要なくなるなんてありえない! いくら私が料理出来るようになったからと言って、ステラの料理の腕には敵わないし、私の喫茶店の料理人はステラだもん。だから、ステラが必要なくなるなんてことはありえない! だからさ、もしステラが嫌じゃなかったら、料理を私に教えてくれないかな」
これは紛れもない私の本心だ。どんな状況になったところで、ステラが必要になくなるなんて未来は訪れないのだ。
そんな私の言葉を聞いたステラは、先ほどまで不機嫌そうな表情を浮かべていたのに、いまは顔を真っ赤に染めてもじもじとしている。尻尾も嬉しそうにゆさゆさと揺れているので、どうやら機嫌は直してくれたようだが、なぜだか上目遣いでこちらを見つめている。
私が首を傾げていると、ステラは小さく「リンクちゃんはずるい……」と呟いているのだった。
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ステラが落ち着いたのを待って、私とステラはエプロンを身に付けてキッチンに立っていた。
もうすぐお昼と言うこともあり、お昼ご飯を作ることになったのだが、その献立はと言うと……。
「今日は簡単にペペロンチーノを作ろうかなって思ってる」
「ペペロンチーノってニンニクとかオリーブオイルとかで食べるパスタだよね」
「うん、そうだよ。これなら簡単だからリンクちゃんでも作れると思うよ」
「そうなんだ。もしかして、ペペロンチーノも作れなかったら、私の料理の腕は壊滅的だってことが証明されるってことになるのよね」
私はその事実にがくりと肩を落としてしまうが、隣のステラはくすくすと笑っている。
「大丈夫だよ、リンクちゃん。きっと作れるよ」
「うん、なら良いけど」
私は自信なく頷くと包丁を手に取った。
「まずはニンニクを切っていきます」
ステラは説明しながらトントンとニンニクを切っていくので、私もステラがやっているようにニンニクを切っていく。
「ニンニクが切れたら、今度は熱したフライパンにオリーブオイルをひいて、鷹の爪とニンニクを一緒に炒めていきます」
「うん、こんな感じかな?」
「そうです、そうです。ニンニクがきつね色になったら一回火を止めて、今度はパスタを茹でていきます。鍋に水を張って塩とオリーブオイルを入れるのを忘れないでね」
「うん」
ステラの指示に従いながら、鍋に水を張り塩とオリーブオイルを入れて火にかける。
「水が沸騰したらパスタを入れてね」
「わかった」
お湯が沸くまでしばらく待って、水がぶくぶくと泡を立て始めたら沸騰した証拠なのでパスタを投入していく。
「このパスタは茹で時間が10分なので、10分間茹でてくださいね」
「うん」
パスタが茹で上がるのを待つこと10分。
「パスタが茹で上がったら、今度はそのパスタをニンニクと鷹の爪を炒めたフライパンに移してね」
「これをこっちに移せばいいのね」
「うん。あっ、ゆで汁は使うから取っといてね」
「了解」
私はステラに言われた通り、パスタをフライパンに移していく。
「パスタを移し終えたら、ゆで汁を少し入れて絡めるように炒めてください。それで、あとは塩で味を調えれば完成だよ。簡単でしょ?」
微笑みながらそう話すステラではあるが、私は微妙な表情を浮かべながら頷く。
「確かにやってることはシンプルで簡単だけど、問題は味だよね」
なにせ、サンドウィッチですら合格をもらえなかったのだ。これで上手くいっているとは思えないのだ。
「そんなに卑屈になることはないと思うけど、そうだね、これはもう食べてみるしかないね」
「……うん」
(どうしよう、本当に自信がない)
私は盛り付けながらそう思ってしまうが、ステラが嬉しそうににこにこと笑っているので、大丈夫なのだろう。繰り返すが自信はない。
皿に盛りつけてテーブルに運んで、ステラと手を合わせて「「いただきます」」と言って、2人でペペロンチーノを食べ始めていく。
私はステラが食べるのをじっと見守っている。そして、ステラがペペロンチーノを食べたことを見て「どうかな?」と尋ねた。
ステラはよく噛みしめてからペペロンチーノを呑み込むと、にっこりと笑顔で答えた。
「うん、とっても美味しいよリンクちゃん!」
それがお世辞で言ったわけではないことはすぐにわかり、私は安堵の息を吐いてから、自分の口に運んだ。
口の中にはニンニクの焼けて香ばしくなった匂いやオリーブオイルの匂い、鷹の爪のピリッとした辛みに、塩のしょっぱさが広がって、確かに私自身が作ったにしては美味しい部類に入るのだろう。
だかしかし、何口か食べ進めてみてもこれじゃない感を感じてしまい、心の底から美味しいとは思えず、ましてやステラの料理を初めて食べた時の衝撃や、常に感じている『幸せの味』には遠く及ばず、首を傾げてしまう。
「リンクちゃん、そんなに首を傾げなくてもちゃんと美味しいよ」
ステラはそうは言ってくれるが、私はふるふると首を横に振る。
「ううん、やっぱり、私には料理は向いてないよ。だって、これを食べてもちっとも美味しいって感じがしないし、ステラの料理を食べた時みたいに『幸せの味』がまったくしないもの。これじゃあおばあちゃんに合格がもらえなくて当然だよね」
私はそう話して自嘲気味に笑ってしまうが、すかさずステラの「そんなことありません!」と言う声が聞こえてくる。
「わたしにとってはちゃんと『幸せの味』したもん! むしろ、わたしの料理の方が『幸せの味』がしないもん!」
「いやいやそれこそあり得ないでしょ! 絶対にステラの料理の方が『幸せの味』するよ!」
私の言葉にステラはそう反論してくるが、私もすかさず反論していく。
ステラの料理で『幸せの味』がしないのであれば、他の料理では絶対にしないと言い切れるだろう。
でも、それでも納得していないのか、ステラはそんな表情を浮かべている。
そんなステラの反応に、私はどうしたものかと頭を悩ませるが、その答えはすぐに出た。迷うこともなかった。
「とにかく、ステラが私の
「だから、それわたしの村ではプロポーズなんだよ!」
私のその言葉にステラは恥ずかしそうにはにかむのだった。
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