第6話「開店へ」


「うぅ~、なんだか緊張してきた」


 おばあちゃんに支給された制服に身を包んだ私は、残りの開店時間までそわそわと落ち着かない気持ちに包まれていた。


 おばあちゃんに合格をもらって1週間が経ち、ステラと一緒に営業しても良いという許可が出たため、営業初日を迎えることが出来たのだが、いままさに緊張がピークに達していて、ガッチガチに体が固まっていた。


「リンクちゃん? 大丈夫?」


 私が緊張で何も言えず黙っていると、私とおそろいの制服に身を包んだステラが顔を覗き込んでくる。ステラの綺麗なプラチナブロンドの髪は、前に私があげた白いリボンで2つに結ばれていた。私はいつものようにそっぽを向いて誤魔化そうとするが、誤魔化しても仕方がないと思い、正直に答えることにする。


「ちょっと大丈夫じゃないかも……、緊張しすぎて頭が回らないよ……」


(まずい、このままだと本当にコーヒーを淹れるところではなくなっちゃう……)


 私が焦って気持ちを落ち着かせようとするが、それが返ってプレッシャーとなってしまい、さらに焦るという負のループに入ってしまっていた。


(どうしよう! このままじゃお店を開くどころじゃなくなっちゃうよ!)


 私が焦りでパニックに落ちかけていると、私の手に優しくて温かい感触がやってくる。それがステラの手だということを認識するのに数秒の時間を有してしまう。


 私が驚いたままステラの方に視線を向けると、ステラは「大丈夫だよ、リンクちゃん」と言って微笑んでくる。


「わたし、リンクちゃんが淹れるコーヒー好きだよ。初めて会った時に淹れてくれたアイスカフェオレも好きだけど、あれから色んな種類のコーヒーをリンクちゃん淹れてくれたけど、わたしはみんな好きだったよ」


「ステラ」


 確かにステラの言う通りで、私は毎日のように違う種類のコーヒーを淹れてはステラと一緒に飲んでいた。


 ブラックコーヒー一つとってもコーヒー豆の種類で、何種類もあって、そこから牛乳などを使って、色んな味を作り出していく。


 ステラに初めて作ったカフェオレやカフェ・ラテ、カプチーノにカフェ・マキアートなど他にも様々な種類が存在している。


 それらを私は練習も兼ねて、毎日家で別の種類を淹れていたのだが、ステラはそのどれらも美味しいと言って毎日飲んでくれていた。


「だから、自信もってリンクちゃん! リンクちゃんが淹れるコーヒーなら大丈夫だよ! それにわたしも出来る限りお料理でサポートするよ! どのぐらい、リンクちゃんの助けになるかわからないけど、わたしも全力で頑張るね!」


 顔の前で両手で拳を作り、気合い十分だというアピールをするステラの姿を見て、私は緩く首を横に振る。


「ううん、ステラは十分すぎるぐらいに頑張ってくれてるよ。私、ステラの料理好きだし……だから、お客さんだってステラの料理気に入ってくれるはずだよ」


「ふふ、そうだったら嬉しいな」


「絶対そうだよ。だって、ステラの料理美味しいし……」


「それはリンクちゃんも、そう思ってくれてるのかな?」


 まさかのステラからの切り返しに、私はたじろいてしまう。


(そう思ってくれるのかなって、私、いつも美味しいって伝えていると思うんだけどなぁ~)


 私はそう思いながらも、どこか期待をしているようなルビー色の瞳を真っ直ぐに見る。


 いつ見てもステラのそのルビー色の瞳は綺麗だと思う。


「……私だってちゃんと思ってるよ。ステラの料理を初めて食べた時から……」


 最後まで言ったあと途端に恥ずかしくなってしまい、ステラの顔を真っ直ぐに見られなくなってしまう。


 そんな私の気持ちの反面、ステラはにこにこと嬉しそうな笑顔を見せている。


 とにかく私は気持ちを落ち着かせようと考えていると、店内に来店を告げるベルの音が響き渡った。いつの間にか、開店時間になっていたようなのだ。


「「いらっしゃいませ!!」」


 私とステラの2人は慌てて接客に移るのだった。


***************************


「リンクちゃん、おはよう。カエリさんから話は聞いていたけど、本当にリンクちゃんがお店を継いだのね」


「はっはい、そうなんです。これからよろしくお願いします。ヘルスさんにクレマさん」


「こちらこそよろしくね」


 このヘルス・ブレンさんとクレマ・ブレンさんはおばあちゃんの時代から来てくれている常連のお客さんで、にこにこといつも柔和な笑顔を崩さないおばあちゃんがヘルスさんで、たくましい顎ひげを伸ばしているが、こちらも柔和な笑顔を浮かべているおじいさんがクレマさんだった。


「そちらの獣人族のお嬢さんははじめましてよね」


「あっはい! ステラって言います。よろしくお願いします!」


 ヘルスさんに尋ねられたステラは、自己紹介をしてから一礼している。


「まあ、かわいらしいお嬢様ね。あなたは何を担当するの?」


「わたしは主に料理をさせていただこうと思ってます」


「まあ、そうなの。それはいまから楽しみね」


 ヘルスさんはステラの言葉を聞いて、にこにこと嬉しそうに笑っている。


「ヘルスさんにクレマさんはいつもの席で大丈夫ですか?」


「うん、それでお願いするよ」


 クレマさんの返事を聞いて、私は2人をおばあちゃんが営業してた時からの定位置である窓際のテーブルに案内する。


 私はこのお店を継ぐ前は、おばあちゃんの喫茶店の手伝いをしていたので、このブレン夫妻とは顔見知りなのだ。


「ご注文はいつものホットコーヒーで大丈夫ですか?」


 私は席に案内すると早速注文を取っていく。


「ああ、それでお願いするよ。それとワシはこのミックスサンドをもらおうかな」


「それじゃあ私はこのスイートポテトももらおうかしら。初めて聞く食べ物だけど、どんな食べ物かしら?」


「はっはい。スイートポテトはわたしの故郷のデザートで、さつまいもを使ったデザートなんです。さつまいもを蒸して潰して、生クリームやバターなどを混ぜ合わせて、オーブンで焼いたら出来るものなんです」


「へぇー、それはとっても美味しそうね。なおさらスイートポテトを食べてみたくなったわ。ステラちゃん、それをお願いできるかしら」


「はい! かしこまりました。ご用意するので少々お待ちください」


 私はブレン夫妻に一礼するステラの姿を見て、私も二人に一礼してからカウンターに戻ると、さっそくコーヒーを淹れていく。


 私の隣ではステラも料理に取り掛かっている。そんなステラの姿を見ながら、私も自分の作業に集中していく。


「お待たせしました」


「ありがとう、リンクちゃん」


「おばあちゃんみたいに、上手に淹れられたかはわからないですけど、私の全力を出しました。お口に合えば嬉しいです」


「ふふ、そんな緊張しなくても大丈夫よ」


 お客さんに自分が淹れたコーヒーを出すことは初めてなので、満足してもらえるかが不安だったのだが、さっそくといった感じに口付けたブレン夫妻が、飲んだあと笑顔なのを見て、私はほっと息を吐きだしていた。


 私が2人の反応を見て一安心していると、料理を完成させたステラがこちらに運んでくるところだった。


「すみません、お待たせしました。こちらミックスサンドとスイートポテトになります」


 それぞれの注文の品を2人の前に置いているステラの顔には、緊張の色が見えた。


(さっきまで私もステラみたいな顔をしてたのかな)


 料理を置いたステラは緊張した面持ちで、2人の様子を見守っている。


 そんなステラの心配をよそにヘルスさんとクレマさんは、ステラの料理を見て「美味しそう」と呟いている。


 ちらりとステラの姿を見て、なんだかこっちまで再び緊張してしまう。


 しかし、その緊張は杞憂だった。


 それぞれの料理を口に運んだヘルスさんとクレマさんは、美味しそうに破顔させている。


 そんな2人の反応を見て、ステラは安堵の息を吐いている。


 私の頬は安心するステラの姿を見て、自然とほころんでしまう。


「ステラ、良かったね」


「うん」


 私たちが安心していると来店を告げるベルが店内に鳴り響いたので、私たちは二組目のお客さんを接客するのだった。


***************************


「お風呂あがったよぉ~」


 私がお風呂上がりのカフェオレを淹れていると、お風呂に入っていたステラが上がってくる。


「はいはい、それじゃあステラはイスに座ってね」


「うん!」


 私はステラをイスに座らせると、ドライヤーを使って髪の毛を乾かしていく。これはいつの間にか出来上がっていた習慣だった。


 最初はステラがあまりにも自分の髪の毛の手入れに、疎かだったので私がステラの髪の毛を乾かしたのがきっかけだった。


 最初のうちはステラも自分で乾かすと言っていたのだが、私がやると言い張りいまの形に落ち着いた感じだった。


「やっぱり、ステラの髪ってふわふわしてるから触ってて気持ちいいや」


「え~、そうかな? わたしの髪ってくせ毛だから、リンクちゃんのサラサラで真っ直ぐな髪ってちょっと憧れたりするよ」


「そうなの?」


「うん」


「そう言えば、ステラが使っているパジャマだけどさ、あの時に貸したパーカーのままだけど、その服で良いの? もしよかったら、今度の休みパジャマとか買いに行こうか?」


 私のその言葉にステラは少し考える素振りは見せるが、やがて首を横に振った。


「ううん、わたしこのパーカー気に入ってるんだ。だから、このパーカーが良いなって。リンクちゃんには迷惑かな?」


「別にそんなことないけどさ……」


 私はステラの言葉に自身の頬に熱が集まるのを感じていた。


 そう話している間も、ステラの髪の毛は乾いていき、全体が乾いてきたと思ったら、今度はブラシで髪をていねいに梳いていく。


 私がそうしている間、ステラは気持ちよさそうに目をつぶっている。


「ステラ、終わったよ」


「うん、ありがとうリンクちゃん!」


 とても嬉しそうな笑顔でそう言ってくるステラに対して、私も「どういたしまして」とだけ返して、さっき作っておいたアイスカフェオレをステラに手渡した。


「ステラ、今日はお疲れ様。初めての喫茶店営業だったけど、成功だったと思う」


 今日は初めての喫茶店営業だったが、おばあちゃん時代の時の常連さんが多く来てくれて、そこそこの忙しい1日だった。


「みんな美味しいって言って食べてくれてたから、嬉しかったなぁ~」


「ふふ、そうだね。でも、ステラも本当にお疲れ様。これからもよろしくね」


「うん、こちらこそよろしくだよリンクちゃん!」


 私とステラがお互いに労わると、グラスをうち合わせるのだった。

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