第5話「いざ再試験へ」


 遂にこの日がやってきた。再試験の当日だ。


 歯磨きして顔を洗ったら私は一度気合いを入れるために、パチンと頬を叩いた。


(今度こそ合格しないとね)


 私が洗面所の前で気合いを入れていると、眠い目を擦りながらステラが起きてくる。


「おはよう……リンクちゃん」


「おっおはよう、ステラ」


 ステラは眠そうな顔のまま歯磨きを始めている。


 結局、昨日は2人して変に緊張と興奮をしてしまい、なかなか寝付けずに2人そろって睡眠不足なのだ。


「ふふ、ステラすごい寝ぐせついてるよ」


 私が言うように、ステラの綺麗でさらさらのプラチナブロンドの髪は、あちこち跳ねている。


 私はミストを手に取ると、ステラの髪に吹きかけ櫛で髪を梳かしていく。


 その間にもステラは歯磨きを進めていく。


 ステラの歯磨きと、ステラの寝ぐせ直しが終わるのはほぼ同時だった。


「リンクちゃん、寝ぐせ直してくれてありがとう」


「う~~ん」


「リンクちゃん?」


 ステラは寝ぐせを直してくれたことに対してお礼を告げるが、返ってきた言葉は唸り声だった。


「ステラ、ちょっと待ってて!」


 私はそれだけ告げて洗面所を飛び出し自室に戻ると、机の引き出しからいつも自分が使っている白いリボンを取り出すと、すぐさま洗面所に戻っていく。


 洗面所に戻ると、ステラが不思議そうな顔をしてそこで待っていた。


「リンクちゃん、どうしたの?」


「いやさ、前から思ってたんだけど、ステラって髪の毛長いからさそのままだと料理する時に邪魔かなって思ってさ。だからさ……」


 私はそう話しながら、ステラの髪をおさげにして結んでいく。ステラが毛先だけがくせ毛なのか緩くウェーブしているので、こうしておさげにした方が似合うと思ったのだ。


「私とおそろいになっちゃうけど、私もゲン担ぎも兼ねてリボンを身に付けてるから、ステラもどうかなって思ったんだけど……」


 いや結んでから聞くなよと私自身思ってしまうが、やってしまったものはしょうがないといまは開き直るしかないと自分に言い聞かせる。いや、言い聞かせる必要もないか。


 ステラの返事を聞くのが怖くて、私は軽い現実逃避を計ってしまうがそんな必要はどこにもなかった。


「そんなことないよ、リンクちゃん! とっても嬉しいよ! それにこのリボンすっごくかわいいね!」


「そう? 普通のシンプルな白いリボンだよ」


「うん! とってもすてきなリボンだよ!」


「そっか。ステラが気に入ってくれたみたいで良かったよ」


 私はステラの言葉を聞いて、ほっと胸を撫でおろした。


(勝手に一人盛り上がってやっちゃったけど、ステラが喜んでくれたみたいで良かった)


 私の目の前では、リボンを気に入ったのかステラが何度も何度も鏡で、結ばれた髪の毛を見ている。ステラの尻尾もはちきれんばかりに揺れている。


「ステラ、そろそろ朝ご飯を食べておばあちゃんの所に行こっか」


「うん!」


 私の声に笑顔で答えるステラの姿に私も笑顔で答えると、ステラと共にリビングに戻ると、朝食代わりのシリアルを食べていく。


「朝食ならわたしが作ったのに」


 私が持ってきたシリアルを見て、ステラは残念そうな困ったような表情を浮かべている。


「いやいや、これから試験で作ってもらうし、朝ご飯までお願いしたら申し訳ない気がしてさ」


「別に気にしなくてもいいのに。だったら、明日からはわたしが料理は担当するね!」


「うっうん。ステラが嫌じゃなければお願いしたいかな」


「うん! 全然嫌じゃないから任せて! リンクちゃん!」


 嬉しそうに頷くステラに対して、私はもう一度「お願いね」とだけ返すのだった。


***************************


 身支度を整え終えた私とステラは、玄関に鍵をしっかりとかけると、おばあちゃんの喫茶店に向かうために目抜き通りを歩いて行く。


 まだ朝の早い時間ではあるが、雨が止んでいることもあり目抜き通りにはそれなりの人通りがあった。


「ほへぇ~、リンクちゃんの言う通り、獣人族の人たちいっぱいいるね」


 ステラが感心しているように、目抜き通りには多くの獣人族が歩いている。当然のことながら、私と同じ人間族も歩いているので、実に様々な人たちが行きかっていた。


仕事に向かう人、目抜き通りで開催されている朝市に向かう人、はたまたただ散歩しているだけの人。多種多様な目的を持って人々は行きかっている。


 私たちもその中に混ざりながら、おばあちゃんの喫茶店に向かって歩いて行く。


「相変わらず、すごい人だなぁ~。ステラはぐれないようにね」


「うっうん……」


 もうすでに目抜き通りの雑踏に飲み込まれそうになっているステラの姿を見て、私は慌ててステラの手を掴んだ。


「ステラ! はぐれないように手を繋ごう!」


「うん!」


「離さないでね!」


「わかった、ありがとうリンクちゃん!」


 私はステラの手を掴むと、私の方に引き寄せた。


「ステラ、おばあちゃんの喫茶店まであともう少しだから頑張って」


「うん!」


 目抜き通りの雑踏に飲み込まれながらも、私たちはなんとかおばあちゃんの喫茶店である『プハロス』にたどり着くことが出来ていた。


「はぁ~、なんだか試験が始まる前なのにすでに疲れたわ」


「あはは~、本当に目が回りそうになるぐらいの人だったね。この街の朝はいつもこうなの? わたしの村ではあんなの見たことないよ」


「そうだね。ここではあれが日常だね。ここに住んでいてもあの雑踏には慣れないよ」


 私が力なく笑うと、ステラも驚きながら力なく笑っている。


「さてと、この中に入れば本番だけど、ステラ準備は大丈夫?」


「うん! わたしは準備万端だよ!」


「なら、中に入るよ」


 私の言葉にステラが頷いたのを見て、私は喫茶店の扉を開いた。


 喫茶店に入ると、おばあちゃんがお店のカウンターで新聞を読んでいた。扉が開く音が聞こえ、おばあちゃんがこちらに視線を向けた。


「リンク、来たね」


「うん、来たよ」


 おばあちゃんのサファイア色の瞳(私の瞳の色はおばあちゃん譲りだったりする)に見つめられ、私は変に緊張してしまう。


「そして、リンクの後ろにいる狐族のあんたがステラだね」


「はっはい! ステラです! よろしくお願いします!」


 おばあちゃんに声をかけられたステラは、勢いよく頭を下げている。


「おばあちゃん、昨日話した通り今日は2人で挑戦していい?」


「別に構わないよ。それは昨日電話で伝えたはずだよ」


「うん、ありがとう。それじゃあ、さっそく初めてもいい?」


「ああ、構わないよ。リンクはいつも通りブラックコーヒーを淹れな。そして、ステラは料理は出来るんだろ?」


「はっはい! 出来ます!」


「なら、あんたの課題は一つだけだね」


「一つだけ……ですか」


「ああ、とっても簡単だよ。あんたの本気を見せてくれればいい」


 おばあちゃんのサファイア色の瞳が真っ直ぐ、ステラのルビー色の瞳を射抜いている。見る人が見ればとことん冷たく思えてしまうおばあちゃんの瞳だが、ステラは目をそらさずに見返している。


「わかりました。リンクちゃんのために、わたしの出せる本気すべてを出します!」


 そう言い切るステラの瞳には確かな闘志がみなぎっている。


 しばらくの間、にらみ合っていた2人だが、やがておばあちゃんがふっと表情を崩した。


「それだけの覚悟があるなら大丈夫だ。試すことをして悪かったね。あんたの料理楽しみにしてるよ」


「はい! 美味しいって思ってもらえるように頑張ります」


 ステラはエプロンを身に付けると、さっそく料理を始めている。


 ステラに出された課題は、オリジナル料理だった。もし、私がその課題を出されていたら、慌てることしか出来なかっただろうが、ステラは迷いなく料理を始めているので、私も自分の課題であるコーヒーを淹れる準備を始めていく。


 そして、おばあちゃんはいつものように新聞を読んで私たちの料理が出来るのを待っていた。


***************************


「お待たせしました」


 緊張した面持ちで、ステラはおばあちゃんの前に料理を出している。


 おばあちゃんは新聞をたたむと、ステラの料理を見て「ほう」と言葉をこぼしている。


「これは?」


「わたしの故郷の料理のスイートポテトです!」


「スイートポテトか。なるほど、こう来るのか」


 おばあちゃんはそう言いながら、「いただくよ」と呟くと早速スイートポテトを口に運んでいる。


 しばらくの間、おばあちゃんは黙々とスイートポテトを食べている。その間に私もコーヒーを淹れ終わり、おばあちゃんの目の前に置いておく。


 そして、十分咀嚼して飲み込むと、私が置いたコーヒーを飲んでいる。


 私とステラは固唾を呑んで、おばあちゃんからの言葉を待っていた。


 緊張で私が固まっていると、左手に安心する温もりを感じた。


 私が驚いて隣を見ると、ステラが私の左手に手を重ねていた。私も無意識のうちに、ぎゅっとステラの手を握り返していた。


 私が握り返すと、ステラもさらにぎゅっと手を握り返してくれる。


 そんな空気がどのぐらい続いただろうか?


 そんな空気がずっと続くとは思っていたが、もちろんそんなわけはなくやがておばあちゃんが口を開いた。


「ステラ、一つ聞いてもいいかい?」


「はっはい! なんでしょうか」


「このスイートポテトは誰のことを想って作ったものだい」


 唐突なおばあちゃんの質問に、ステラはよどみなく答えている。


「もちろん、リンクちゃんです!」


「なるほど。それがこの優しい味の正体か」


 おばあちゃんは納得したように頷くと、再び押し黙ってしまう。


 ステラの質問の言葉に、私は恥ずかしい気持ちと同時に、おばあちゃんの質問の意図が分からず首を傾げてしまう。


(おばあちゃんは、どうしてそんな質問を? というか合格なの? 不合格なの? どっちなの!?)


 私の心の中はぐるぐると感情が駆けていく。


 私たちは何とも言えない気持ちで、おばあちゃんの答えを待っていると、やがておばあちゃんが表情を崩している。


「うん、合格だよ。この味なら問題なくこの喫茶店を任せられるだろう。リンク、それにステラお店を任せたよ」


 そのおばあちゃんからの言葉を聞いた瞬間、私とステラは飛ぶように喜んだのだった。

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