第4話「七色と再試験に向けて」
「うわぁ~、綺麗!」
次の日、私はそんな声が聞こえてきて目を覚ました。時刻を確認すると、まだ朝の6時で、起床には少し早い時間だ。
私は眠い目を擦りながら、声のした方に視線を向ける。
すると、そこには無邪気な笑顔を浮かべながら窓の外を見るステラの姿があった。そんなステラさんの姿を見て、昨日の出来事が夢ではなかったんだと私は実感してしまう。そして、そんな気持ちを持ちながらベッドから出て、ステラさんの元に向かった。と言っても、すぐ近くにいるのだけれど。
「おはよう、ステラさん。どうしたの?」
「あっ! おはようございます、リンクスさん! 見てください、あれ!」
嬉々とした様子で指を指したステラの指を視線で追っていくと、その先には綺麗な七色が架かっていた。
「虹だ」
昨日まであんなに雨が降っていたのに、そんなことは知らない顔をした太陽が綺麗な七色を作り出していた。
「綺麗ですね」
「そうね」
私は言葉を失うほど、その七色に見入ってしまう。虹なんて小さい頃から何度も見て見慣れているはずなのに、今日の虹は特別に綺麗に見えてしまう。
「わたし、リンクスさんと虹が見れて嬉しいです」
「……リンク」
「えっ……?」
突然、そう呟いた私の言葉にステラさんは驚いているが、私はそんなステラさんにお構いなしに言葉を続けていく。
「私、親しい人にはリンクって呼ばれているの。だから、ステラさんにもそう呼んで欲しいなって思ったんだけど……ダメかな? それに、これから一緒に働く仲間になるんだし、その敬語はやめて欲しい……かな……って」
朝っぱらから私は何を言っているんだとも、自分でも思ってしまうが、それもこれも雨上がりに出来ている七色のせいだと責任転嫁しておこう。
(これはそうだ。朝から綺麗なものを見て、テンションが上がって口走ってるだけだ。うん、そう言うことだよ、きっと)
私は誰にするでもない言い訳を、心の中で並べ立ててしまう。そうしないと、いますぐにでも恥ずかしさで穴があったら入りたい気持ちだった。
私のいきなりの提案に、最初はきょとんとしていたステラさんだったが、やがて満面の笑みを浮かべながら頷いている。
「うん、わかったよ。リンクちゃん! だったら、わたしのことも呼び捨てで呼んでね」
「うん、わたっよステラ。それじゃあ、少し早いけど朝ご飯でも食べに行こうか」
「そうですね!」
私の言葉に笑顔でステラが答えたのを見て、私は最後にもう一度、空に浮かぶ七色を見るとリビングへと向かうのだった。
寝室を出る前に、私はきっと今日見た七色を忘れることはないだろうと、そんな実感が心には湧き上がっていた。
***************************
朝食を食べ終えた私たちは(もちろん、ステラお手製の料理)、私はステラとちょっとしたお勉強会を開いていた。
「ちなみにステラは、喫茶店の仕事って何をやるか知ってる?」
「ごめんなさい、そこまでわかってないかも。とにかく飲み物や食べ物を提供するお店ってぐらいしか」
「まあ、その認識で大方合ってるんだけどね。それで喫茶店には主に2種類あるんだけどね。細かくしちゃうと他にもあるんだけどそれはさておいて。でも、システム的なことだけを見れば、2種類しかないの」
「2種類?」
「うん。フルサービスとセルフサービスがあるんだけどその違いはわかる?」
私の質問にステラは首を横に振っている。そんなステラの反応を見て、私は当然だよねと思いながら説明を続けていく。
「フルサービスは店員である私たちが、お客様の元まで注文を取りに行って、注文を受けた商品を運んでいくスタイルなの。逆にセルフサービスは、お客さんから注文受けたらその場である程度の物は用意して、お客さんに渡してお客さんにそのまま席へ運んでもらうスタイルがあるの」
「ほへぇ~、そんなスタイルの違いがあるんだね」
「そうなんだ。それで、私のおばあちゃんの喫茶店はフルサービス制だから、注文を取って、注文された商品を運ばないといけないの」
私の説明を受けたステラは、ふむふむと頷いている。
「それで私たちの役割なんだけど、接客に関しては私とステラが出来る方がやるって感じで動いて、私がコーヒーとかの飲み物を用意するから、ステラには主に料理を担当してもらいたいって思ってるんだ」
「それで昨日の発言が出たんですもんね」
恥ずかしそうにそう話すステラの姿を見て、こっちまで恥ずかしくなってしまう。
(まさか、あの言葉がステラの村ではプロポーズの言葉だったなんて、夢にも思わなかったわよ! というか、こんな偶然ってあるの!?)
私は昨日のことを思い出して、自爆してしまう。頬に熱が集まるのを感じて、その事実でさらに気恥ずかしさが加速してしまうが、なんとか私とステラは顔を見合わせた。
対して、ステラの方も同じような感じだったみたいで、忙しなくステラの特徴的な赤眼が動いている。
私たちの間には何とも言えない空気が流れ、私は無理やりこの空気を払拭するべく、わざとらしかったが咳ばらいを一つして話を戻すことにする。
「それでね、おばあちゃんの試験では課題になる料理があって、その中から一つだけランダムに選ばれて作らされるんだけど、ステラはこの中の料理を見て、得意、不得意とかってある?」
私はおばあちゃんから渡されていた課題表をステラに見せた。その表にはパスタ、ピラフ、サンドイッチ(ミックスサンド)、ハンバーグ、オムライス、ビーフシチュー、パンケーキと書かれ、最後にはオリジナルメニューと書かれていた。
私はこの中でも1番簡単そうなサンドイッチが選ばれて挑戦したのだが、それですら不合格をもらってしまったので、私の料理の腕の壊滅さには自分でもほとほと呆れてしまう。
ステラは私の言葉に少し考えるそぶりを見せると頷いた。
「1番得意な料理を聞かれたら、わたしの故郷の料理だけど、美味しく作れると思う。リンクちゃん、ちょっとキッチンと食材を借りてもいいかな?」
「うん……平気だよ……」
私が不思議に思っていると、ステラは私が使っているエプロンを身に付けるとものすごい勢いで料理を進めていく。
その何言わぬ迫力に私は気圧されてしまう。
室内には包丁の音や、鍋でぐつぐつと茹でる音。フライパンで物を炒める音が幾重も重なり合って聞こえてくる。それはさながら、ギターやベース、ドラムが奏でるバンド演奏のようにも聞こえてくる。
というか、私にはキッチンで何が行われているのかが理解できなかった。
(本当にキッチンで何が起きてるの!? なんか私が知らない使われ方してるんだけど!)
私の家のキッチンは、一応3つ同時に料理を出来るようになっているのだが、フルで稼働しているところを私は母親が使っている時しか見たことがない。
私が料理する場合は、お察しの通り一つしか使っていなかったり、もしくは完全に使わなかったりなので、本当に目の前で起きていることが理解できなかったのだ。
私が驚きで固まっている間、ステラは本当に楽しそうに料理を進めている。そんなキラキラなステラの笑顔を見て、私は金縛りから解けて、座ってステラのことを見守ることにする。
そして、ステラが料理をし始めて45分ほど経過し始めた頃には、続々と料理が出来始めていく。
ミックスサンドから始まり、課題表に書かれていた料理が運ばれてくる。
見た目も綺麗に盛られていて、とても美味しそうに見える。
(なっなに!? この見た目だけこんなにも美味しそうに見えるなんて! 見た目だけでもこんなに変わるものなの!?)
私が驚いている間も、どんどん料理が運ばれてくる。
(いやいや、待って待って! 本当にどんどん出来るじゃん!)
「これで最後の料理だよ!」
そう言ってステラが最後に持ってきたのは課題表にもなく、私が見たこともない料理だった。
「ステラ、それは?」
「わたしの故郷のデザートで、スイートポテトって言うんだよ。さつまいもを蒸して潰して、生クリームやバターなんかで混ぜてオーブンで焼いたら出来上がるんだ。課題表にオリジナルメニューって書いてあったから、作ってみたんだけどどうかな?」
ステラが不安そうに聞いてくるので、私は促されるままにそのスイートポテトを口に運んだ。そして、私は衝撃を受けてしまう。
舌触りは滑らかで、さつまいもの甘みが口いっぱいに広がり、幸せな気分になってしまう。
「おっ美味しい……」
気が付いた時には、私の手の中にあったスイートポテトはなくなっていた。
「ふふ、お代わりもあるよリンクちゃん。食べる?」
「食べる!」
ステラのその言葉に、私は即答してしまい恥ずかしくなってしまう。
(嫌だ、私ってば食い意地が張ってるみたいじゃない……)
私が恥ずかしいと思っていると、ステラはそんなの気にしていないみたいな笑顔で、お代わりのスイートポテトを差し出してくるので、私は迷いなくそれを受け取るとそれを頬張るのだった。
あっ、他の料理もとっても美味しくいただきました。
***************************
「リンクちゃん、料理あれで大丈夫かな?」
その日の夜。そろそろ寝ようと思い、私はベッドに入り、ステラが布団に入ると、ステラが不安そうに口を開いた。
「えっ? 全然、問題ないと思うよ」
(むしろ、問題を見つける方が難しいんですけど。あれで不合格になったら、私がおばあちゃんに猛抗議をしてしまうかもしれないし)
「合格できるかな?」
「できる……って言いたいところだけどおばあちゃん気まぐれなこともあるからなぁ~。だけど、絶対に合格してみせる!」
私の言葉にステラはくすくすと笑っている。
「でも、2人で喫茶店を開けるのものすごく楽しみだね」
「そうだね。まあ、喫茶店をやるにはまずは合格しないとだけど、でも、2人でやれたら素敵だね」
私とステラは顔を見合わせて笑い合うと、自然と小指同士を絡ませていた。
「頑張ろうね、ステラ」
「うん! 頑張ろうねリンクちゃん!」
私たちは手を繋いだまま、目を閉じるのだった。
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