第3話「決意と契約」


(恩返しって言ってたけど、ステラさんは何をするつもりなんだろう?)


 いまステラさんはキッチンに立っていて、鼻歌を歌いながら料理をしている。


「リンクスさん、冷蔵庫の中身、少し使わせてもらってもいいですか?」


「えっ? うっうん。家にあるものなら何でも使ってもらって大丈夫だから」


 私の言葉を聞いたステラさんは、「ありがとう」と答えると、てきぱきと料理を進めていく。


 私は私でエプロンを身に付けて、料理を進めていくステラさんを眺めていた。


「リンクスさんは何か苦手な食べ物とかってありますか?」


「え~と、セロリとかが苦手かな」


「わかりました」


 ステラさんはそれだけ聞くと、さらに料理を進めている。


(ステラさん楽しそうだなぁ~)


 料理をしているステラさんの姿を見て、私の口元は自然と緩んでしまう。そして、待つこと1時間。


 私は目の前に出された料理を見て、心の底から感動を覚えてしまう。


「簡単なもので申し訳ないのですが、食べてもらえると嬉しいです。わたしの故郷の料理なのでお口に合えば良いんですけど……」


(これが簡単なものなの!?)


 私はステラさんの言葉に衝撃を受けてしまう。


 私の目の前にはほかほかの炊きたての白ご飯があり、湯気を立てているお味噌汁があり、焼き魚があり、たまご焼きがあり、葉物の和え物があった。


 料理が苦手な私にとって、十分すぎるぐらいの料理たちだった。


 私はほとんど反射的に用意されていた箸を手に取り、目の前にあったたまご焼きを口に運んだ。


 口に入れた瞬間、たまご焼きの優しい甘みが口の中に広がり私の心はほっとしてしまう。そして、私の箸は次から次へと料理を口に運んでいく。


 気が付いた時には、私は目の前にある料理を平らげていた。


「……美味しかった」


 私の口から自然と言葉がこぼれ、心は幸福感に包まれていた。


 料理を食べてこんなに幸福感を覚えたのは久しぶりかもと私が考えていると、ステラさんが笑顔で語りかけてくる。


「ふふ、お口に合って良かったです。わたし家事の中で1番料理が得意だったので、それで恩返しが出来て良かったです」


「そうだったんだ」


「はい。わたし、小さい頃からお母さんに料理を教わっていて。お母さんにいつも言われていたんです。料理はとても大切なものだって」


「そりゃあ、生きるためにはご飯を食べないといけないからね」


「それもそうですけど、料理は生きるためだけじゃなくて、わたしたちの心にとってもとても大切なものなんですよ」


「心?」


 私はステラさんの言葉に「心ってなんだっけ?」と頭が混乱してしまうが、すぐさま「心って感情を感じる部分だっけ」と思い出す。


 私は困惑したままの状態で顔を上げると、目の前ではステラさんが優しく微笑んでいた。


「リンクスさん、わたしの料理を食べてどう感じましたか?」


「えっ? え~と……」


 私はステラさんのその突然の質問に、戸惑いながらも答えていく。


「それは、こんなに美味しい料理は久しぶりに食べたなって。美味しい料理ってこういうことを言うのかなって……」


 自分で話していて、自分が何をステラさんに伝えたいのかがわからなくなってしまう。支離滅裂な会話だということは自分でも何となく気が付いていた。


 そんな支離滅裂な私の会話にも、ステラさんは笑顔で聞いてくれている。まるで、私の言葉がまとまるのを待ってくれているかのように。


 私は頭を振って余計な気持ちを振り落とすと、ステラさんの料理を食べた時に感じた気持ちを言葉にする。


「ステラさんが作ってくれた料理、本当に美味しかった。こんなに美味しい料理を食べたのは久しぶりって思うぐらいに……私、さっきから美味しいしか言ってないし。でも、ステラさんの料理が美味しいのは事実だし。ステラさんの料理なら毎日食べたいって思うぐらいに」


(本当にこんな気持ちになったのは初めてだ)


 私は自分で言っていて驚いてしまう。そんな私に対してステラさんは笑顔になっている。


「そんなに気に入ってもらえるなんて思っていなかったので、すごく嬉しいです。それにリンクスさんが幸せそうで良かったです」


「えっ……? そうかな?」


「はい、私の料理を食べている間、ずっと幸せそうでした。料理には人を幸せにさせる効果もあるんですよ。わたしの料理で幸せになってくれたことが、とっても嬉しいです」


 そう笑顔で話すステラさんの姿を見て、私は固まってしまう。ステラさんの真っ直ぐすぎる笑顔は眩しすぎる。


 私はしばらくの間、惚けたようにステラさんのことを眺めていることしか出来なかった。


***************************


「リンクスさん、今日は本当にありがとうございました」


 ていねいに頭を下げるステラさんに、私は「ああ、いえ」となんとも味気ない言葉を返してしまう。そんな私の素っ気ない返事にも気にした様子はなく、ステラさんは笑顔で続けている。


「リンクスさんが助けてくれていなかったら、わたしはあの雨の中いまも彷徨っていたと思います。だから、本当に色々とありがとうございました。もうこれ以上はご迷惑になってしまいますし、だから、わたしはそろそろ行きますね。服もきっともう乾いていると思いますし、わたし服を着替えてきますね。それにこれ以上リンクスさんのご厚意に甘えるわけにもいかないですから」


 ステラさんはそう話してもう一度笑顔を見せると、洗面所に向かっていく。そんな小さな背中に、私は思わず声をかけ呼び止めていた。


 呼び止められたステラさんは、不思議そうに首を傾げている。そんなステラさんに同調するように、白くてふさふさの尻尾が揺れている。


「…………」


「リンクスさん、どうしたんですか……?」


 ステラさんのことを呼び止めたのは良いが、私は二の句が継げず、口の中で言葉が転がり、見つけた言葉もすぐにどこかへ行ってしまう。


 だけどたった一つわかっていることがあるのだとしたら、ステラさんと一緒にいるこの空間はとても心地よくて、ステラさんの手料理をもっと食べてみたいと感じている自分がいることだった。


(どうしてだろ? 人付き合いなんて面倒で、大っ嫌いで、プライベートじゃ絶対に関わりたくないと思っていたのに、いまはステラさんのことを知りたい、もっとステラさんと一緒にいたいって強く想う。おかしいな、初対面の子なのに……)


 私は自分の中で芽生え始めている気持ちを自覚して驚いてしまう。先ほどは体のいい言い訳を並べて逃げていたくせに。


 そんな自分に自分で笑ってしまう。本当に自分で言うのもバカらしいほど滑稽で、見事なまでの手のひら返しだった。


「リンクスさん……?」


 ステラさんに名前を呼ばれ、はっとさせられ私は咄嗟に言葉を発していた。


「ステラさんさっき言ってたよね。この街には出稼ぎに来たんだって」


「はい、言いました」


「だったら……だったら……さ」


 この先の言葉を言ってもいいのかと、私はここに来てさらに迷ってしまう。完全にこの先の言葉は、自分勝手も良いところだ。


 ものすごく緊張して、心臓はバクバクと鳴っている。しかも、口の中は渇きちょっとのことで言葉が詰まってしまいそうだった。


 私はグラスに残っていたカフェオレで口の中を潤して気持ちを落ち着かせると、ステラさんの赤眼を真っ直ぐに見ながら次の言葉を口にしたのだった。


「ステラさん、私の喫茶店専属の料理人になってよ!」


 実際はまだ私の喫茶店ではないけど、ステラさんの料理の腕があれば絶対に合格できるって私は確信していた。


 出稼ぎに来たステラさんに頼むのは、ちょっと自分本位な考えだとわかっているけど、それでも私はステラさんに料理人になってもらいたかったのだ。


 ステラさんから返ってくる言葉が怖くて、私は両目をつぶってしまい、ステラさんからの言葉を待っていたが、待てど暮らせどもステラさんからの返答がなく、不思議に思いステラさんの方に視線を向けると、ステラさんは顔を真っ赤にして口をパクパクとさせていた。ステラさんの尻尾も忙しなく揺れている。


 予想外のステラさんのその反応に私は戸惑ってしまう。そんなステラさんの姿を見て、私が何も言えないでいると、口を開いたのはステラさんの方だった。


「りっリンクスさん!? なっ何を言ってるんですか!?」


 いきなり取り乱し始めたステラさんの姿を見て、私が慌ててしまう。


「えっと、ステラさん?」


「リンクスさん!」


「はっはい!」


 心配になって声をかけたのだが、いきなり名前を呼ばれた私はピンと背筋を伸ばしてしまう。


「いまのってプロポーズですか?」


「えっええ!? ぷろ……プロポーズッ!?」


 今度は私が取り乱す方だった。


(というか、どうしてその発想になったの!?)


 私が何も言えずあわあわしていると、先に復活していたステラさんが事情を説明してくれる。


「わたしの村では、その言葉はプロポーズの言葉として使われているんです」


 ステラさんは恥ずかしそうに手身近にあったおぼんで目以外の顔を隠している。


「そう……だったんだ……」


(全然知らなかった。やっぱり、獣人族には獣人族のルールがあるんだなぁ~。まあ、当然かもしれないけど)


 私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、ステラさんに一度謝ってから説明をする。


「えっと、つまりリンクスさんは、おばあちゃんの喫茶店を継ぐために試験を受けてるんですけど、料理の方が合格点をもらえてないので、わたしに料理人として一緒に喫茶店の店員として働いて欲しいということですか」


「うん。恥ずかしい話、私コーヒーは淹れられるんだけど、料理はどうやっても出来なくて、だから、ステラさんが一緒にやってくれるなら助かるなって。身勝手なこと言ってるってことは自覚しているし、もちろん、一緒に喫茶店をやり始めたらお給料だって払うから。それに住む場所もここに住んでもらって大丈夫だから。ここは実家だけど、私の両親は王都で働いてるから家にいないんだ。だからさ、どうかな?」


 私のその言葉に、ステラさんは少し考えるそぶりを見せたが、笑顔で答えるのだった。


「はい! こんなわたしでよければぜひよろしくお願いします!」


 そう言うとステラさんはぺこりと頭を下げるのだった。


「こちらこそよろしくお願いします」


 私も頭を下げて、お互いに顔を上げた時に、どちらかともなく笑いだしてしまうのだった。

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