第4話 郷へ

 すでに武蔵の国だ。

 最初の駅へと入る。


 馬を休めさせていると、待っていたのか、男が一人やってきた。

「ご機嫌よろしく、お目にかかります」

と男は切り出した。

「なんだ」

 加流が応じた。

「都の、検非違使の皆さんでしょうか」

「そうだ」

さとまで、案内をつとめます」

「助かる。頼むぞ」

 

 昼にはまだ早い。

 従者が、汁と食物を調達し、一行は案内に引かれて動き出した。

 細い道をうねり、くねり、進んでゆく。


 しばらく行くと、水の湧き出る、涼し気な木立があった。

郷人さとびとの目印です」

と案内人が言うので見ると、道が二手に分かれている。一方は右に曲がり低地を奥の方へ、もう一方はまっすぐ先の丘ヘと続いていた。

「あの柵の向こうが、入間の郷です」

 丘の稜線には、木の柵が連なり、空に映えていた。その先は、登らないと見えない。


「ここで腹ごしらえだ」

 一行は食事にかかる。かれいいは、もう底をついていた。汁もあったが、湧き水も飲む。水は、口に柔らかかった。かすかな風に、草の匂いがする。


 食事も済んだ。従者たちは片付けをし、一行は進み始める。

 丘の緩やかな斜面。業平は、これまでの馬を気遣ってか、騎乗せず徒歩で登る。

 日は高いはずだが、空は曇っていた。丘を登りきった瞬間、一陣の風が吹き渡り、天の雲間から、光が地上を照らした。


 丘から見下ろす世界。そこは、一面の緑。

 点々とつながる無数の白い花が大地を覆う。開花を迎えた紫草の群生が視界いっぱいに広がり、緑と白との波となって、水平線のように空に接していた。

「入間の郷です」

 一行は、丘の頂きにて、風をまとい、しばし立ち尽くしていた。

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