第2話 宮の使い 

「では、ゆこう」

 その男は、整えられた馬にまたがり、従者とともに都をたった。

 目指すは武蔵の国。京からは、しばらくの道のりとなる。

 馬を引く従者が、男に話しかける

業平なりひら様」

「うん」

「武蔵の国には、初めてのお出でで」

「そうだ」

「実はわたくしも」

 業平は、従者の様子を見てとると、言った。

「あちらには、別に案内がいる。大丈夫」


 馬上の貴人の名は、在原業平ありわらのなりひら

 和歌を詠ませれば右に出るもののない、宮廷の誰もが認める端麗の人。

 今回の任は、検非違使けびいしの祭典用式具の出来の検分であった。

 彼の地には、式具のうち、馬具のあぶみを求めている。


 鐙は、乗馬時に足をのせる部分であるが、武蔵は、その産地として評判があり、「武蔵むさしあぶみ」として知られていた。

 房の取り付けや彩色など、細かな装飾は都で行うが、式典で披露するから、まず大本の形が上等でなくてはならない。足下が長く伸びた、大和式の舌長したながあぶみを特別に作らせていたのだった。


 それはそれとして、この道行きは、東国遊行でもある。

 時は藤原氏の盛りであり、業平ほどの血筋であっても、その官位を上ることに棹をさされることがあった。

 いたずらに閑職というのではないが、そこはさる帝の孫である彼の立場をすれば、役目にかこつけて、旅行くことなど造作ないのである。


 業平の従者は、続ける。

「ところで、かの国に行ったという、女の話はお耳にしてらっしゃいますか。宮中では、式女と呼ばれていた」

「ああ、きいてるよ。昔の話さ」 


 そう、業平には実感のない、伝え話。ほんとにあったことなのか、あったとしても、その時から干支で一回り以上も経っている。見たこともない女のこと。

「武蔵でお過ごしになるのは、どちらのさとでしたかね」

入間いるまときいている」

「あ、そうでした、そうでした」


 業平の一行は、自身に従者、別に騎乗する護衛の供とその馬引き、武蔵までの案内人の五人であった。

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