第4話 悪役令嬢?①



 この都市で魔法が使えないという文章の正しさを成立させるには、この都市の外では魔法が使えるという事実が存在しなくてはならない。




          ◆◇◆




 椚木くぬぎ莉乃りのさんとか言う人は、一年五組にいるらしい。

 図書委員をしている地味な子らしい。

 眼鏡を掛けた大人しい子らしい。

 けれども人のことによく気付く、優しい子らしい。

 眼鏡を外すと大きめの瞳がとてもチャーミングな、可愛らしい子らしい。

 ユキとは中学の頃、同級生だったそうだ。

 色々あって言い出せずに終わったらしいが、その頃からユキのことが好きだったらしい。


「そういえば中三の頃、図書室で受験勉強をしている時によく近くに座っていた」


 というのはユキの弁。

 それより私は、ユキと言えばいつも寝ている印象しかなくて、図書室で勉強なんてことが出来たのかと驚愕していた。

 驚愕して絶句する私の表情から何かを察したのか、ユキは少し苦々しいといった表情を浮かべて言った。


「僕だってまだあの頃はここまで寝てなかったんだよ」


 そうかもしれないけれども、少し疑わしいと感じた私は首を傾げながら問う。


「でも図書館で寝てたんでしょ?」

「まあね」


 あっさり認めてユキは跋が悪そうに首筋をカリカリと掻くのだった。

 今ほどではなかろうと、ユキの睡眠癖が幼いころから顕著だったことを、私は彼の妹の深雪ちゃんから確認を取っている。言葉によって確認をしたわけじゃなくて、深雪ちゃんはコミュニケーション手段に音声言語や筆記言語を用いるということを一切しないから中々に理解しがたかったのだけれども。うん、深雪ちゃんも兄であるユキによく似た、非常に可愛らしい子なんだけれども、あの兄にして妹ありというか、色々と複雑な個性の持ち主であるとも思う。


 ――脱線した。


「それで、なんで付き合うことになったの?」


 訊くと、ユキは困ったように頭を掻いた。何やら言いたくないらしい。と言うことはきっとろくでもないことなのだ。


「ま、いいけど……そんなに長いことじゃないんでしょ?」

「んーと、三か月、くらいかなぁ」


 かまかけるつもりで言ったセリフにユキはあっさりと応えた。三か月って、この男は、三か月で別れるつもりなのだ。その椚木莉乃さんとやらと。ひどいことだ。乙女心を弄ぶと宣言しているのだ。なんてひどい男なのだろう。本来ならば親友として注意しておかなくてはいけないのだろう。そう思うのだが、私の口から出たのは消極的な応援だった。


「ふぅん、まあ、頑張ってね。何をするつもりかわからないけれど」


 わからないけれども、きっとユキのすることだからそれはきっと、色々な意味で必要なことなのだろう。


「うん、あとくされない方法で別れるよ!」


 満面の笑みで言いやがった。

 ああ、椚木莉乃さん。なんてかわいそうなのだろう。と言うか、ユキがひどい男なんてことは、私はよく知っているので、そんなひどい男と椚木莉乃さんが最終的に後腐れなく別れられるということは、椚木莉乃さんにとっても良いことなのではと考え直してみる。うん、きっとそうだ。


「あんまり泣かせないのよ?」

「んーん、それは無理かなぁ」


 そうでしょうとも。



 そうして私とユキは距離を置くことになったわけなのだけれども、それに対して当座、困ったことはと言えば。


「うーん、どうしよう?」


 父にユキを家に招待しろと言われたのだけれども。

 距離を置く以上、それはできなくなった。

 かと言ってその理由を父に説明するのは難しい。

 どう言葉を継ぎ足しても「付き合ってたが別れた」としか思われないだろう。

 そして三か月後、ユキが椚木莉乃さんとやらと無事別れ終わったその後、私とユキは再び、対外的には付き合っているように見える状態に戻るのだ。

 付き合って別れて、そしてまた付き合って。

 そんなの、とても外聞が悪すぎる。特に、父に対しては。

 なんというか、とてもいい加減に見えてしまう。

 正直な関係を話したところで父はどうせ信じないだろうし、他の皆も然りだ。

 ああ、どうにか父に対して誤魔化すことができないものか。

 ユキが去った後の空き教室で思案を巡らせていると、恐る恐る開いた教室の扉の向こうには初美。

 何だかおびえたような表情にどうしたのかと見ていると、見る見る瞳を潤ませて突進してきた。


「わあああああああぁんっ、みぃおおおぅっ! げんぎだじでぇっ」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔の初美の体をがっしりと抱き留めながら、私は本当にどうしたものかと嘆息した。


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