さん
色っぽくなった訳ではない。
大人びたわけでもない、何も変わっていないはずなのに。
湯上がりの魔法なのか、なんなのかはわからないけど。
気怠げにボサボサの髪をタオルドライしながら廊下から出てくるミナトが魅力的に見えた。
「……暑い」
退け、と言われてる気がするので扇風機の前を譲る。
ふん、と満足気に風を浴び髪をなびかせるミナトを見る。
キレイな黒髪を手荒に乾かしていくミナト。
なんだかもったいないなと思いながら見ているとミナトがこちらを向く。
「どうかした?」
「いや、キレイな髪なのに雑に扱うなぁって」
思ってることだけを只々述べる、隠すものもありながら。
「凄いでしょ?触ってもいいよ」
なんでその流れになるのかはわからないが触れと言う意思が伝わってくるので恐る恐る触ってみる。
「凄い、滑らかだ」
根本から毛先まで、短い距離を指でなぞる。
あんだけ乱雑にタオルドライしてもこんだけキレイでちゃんとした髪を維持できるなんて。
……ん?
「シャンプー、同じの使ってたっけ」
「いや、忘れてきちゃったから借りた」
まぁ良いけど……なんだか、自分と同じ香りなのに違う感じがする。
「こんなシャンプー使ってるんだね、いい香り」
わざわざ僕に近寄りながら語りかけてくるミナトに少しドキッとする。
「一応お気に入りの奴だからね」
慌てて距離を取るとミナトは詰め寄ってくる。
「ちょっと、ミナト?」
「どうしたの?惚れた?」
……。
「体温計取ってくる」
「冗談だってばぁ」
笑いながら扇風機の前に戻るミナトを見ながら。
冗談で済むのか、と少しだけ自問自答する。
確かにミナトはかわいいし、実際高校まで好きな人だった。
『私ね、恋愛とかはわかんないから。しないんだ』
その一言で諦めざるを得なかった、ただそれだけだ。
「ミナトがそんなこと言うなんて、珍しいから」
「確かに昔の私なら言わなかったかも知れないね」
……今なら、言うのかな。
この数年、ミナトはどんな成長をしたのか。僕にはわからないのだから。
「苦い表情してる」
「苦い思い出を思い出してるだけだよ」
忘れたくても忘れられないあの日を思い出しているだけだ。
「それでもどこにも行かなかったのは知ってるでしょ?」
「むしろ今ここに居るのがびっくりなくらいだよ」
そうこう会話を交わしている間にミナトの髪が乾く。
ん、と言いながらタオルを差し出してくるミナト。
「うーん……とりあえずあそこのカゴの中に入れといて。ちゃんとしたの今度買ってくるから」
僕の服が入ったままの脱衣カゴを指差しながら。
「別に一緒でも良いけど」
僕が困ると言うか。
ミナトはタオルと着替え、そして下着を乱雑にカゴに入れる。
「せめて下着は隠してくれない?」
「へんたい」
はぁ、とため息をつきながら。
しょうがないなと言った背中を見せながらタオルで下着を隠すミナト。
「これでいい?」
「うん、ありがとう」
流石に幼馴染だろうがなんだろうが。
一人暮らしの部屋に女性物の下着があるのはなんか、むず痒い。
とは言え今は一人暮らしではないんだけど、結果論としては。
その後、またゲームをやったりしながら話を続ける。
テレビに映るどうでもいいニュースのことや、色々なこと。
数時間経って、区切りの良いところで一旦ゲームを終了させる。
ベッドに腰掛けるミナトを見て。
「寝るでしょ」
「寝ないよまだ」
この十分後、ミナトは静かに寝息を立てているのだが。
まだ寝るにはちょっと早いなと思いながら、でもすることもないし。
ミナトは寝てしまったからやれることの範囲も狭まる。
買い物に行こうにも女の子一人を残して行けやしない。
……と言うか一人で外に出ようと思ったら一応合鍵は渡しておかなきゃいけないのか。
確か玄関に合鍵が……あった。
キーホルダーも何も付いてないそのままの鍵を渡すのはなんか気が引けたので良いものがないか探す。
「この辺に……確か、埋もれてる」
中学生の頃にミナトと一緒に遊びに行った時に買ったお揃いのキーホルダー。
未だにどうすればいいかわからず、持ってきてしまったキーホルダー。
「……懐かしいな」
まだミナトに想いを伝えると言うことも考えていなかった頃。
純粋に楽しかったと言う思い出の証でもある。
あの頃もこんな感じでミナトに振り回されてたなと思うと懐かしさが込み上げてくる。
急に寂しくなって心細くなって。
隣りにいるというのに、寂しい。
ミナトが隣りにいるのに寂しい。
「いいか、寝ちゃおう」
鍵にキーホルダーを付けて机に置いて、寝袋をクロゼットの中から取り出す。
床がちょっと硬いけど、別に大丈夫だろう。
そう思えてたのは数時間だけだったんだけど。
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