勇者として召喚されましたが、前の世界では『魔王』と呼ばれていました……え、お前も?

橘トヲル

第1話 二度目の異世界転移


「国王陛下、召喚は成功でございます!」

「おお! 見事だエレイーナ」


 ぐわんぐわんと揺れる視界に吐き気をこらえていると、耳に聞き覚えのない上機嫌な声が聞こえて来る。

 ここはどこだろうか。

 自分は確かコンビニで買い物をし終わって帰る途中だったはず。

 そこまで思い出して霜月怜人は意識がようやく覚醒した。


「ふむ、しかし見よエレイーナ。こやつの間抜け面を。これが本当に勇者なのか?」


 訝しむような声を上げたのは中年のオッサンだった。

 頭には宝石が幾つも付いた豪奢な王冠を被り、赤いマントを着ている。

 どう見ても王様のコスプレをしているオッサンか、そうでなければ王様だろう。

 見た瞬間から胸に嫌な感覚がせり上がってきているので怜人は間違いないと判断した。


「はい。確かに私の召喚魔法は『勇者』の称号を持つ者を集めるように設定いたしました。解析には時間がかかるやもしれませんが、一応『鑑定』をしてみましょうか?」

「うむ。間違いということもあるからな」

「御意」


 そう言って長い金髪を揺らしたエレイーナと呼ばれた少女が目の前にかがみこむ。身に纏っているのは白い華やかなフリルのついたドレス姿だ。だがその胸部分は大きく成長した双丘で押し上げられている上強調されている。まるで高原に咲く一輪の白い花のような美しさは、おそらく周りの人間の目を奪うだろう。

 その緑色の目が怜人のつま先から上へと昇って行く。エレイーナの目には複雑な形をした魔法陣が浮かび上がっていた。魔法陣が浮かんだままの目と怜人の目が合うと、エレイーナはニコッと微笑みかけてくれる。花が咲くような美しい笑みに怜人は――


「おげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 胃の中のものを一気に全部吐き出した。


「ひゃああああああ! な、何!? いきなり何ですの!?」


 先ほどまでの聖女然とした雰囲気を全てかなぐり捨てて慌てて飛びのく少女。その甲斐あってかろうじて怜人の放ったゲロは回避できたようだった。

 だが周囲ではエレイーナの叫びに国王の周囲を固めるきらきらした鎧を身に纏った騎士たちが一斉に警戒態勢を取った。中でもひときわ豪奢な白銀の鎧に身を固めた大柄の騎士は、鋭い眼光で怜人を、いやエレイーナの背中を射抜いていた。

 口の中に残るすっぱさに耐えながら、涙でにじむ視界をどうにか開いて見回すと自分がその緊迫した空気の中心にいるようで居心地が悪い。少しでも視線を逸らそうと非難するような視線を送って来る少女の顔を見る。


「あんた、もしかして王族なのか?」

「え? どうしてわかりましたの? 確かにわたくしはリュートレーネン侯爵家の娘ですから、王家の方とは確かに親戚筋に当たりますけれども……」


 首を傾げるその顔立ちは、国王とは似ても似つかないかわいらしさだったが、どこかに似通ったものを感じた。怜人はつばを飲み込んで仕方なく話す。


「俺は王族アレルギーなんだ。悪いけど近寄らないでくれ……」

「あ、そうなんですの……え? そうなんですの?」


 一瞬納得しかけたエレイーナだったが同じ言葉を二度繰り返して驚く。

 確かにそんな不敬なアレルギー持ちなどこの世のどこを探しても怜人一人ぐらいだろう。

 戸惑って目を白黒させている様子だったエレイーナだが、背後から「ゴホン」という咳払いが聞こえて振り向く。怜人もそちらを見るといかめしい顔をした黒服の男性と背後に佇む騎士服の者達がいた。エレイーナはそのいかめしい顔立ちをした黒服の男と視線が合うと、若干顔を青くし取り繕った口調で早口に言う。


「ま、まあそう言うことでしたら。すみません、親衛隊の皆さま、こちらの勇者様の介抱をお願いいたしますね」


 そそくさと立ち去る背中からは、向こうもこんなゲロまみれの奴からはさっさと離れたかったに違いない。役目を押し付けられた親衛隊とやらの面々も、誰が片付けるか小声で揉めているようだった。


「陛下。間違いございません。確かにこの者には『勇者』の称号がございます」


 エレイーナが声を掛けた時、国王は4人の男女と話しているようだった。その4人の風貌は明らかにこの場で浮いている。かくいう怜人自身も王様だの騎士だのに囲まれている中ゲロのついたパーカーを着ているので浮いていることこの上なかったが。


「おお、そうかそうか。それで、どのような能力をお持ちなのだ?」

「ええと、それがですね」


 そこで初めて少女は言いよどんだ。


「スキルやギフト、魔法などはなく……ただ持ち物に《マナジウム結晶体》とだけ」

「な、なんだと!? それではハズレなのか!?」


 国王の怒りを孕んだ声にエレイーナの眼が泳ぐ。


「い、いえその……他の方々は素晴らしいものをお持ちですし。召喚が失敗したというわけでは」


 言い訳じみたエレイーナの言葉だったが、続いて声を張り上げようとした国王の言葉を遮った者がいた。


「つまり僕らにその魔王とやらを倒して欲しいと言うわけですね」


 子どもながら知性を含む落ち着いた声だった。細い銀縁の眼鏡をくいと上げるしぐさが似合っている。足もとまである長い純白のローブに身を包んだ少年だった。薄緑色の髪の上に大きな帽子をかぶった少年は、顔立ちから見ておそらく小学生くらいだろうと思われた。手に持つ長杖が、より体の小ささを浮き彫りにしていた。


「さすが勇者様。あの短い説明でお分かりになりましたか。おっしゃる通り我らの願いは魔王の討伐でございます。彼奴ら魔人族の横暴によって我ら人族は徐々にその領土を減らし、既に滅亡の危機に瀕しているのです」


 少年の言葉に必死な声を上げたのは国王だった。見ているだけで吐き気がする。


「では余にそのような雑事を成せと言うのか、塵芥の王よ」


 不機嫌さを隠しもしない、冷たく傲慢な声を上げたのは長い桃色の髪をした女だった。目の間に立つ国王よりもなお豪奢な白い服にヒールの高い靴を履くその女に、国王が一瞬鼻の下を伸ばしたのを怜人は見た。だがその好色な表情は女の氷よりもなお冷たい視線とぶつかって引っ込むことになる。


「こ、これは我が国にとって死活問題なのです! もし邪知暴虐の化身たる魔王を倒した暁には、もちろん国を挙げて皆様の功績を称えさせていただきますとも。褒美は勇者様皆様の望むがままにご用意させていただきますとも……!」

「そ、それは。元の世界へ返す、という、コトもでき、る?」


 とぎれとぎれの声を発したのはボロボロのローブの女だった。フードからわずかに覗く灰色の髪と、ゆったりとしたローブを大きく押し上げる胸部が目立つ。ローブにすっぽりと覆われていて声と胸が無ければ性別は分からなかっただろう。


「いえ、申し訳ありませんが、この召喚術は呼ぶことは出来ても送還することは出来ないのです」


 そう心苦しそうに言ったのはエレイーナだ。

 だがそんな暗さを払拭するかのように濃紫の鎧を着こんだ男が大声を上げる。背中には巨大な剣を背負った大男からは見るからに戦士の風格が漂っていた。


「はっはっは! そこに悪があるなら己の仕事はそこにある! 構わん、構わんぞ!」


 いや構うって!

 そう叫びたかったが、別のものがこみあげてきて怜人は口を閉じる。周囲を取り囲む親衛隊たちが慌てふためいておろおろしていた。


「ふむ、しかし……」


 ちらりと一瞬国王が怜人へ視線を向けた。何か失礼なことを考えている目だったように思う。


「ご安心ください国王陛下。今私の鑑定魔法で見させていただきましたがどのお方も素晴らしい称号と能力をお持ちです」


 そんな国王の心情をしっかりと把握していたらしいエレイーナが誇らしげに話し出した。

 だがそれは見方によっては透視というか盗撮のようでは?

 などと考えている怜人を置いてエレイーナは早口にまくし立てる。


「私の鑑定魔法は読み取るのに時間がかかりますので、まだ半分程度ですが『こちら』の方たちは本当に素晴らしいです!」


 エレイーナの言葉に熱が籠る。

 しかも『こちら』の部分に妙な力が入っていた。怜人は生ぬるい視線を送っておく。


「まずこちらの緑髪の知的なお方。お名前はルシアン・ペリュドレ様。称号は『魔導勇者』『知識王』『探究者』をお持ちです。そして『魔導の極致』という魔法を持っていらっしゃいます」

「へぇ、その目に展開してるのがこの世界の魔法ですか。興味深いですね」


 エレイーナの言葉にルシアンは気分を損ねるどころか、その目を下からぐっとのぞき込んで目をらんらんと輝かせている。


「つ、つぎにこちらの黒いボロ――味のあるローブを着ていらっしゃる方。お名前はギード・ダーク様。称号は『救世の勇者』『死人返し』『黒衣の天使』。スキルとして『治癒者の教え』をお持ちです」

「おお、あらゆる病を治療すると言うスキルですな」

「よ、よらない、で下さい……」


 国王がスキルのすばらしさに近寄って手を握ろうとするものの、やはりか細い声で近づかれるのを拒絶するギード。ゆったりとしたローブに隠れて見えなかったが、国王から飛びのいた時にわずかに覗いた容貌は10代後半くらいだろうか。裾から覗く足もとは白い素足で靴は履いていなかった。


「それからこちらの美しい女性はエデルリット・エル・バートリアス様。称号は『女帝勇者』『人類王』。スキルとして『陽光の指導者』……これはすばらしい、人々を導く王のスキルですね」

「貴様如き塵芥に言われる筋合いはない。口を閉ざせ、空気が汚れるであろう」


 そう言いながらエデルリットはエレイーナへ殺意の籠った視線を向ける。エレイーナはたたらを踏んだようによろけるが、どうにか耐えたようだ。意外に気丈なタイプらしい。


「え、ええっと。最後にこちらの方が――」

「己はフラム・トルトゥルーガである! 己こそが『正義勇者』! 己が眼はすべての悪を見通す『真理の眼』である! ……うむ、貴様らはどうやらきちんと正義に生きているようであるな。良いことだ!」

「と、言うわけです。あとお持ちの装備がかなりのものですね」


 いきなり大声で話し始めたフラムに目を白黒させていたが、エレイーナはそれだけ言って締めくくった。


「おお、どなた様も素晴らしいお力をお持ちですな。では詳しいお話をあちらでさせていただきましょう」


 そう言ってこの部屋に集まった勇者たちを別室へと促そうとする。

 だが怜人はそんな話を聞くつもりはない。そもそも気持ち悪くて動けないのだが。

 再び口を開こうとした怜人だったが、ルシアン少年がそれを遮った。


「その必要はありません」

「……と、申しますと?」


 そう尋ね返したのは今の今まで目を覗きこまれていたエレイーナだ。


「その魔王とやらは一体どこにいるか教えてもらえますか」

「どこ、と申しましても……ここから東に500キロメルテほど離れた場所にある魔都ベゼルにいると言われていますが……」

「なるほど」


 そう呟くとルシアン少年は手に持っていた杖の石突で軽く床を叩く。

 カン、という軽い音と共に床一面に緑色の魔法陣が広がった。


「ふむ、こっちの方……ああ、この大きな感触。これですね」


 緑髪の少年は独り言をブツブツと呟きながら何かを確認していた。

 そして手のひらの上に光の魔法陣を展開させるとその中から一冊の本を取り出す。表紙に豪奢な装飾の施された分厚い本だった。それを見た瞬間に怜人は内包されている莫大なエネルギーを感じて全身の毛穴が開くような錯覚を覚えた。


「それじゃ、行きますよ」


 何が行くのか、その場にいた全員が分からなかっただろう。

 ルシアン少年の言葉は本当に軽くて、「ちょっとそこまで」みたいな雰囲気だった。

 だが直後に起きた巨大な振動によって、全員がそれどころではなくなる。

 小さな横揺れだったのは一瞬だけ。すぐにそのあとに立っていられないほどの振動に怜人は地面にしがみつくようにしてしゃがみこんだ。


「な、なんだぁ!?」

「陛下!」

「お守りしろ!」


 国王とその親衛隊たちが騒いでいる様子だったがそれを確認するような余裕もない。

 揺れは数秒だったようにも数分だったようにも感じられた。


「と、止まった?」


 召喚の間にいた誰かがそう口にしたが自信は微塵も感じられない。

 怜人自身もまだ揺れているように感じるが、揺れを感じているのは自分の三半規管だけのような気もする。


「一体、何が……」


 国王が口にした疑問に、怜人はルシアン少年へ視線を送った。


「おい、今何をしたんだよ」

「何を、と言いますと?」

「とぼけんじゃねえよ。お前からとんでもないエネルギーが放出されたのを感じたぞ? 今の地震、お前のせいだろ」


 そう言うと緑髪の少年はわずかに目を大きく開いて、次いで笑みの形にした。


「分かる方もいるんですね」

「おぉ、では今のは勇者様が……?」


 国王がどうやらルシアン少年が何かしたらしいとようやく察したらしく恐る恐る訊ねる。


「はい。お察しの通り今の地震は僕の魔法によるものです」

「一体、何をされたのですか?」

「あちらの方に魔王がいると言うことでしたので……《隕石爆撃》の魔法を行いました。ああ、大した魔法ではありませんよ。直径数10メートル程度の隕石を数10個降らせただけですから」

「数10個だって!?」


 それゆえのあの地震だったらしい。


「それでは魔都ベゼルは……」


 国王が頬に汗を垂らしながら震える声で訊ねるのに、ルシアン少年はにっこりと無邪気な笑顔を浮かべてこういった。


「はい。僕の《隕石爆撃》は発射された段階で僕の手を離れるので確証はありませんが……直撃したなら文字通り粉みじんです。跡形もありませんよ」


 召喚された5人を除く全員が息を呑むのが、はっきりとわかった。


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