第4話 私を知っているんですか?
舞台終焉のベルが鳴った。今回はアンコールも1回、パラパラと拍手が起きているだけで帰る支度を始める観客が多い。いつもならカンナは1番大きな拍手をしているはずが今回は出来なかった。どうしても横のレナルドが気になったからである。
「じゃあ、行こう」
「えっ?」
「近くに良いカフェがあるそうなんだ」
「カフェ・ベルン?」
「やっぱり知っているんだな、行ったことはあるのか?」
「いえ、興味はあったけど」一緒に行く人がいなかった。
「じゃあ、行こう」
そういって、レナルドはカンナを劇場から連れ出した。カンナを引っ張るようにエスコートしながら歩いていると、通行人はみな、目を丸くして二人を見ている。
そうよね、レナルドは目立つわよね、、、
「あなたって、話が通じませんね。いつもいつも、、、」
「いつもって、いつのこと?」
「・・・・・」
私は町娘町娘町娘、、、、と唱えながら、カンナは何が正解か分からずにいた。どうしたらいいんだろう。この人と関わると、いつも焦ってばかりで自分が惨めになる。
「ピンクの」
「えっ?」
「ピンクの髪がふわふわして可愛い」
・・・・・普通、初対面の相手にこんなことを言うだろか?やっぱり、もしかして、
「私のことを、ご存知で?」
思い切って聞いてみる。
「多分そうかなって思っている」
「はっきり言ってください」
「えと、森の老魔女で、僕に口紅を使った女性、かな」
カンナは足の力が抜け、ヘナヘナと崩れ落ちそうになった。
*
カフェ・ベルンは劇場区域のすぐそばにあり、今女性に大人気のお店である。着飾った令嬢たちが優雅にお茶やお菓子を楽しんでおり、庶民憧れの場所でもある。カンナも一生に一度は入ってみたいと思っていた。だけど、こんなふうに、レナルドに支えられながら、ヨロヨロ入店するとは夢にも思っていなかった。
「帰りたいです」
道端に座り込みそうになった体勢をなんとか持ち直した時、カンナは涙目になりながらレナルドに訴えた。
「いや、店で少し休憩をしたほうがいい」
「あなたが離れてくれたら、多分元に戻ります。自分のペースで帰れますので、、、」
「それなら、君をおぶって森まで送ることになるけど。カフェで休憩とどっちがいいかな」
「カフェでお願いします」
カンナは食い気味に答えた。レナルドとはほんの数回会っただけなのに、確実におぶって帰るであろうと確信している。
不幸中の幸いとでもいうのか、カフェ・ベルンはすぐそこだった。そして、もっと幸いなことに、なぜか個室に通された。入店した瞬間から令嬢たちの大注目を集めていて、いたたまれなかったので助かった。
淡いベージュで統一された部屋は、美しい装飾品と気品ある家具が並んでいる。テーブルに上品に供されたキラキラしたお菓子も、ガラスのカップから漂うフルーツティーの甘い香りも、普段なら目を奪われたであろうが、今は気にしていられなかった。
「レナルドさん、あなたはどこまで知っているのですか、なぜ私に構うのですか」
「何から話せば、、、」
「まず、あのルージュについて知っていることを教えて下さい」
「そうだね、あれを依頼した方は知っているよね」
口に出していいのかカンナは迷った。
「大丈夫だよ、オレも彼女のことをよく知っているから」
「マリ様?、、、マリアーヌ様、王太子殿下の婚約者様ですよね」
「そう。オレは彼女の近衛兵でもある」
「じゃあ」
「マリ様が最初に君の家に行ったときも、家の外にいた」
「え”」
「今は依頼内容も知っている」
「全部、知って」
「ああ、マリ様があの口紅を使おうとしたのは、オレだしね」
・・・・・最近、心臓がドキドキすることが多すぎて、もう先は長くないのかもしれない。
その時、個室の扉がバッと開いて、1人の女性が飛び込んできた。
「ちょっと、その言い方、語弊があるわ!」
「マ、マリアーヌ様!!」
「カンナ、お久しぶりね。このへっぽこ黒騎士のお相手はさぞ疲れるでしょう。語彙力が足りないというか、話の流れを読まないというか、繊細な心がまったく無いのよ!」
「聞き耳を立てていたのですね、本当にあなたって人は」
「私がお膳立てしてあげたんだから、そのくらいの権利はあります」
カンナは二人が言い合っているのをただ呆然と見つめていた。もう、頭の中はぐちゃぐちゃだ。疲れた、、、と思ったのが最後。本当に気を失ってしまった。
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