第2話 魔女のルージュ
今、高貴な女性の間でこっそりと話題になっているのが「魔女のルージュ」である。
このルージュを口に引き、対象者にキスする。すると、しばらくの間、相手が好意を寄せてくれる。ちょっとした「おねがい」なんかをして、相手をある程度操ることができるのだ。
とはいっても、「甘い言葉で囁いて」「手を握って」というくらいの拘束力。悪意のある願いには効かず、キス以上の行為もできない。相手につけたルージュは30分ほどで薄れていき、色が消えてしまうと魔法は終わり。犯罪に使われる程の効力はない。
ルージュの色が消える前に「このことは忘れて、お眠りなさい」と言うのがミソで、相手は少しウトウト(気絶ともいう)したあと、この間の記憶は消え失せる。秘密の逢瀬は永久に女性の胸の中にしまわれるのだ。
このルージュはもともと、強引な政略結婚が決まったある貴婦人の為に、カンナが特別に調合したものである。これからの牢獄のような人生を始める前に、どうしても好きな人との思い出が欲しい。でも、この思いを相手に伝えれば迷惑がかかる。こっそりと思い出を作れないか、それだけで地獄の結婚生活を耐えられると、涙を流して訴えてきた。
カンナも、どうしたものかと数日悩んだ。直接「魅了」の魔法を使うのが1番簡単だが、そのまま使うと強力すぎてバレたときに洒落にならない。よくて国外追放、最悪死罪である。ちょした思い出を作る時間だけに効いて、あとに残らないようなものを作らなくてはならない。
”時間とともに揮発する物質に、少量の魅了魔力を混ぜればいいのではないか”
そのアイデアが浮かんで、試行錯誤が始まった。香水タイプだと相手に振りかける量が調節しにくい。いっそルージュにしたらいいのでは?そうそう、相手にキスをするなんてロマンチックよね〜と、妄想も加わり、かなりノリノリで作り上げた。
特性上、受け取りに来た貴婦人には、ルージュの使用後はカンナに返却することを約束させて。
結果、そのルージュを使った女性は大層満足して大金を払ってくれた。
ところが後日、同じような立場の友人たちにどうしても使わせたいと頼み込んできた。カンナは悩んだが、
秘密厳守
紹介人がいること
使うのは1度だけ、使用後は速やかに返却すること
使用者、対象者の身元をカンナに報告すること
何か問題があればすぐに報告すること
という条件で受けることにした。
こうして、高い身分の女性たちの間で、ひっそりとピンクのルージュが流行るようになったのである。
とはいえ、カンナ自身が使ったことはなく、実際に使用した女性たちの話で、その効果を確認していた。カンナがレナルドに使用したのは、のっぴきならない事情があったからだ。バレるわけにはいかない。
依頼してきた貴婦人は王族に関係する方。思慮深い彼女から紹介が始まっているので、使った女性が秘密をおいそれと人に話すわけがない。いくらレナルドが今をときめく黒騎士であろうと、耳に入るはずはないのだ。
とすると、、、使われた男側から情報がもれたか。実は数名、ルージュが消えたあとも、記憶が残っている対象者が存在していた。話を聞く分に、密かに「相思相愛」だったらしく、その場合「魅了」の効果が薄れるようなのだ。
たとえ相思相愛だとしても、政略結婚からは逃れられない。一組だけ「愛の逃避行」をした男女がいたが、その後の行方は分からない。そういう危険性があることが判明したため、これ以上ルージュの使用をやめようと思っていたところである。
幸い、レシピを残さなかったので、もう二度と同じものは作れない。
レナルドにカンナが使用したとバレる前におしまいにしよう。
ところがだ、カンナは次の日もレナルドに会うことになる。
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